一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

一次共生とクロロフィルの出現

質問者:   教員   hammar
登録番号5517   登録日:2022-11-26
素人質問で恐縮ですが、お答えいただければ幸いです。

光合成細菌と真核細胞の一次共生により生じた植物は、大きく灰色植物・紅藻・緑色植物分けられ、このうち灰色植物と紅藻はクロロフィルaのみを持ち、緑色植物はクロロフィルa,bの両方を持っていると思うのですが、これについて調べているうちに、次の2点の疑問が湧きました。

①通常シアノバクテリアはクロロフィルaのみを持つと書かれている資料が(特に高校レベルの資料では)多いと思うのですが、調べてみるとクロロフィルa,bを持つ原核緑藻、あるいはクロロフィルa,dを持つアカリオクロリス(近縁種にはa,fを持つものもいると聞きましたが、これはソースが見つかりませんでした)も、シアノバクテリアに分類されていました。

これは、クロロフィルaのみを持つ光合成細菌を指す“狭義のシアノバクテリア”と、単に酸素発生型の光合成を行う細菌をまとめて指す“広義のシアノバクテリア”の2つの使われ方があるという解釈でいいのでしょうか?

②①をふまえて、シアノバクテリアに分類される原核緑藻がクロロフィルa,bを持っているということは、一次共生で真核細胞と共生を始めて後に葉緑体に変化した光合成細菌は、共生開始時点でクロロフィルa,bを持っていたと思うのですが、であれば、なぜ灰色植物と紅藻はクロロフィルbを持っていないのでしょうか?

進化の過程で失ったのでしょうか?

あるいは、一次共生がクロロフィルaのみを持つ光合成細菌とクロロフィルa,bを持つ光合成細菌で別個に最低2回起こったという可能性もあるのでしょうか?

また、酸素発生型の光合成細菌はクロロフィルaのみを持つのが通常であって、緑色植物と原核緑藻がクロロフィルbを持つのは、それぞれが全く独立して生み出したという可能性は、遺伝子解析などによって否定されているのでしょうか?


長くなりまして申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
Hammar 様

この質問コーナーをご利用いただきありがとうございます。
最初に、説明のために用語を整理をさせていただきます。
一般には、酸素を発生しない型の光合成(酸素非発生型光合成=有機物の合成に必要な電子を水以外の分子から得る)を営む原核光合成生物を「光合成細菌(Photosynthetic Bacteria)」、酸素を発生する型の光合成(酸素発生型光合成=有機物の合成に必要な電子を水分子から得るため、副産物として酸素を発生する)を営む原核光合成生物を「シアノバクテリア(Cyanobacteria)」と呼びます(なお、シアノバクテリアはラン藻と呼ばれることがあります)。光合成細菌とシアノバクテリアは共に「真正細菌(BacteriaまたはEubacteria)」に属する細菌(原核生物)です。以前には、酸素発生型原核光合成生物のうちクロロフィルaのみを持つものを「シアノバクテリア」、クロロフィルaとクロロフィルb(これ等にはジビニルクロロフィルを含む)を持ち緑色を呈するものを「原核緑藻(プロクロロン類など)」として区別されることがありました。しかし、クロロフィルaとクロロフィルd(アカリオクロリスなど)やクロロフィルaとクロロフィルfを持つ酸素発生型原核光合成生物が見つかり(文献参照)、また、分子系統関係が解析された結果、含まれているクロロフィルの種類に関わらず、酸素発生型原核光合成生物を色彩に関係なく総称して「シアノバクテリア」と呼び、酸素非発生型原核光合成生物に限定して「光合成細菌」の用語が用いられることが多くなっています。以下の回答は、以上の用語説明に基づいて書かせていただきます。なお、クロロフィル全般を論ずるとすれば、質問文の考察ではクロロフィルcのことが欠けています。また、系統を論ずるには補助色素であるフィコビリタンパク質のことも重要になり、異種のクロロフィルの合成に関与する酵素に着目する視点もあるかと思います。

➀への回答: 質問文にある“狭義のシアノバクテリア”と“広義のシアノバクテリア”の区別は系統学的には意味がなく、このような使われ方はされません(シアノバクテリアの中に、クロロフィルaに加えて、(ジビニル)クロロフィルb、クロロフィルdやクロロフィルfを持つ種類が分化している)。

②への回答: 一般に受け入れられている考えでは、一次共生に際して真核細胞と共生を始めたのはクロロフィルaのみを持つシアノバクテリアであるとされています(共生初期の特徴を残している生物としては「灰色植物(Glaucophytes)」が挙げられます)。一方、クロロフィルaからクロロフィルbが作られる過程に関与する酵素(CAO, chlorophyllide a oxygenase)遺伝子の塩基配列に着目すると、シアノバクテリア(原核緑藻)と真核緑藻や他の緑色植物の酵素は共通の起源をもつものと理解されるので、クロロフィルaとクロロフィルbの両方をもつ共通祖先がシアノバクテリアの起源で、後の過程でシアノバクテリアの一部や紅藻、褐藻などではクロロフィルbを作る機能が失われたとする進化のシナリオを否定することはできません。なお、一次共生の過程がクロロフィルの異なる2種類のシアノバクテリアで起こったことを示す証拠は今のところは得られていないと思います。

以下に、クロロフィルfを持つ原核光合成生物について解説した文献を紹介します(ネット上で無料公開)。
(文献)大久保智司(2012)‐新しく発見されたクロロフィルf。光合成研究、第22号、ページ 80-86。
佐藤 公行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-12-01