質問者:
高校生
緑肥
登録番号5505
登録日:2022-11-03
こんにちは。私は緑肥にマメ科植物が用いられることがあるということを最近知りました。 このことに関して質問があります。緑肥と窒素溶脱
マメ科植物のクローバーなどを栽培してすき込んであげると、これをしない時よりも、土壌中の窒素量が減少しにくいということから、緑肥によって窒素溶脱を防ぐことができるという動画を拝見しました。
窒素固定をしない植物であれば、「緑肥によって土の中に含まれる窒素が溶脱することを抑えることができる」という考察ができる一方で、窒素固定を行う植物の場合、土の中に含まれる窒素肥料だけではなく大気中の窒素も利用できるため、「土の中に含まれていた窒素肥料は溶脱し、その分を窒素固定で得た窒素化合物が分解されることによって埋めている」可能性もあるのではないかと考えました。この考えは合っているのかどうかを教えて頂きたいです。
緑肥さん
みんなのひろば、植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
窒素化合物は、植物を含むすべての生物にとって、タンパク質やヌクレオチド(例:核酸や一部の補酵素)などの構成成分として必須です。空気中には窒素ガス(N2)が、約80%(体積比)含まれていますが、一般に植物はこれを窒素源としては利用できず、窒素栄養として利用できるのは、硝酸塩、アンモニウム塩などの限られたものです。しかし窒素固定細菌(根粒菌)を根に共生させているマメ科植物や、放線菌を共生させているハンノキなどの限られた植物は、共生生物が窒素固定をしてくれるお蔭で、寄主植物自身の窒素栄養が豊富になり、また、その植物の分解物は周辺の土地の窒素栄養を豊かにします。植物の生育にとって窒素栄養は必須ですが、多くの植物が利用できるものは硝酸、アンモニアなど、窒素化合物の一部のものだけです。生物界(自然生態系)における窒素の動きは、
大まかにいうと、植物が環境中から窒素栄養を吸収して、これをタンパク質や核酸などの有機化合物中に変換します。動物は植物を食べ、窒素化合物は動物に移行しますが、植物や、動物の排泄物や死骸などに含まれていた窒素分は、有機化合物がカビや細菌類をはじめとする分解者によって食べられることを通して、再び環境中に放出されて植物に利用されます。このようにして、窒素栄養の地球化学的循環系が成り立っています。
植物が利用できる環境中の窒素化合物は、人類は多量の農作物や畜産物を生産物として生態系から取り去るので、農地、牧草地をはじめとする環境中の窒素栄養は不足しがちになります。農業、牧畜業の生産性を上げるには、これを補ってやる必要があります。生きた植物中の窒素化合物は、一般に他の植物が直接利用することはできませんが、土中にすきこんだ生きた植物(緑肥)や枯れ葉は、微生物などが分解して植物が吸収利用可能な硝酸塩やアンモニアに変えてくれるので、植物にとって窒素栄養として役立ちます。生態系には、植物のマメ科植物に共生する根粒菌や、独立生活または共生生活をする一部のシアノバクテリアなどのように、N2をアンモニア化合物に変換する働きを持っているもの(窒素固定生物)がいて、生態系中の窒素循環に利用される窒素化合物の量を増やしています。
他方、生態系には、脱窒作用といって、他の多くの微生物が有機物の酸化に酸素を利用した酸素呼吸によってCO2とH2Oを生じることにより生命活動に必要なエネルギーを得ているのに対し、有機物の酸化にO2の代わりに硝酸(HNO 3)などを利用してCO2と還元された窒素化合物(N2、N2O、NOなど)に変換して、エネルギーを得ているもの(脱窒細菌)がいます。後者の存在は、生態系中の窒素循環に加わる窒素化合物の量を減らす方向に働き、他方、窒素固定生物がいるので、生態系を循環する窒素化合物のバランスがほぼ取れていました。
ところが、産業革命以降、化石燃料の燃焼によって、燃料中の窒素化合物が酸化されて窒素酸化物(NO、N2Oなど)となり、また、燃焼時の高温によって空気中のN2とO2が反応して窒素酸化物が生じるので、大気中の窒素酸化物濃度が上昇し、これが地球温暖化の一因となるばかりでなく、植物が利用できる窒素栄養にもなるので、生態系の大きな攪乱要因となっています。
なお、クローバーの緑肥としての主な効果は、窒素栄養に富んでいて、これが徐々に分解されるので、作物に利用されやすく、また、窒素栄養過多となって環境中に失われるリスクも低いということになります。
窒素酸化物の影響は、地球の気候に対するものばかりでなく、ヒトの健康にも及んでいます。人体に摂取された硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素は、血液中のヘモグロビンと結合することにより、血液の酸素運搬能力を低下させると懸念されています。悪影響は、特に乳幼児に強く表れるといわれています。そこで、我が国の食品衛生法の規定では、水道水中の硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素は、10mg/L以下であることと定められています。日本のある島では、地下水を上水道の水源として利用していて、水道水中の硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素濃度がこの基準を超えることがあり、その主な原因が、農地に与える過剰施肥、家畜の排せつ物、家庭排水が地下水に流れることにあり、人の健康にも悪影響を与える危険性があるということで、対策が取られつつあります。
さて、質問者「緑肥さん」は「溶脱」という言葉を使っていますが、この用語について解説します。「溶脱」は、化学肥料や堆肥などを田畑や草地などに与えた時、栄養分の一部が、植物に吸収されないで、雨水や潅水の流れに乗って環境中に失われることを意味します。硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素の場合も、環境中の下向きの水の移動に伴って、環境中に失われることを指します。マメ科植物のクローバーなどを緑肥として土壌にすきこんでやる場合は、植物はその中の窒素栄養をすぐには利用できません。緑肥や落ち葉の中の窒素栄養(タンパク質、核酸、クロロフィル等々)が植物に利用されるためには、植物体がカビや細菌などの微生物やミミズや昆虫の幼虫など(生態学では分解者(微小消費者ともいう))の働きによって、硝酸塩やアンモニウム塩などに分解される必要があります。緑肥の場合は、窒素栄養の供給が緩慢なので、その多くが植物によって吸収され、窒素栄養が過剰になるという危険性が低いことでしょう。施肥と植物の生育の時期も問題で、ゴルフ場の芝に窒素肥料を与えるとき、芝の成長が盛んな春から夏にかけて与えれば、窒素栄養は芝に良く吸収されて、植物の生育に利用されますが、秋や冬に与えると日本の多くの地域では、植物にあまり利用されず、雨水の流れに従って、地下水中に失われる(溶脱される)ことになります。溶脱は、化学肥料の購入コストの面からも、環境に対する負荷の面からも、避けることが望ましいことです。
マメ科植物のクローバーなどを栽培してすき込んでやると、これをしない時よりも、土壌中の窒素源が多くなり、しかも分解は徐々に起こるので、環境中に溶出する窒素分が過剰になるという危険性も避けることができるでしょう。
付記:「緑肥」は、先に挙げたように、マメ科植物の肥料としての利用が典型的な例ですが、広い意味では、土にすきこむことにより土壌を柔らかくしてくれるもの(イネ科植物など)、生きた植物の分泌物が線虫の増殖を妨げるもの(マリーゴールド)などにも使われることがあります。
みんなのひろば、植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
窒素化合物は、植物を含むすべての生物にとって、タンパク質やヌクレオチド(例:核酸や一部の補酵素)などの構成成分として必須です。空気中には窒素ガス(N2)が、約80%(体積比)含まれていますが、一般に植物はこれを窒素源としては利用できず、窒素栄養として利用できるのは、硝酸塩、アンモニウム塩などの限られたものです。しかし窒素固定細菌(根粒菌)を根に共生させているマメ科植物や、放線菌を共生させているハンノキなどの限られた植物は、共生生物が窒素固定をしてくれるお蔭で、寄主植物自身の窒素栄養が豊富になり、また、その植物の分解物は周辺の土地の窒素栄養を豊かにします。植物の生育にとって窒素栄養は必須ですが、多くの植物が利用できるものは硝酸、アンモニアなど、窒素化合物の一部のものだけです。生物界(自然生態系)における窒素の動きは、
大まかにいうと、植物が環境中から窒素栄養を吸収して、これをタンパク質や核酸などの有機化合物中に変換します。動物は植物を食べ、窒素化合物は動物に移行しますが、植物や、動物の排泄物や死骸などに含まれていた窒素分は、有機化合物がカビや細菌類をはじめとする分解者によって食べられることを通して、再び環境中に放出されて植物に利用されます。このようにして、窒素栄養の地球化学的循環系が成り立っています。
植物が利用できる環境中の窒素化合物は、人類は多量の農作物や畜産物を生産物として生態系から取り去るので、農地、牧草地をはじめとする環境中の窒素栄養は不足しがちになります。農業、牧畜業の生産性を上げるには、これを補ってやる必要があります。生きた植物中の窒素化合物は、一般に他の植物が直接利用することはできませんが、土中にすきこんだ生きた植物(緑肥)や枯れ葉は、微生物などが分解して植物が吸収利用可能な硝酸塩やアンモニアに変えてくれるので、植物にとって窒素栄養として役立ちます。生態系には、植物のマメ科植物に共生する根粒菌や、独立生活または共生生活をする一部のシアノバクテリアなどのように、N2をアンモニア化合物に変換する働きを持っているもの(窒素固定生物)がいて、生態系中の窒素循環に利用される窒素化合物の量を増やしています。
他方、生態系には、脱窒作用といって、他の多くの微生物が有機物の酸化に酸素を利用した酸素呼吸によってCO2とH2Oを生じることにより生命活動に必要なエネルギーを得ているのに対し、有機物の酸化にO2の代わりに硝酸(HNO 3)などを利用してCO2と還元された窒素化合物(N2、N2O、NOなど)に変換して、エネルギーを得ているもの(脱窒細菌)がいます。後者の存在は、生態系中の窒素循環に加わる窒素化合物の量を減らす方向に働き、他方、窒素固定生物がいるので、生態系を循環する窒素化合物のバランスがほぼ取れていました。
ところが、産業革命以降、化石燃料の燃焼によって、燃料中の窒素化合物が酸化されて窒素酸化物(NO、N2Oなど)となり、また、燃焼時の高温によって空気中のN2とO2が反応して窒素酸化物が生じるので、大気中の窒素酸化物濃度が上昇し、これが地球温暖化の一因となるばかりでなく、植物が利用できる窒素栄養にもなるので、生態系の大きな攪乱要因となっています。
なお、クローバーの緑肥としての主な効果は、窒素栄養に富んでいて、これが徐々に分解されるので、作物に利用されやすく、また、窒素栄養過多となって環境中に失われるリスクも低いということになります。
窒素酸化物の影響は、地球の気候に対するものばかりでなく、ヒトの健康にも及んでいます。人体に摂取された硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素は、血液中のヘモグロビンと結合することにより、血液の酸素運搬能力を低下させると懸念されています。悪影響は、特に乳幼児に強く表れるといわれています。そこで、我が国の食品衛生法の規定では、水道水中の硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素は、10mg/L以下であることと定められています。日本のある島では、地下水を上水道の水源として利用していて、水道水中の硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素濃度がこの基準を超えることがあり、その主な原因が、農地に与える過剰施肥、家畜の排せつ物、家庭排水が地下水に流れることにあり、人の健康にも悪影響を与える危険性があるということで、対策が取られつつあります。
さて、質問者「緑肥さん」は「溶脱」という言葉を使っていますが、この用語について解説します。「溶脱」は、化学肥料や堆肥などを田畑や草地などに与えた時、栄養分の一部が、植物に吸収されないで、雨水や潅水の流れに乗って環境中に失われることを意味します。硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素の場合も、環境中の下向きの水の移動に伴って、環境中に失われることを指します。マメ科植物のクローバーなどを緑肥として土壌にすきこんでやる場合は、植物はその中の窒素栄養をすぐには利用できません。緑肥や落ち葉の中の窒素栄養(タンパク質、核酸、クロロフィル等々)が植物に利用されるためには、植物体がカビや細菌などの微生物やミミズや昆虫の幼虫など(生態学では分解者(微小消費者ともいう))の働きによって、硝酸塩やアンモニウム塩などに分解される必要があります。緑肥の場合は、窒素栄養の供給が緩慢なので、その多くが植物によって吸収され、窒素栄養が過剰になるという危険性が低いことでしょう。施肥と植物の生育の時期も問題で、ゴルフ場の芝に窒素肥料を与えるとき、芝の成長が盛んな春から夏にかけて与えれば、窒素栄養は芝に良く吸収されて、植物の生育に利用されますが、秋や冬に与えると日本の多くの地域では、植物にあまり利用されず、雨水の流れに従って、地下水中に失われる(溶脱される)ことになります。溶脱は、化学肥料の購入コストの面からも、環境に対する負荷の面からも、避けることが望ましいことです。
マメ科植物のクローバーなどを栽培してすき込んでやると、これをしない時よりも、土壌中の窒素源が多くなり、しかも分解は徐々に起こるので、環境中に溶出する窒素分が過剰になるという危険性も避けることができるでしょう。
付記:「緑肥」は、先に挙げたように、マメ科植物の肥料としての利用が典型的な例ですが、広い意味では、土にすきこむことにより土壌を柔らかくしてくれるもの(イネ科植物など)、生きた植物の分泌物が線虫の増殖を妨げるもの(マリーゴールド)などにも使われることがあります。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-11-12