一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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複数の目においてシュウ酸カルシウムを高濃度で含有する理由

質問者:   大学生   YT
登録番号5564   登録日:2023-02-06
 初めまして。
 早速質問ですが、シュウ酸カルシウムは有名な例ではオモダカ目のサトイモ科や、ヤマノイモ目ヤマノイモ科など異なる目にわたって高濃度で貯留する性質が知られています。登録番号5223より、余分なカルシウムの貯留や食害の対策として利用するとあります。

 そこで質問ですが、異なる分類群に共通して、シュウ酸カルシウムを利用する生態が見られる理由は解明されているのでしょうか?
 
 進化の過程において、シュウ酸カルシウムの貯留を促進する遺伝子を、これらの共通祖先が有したためと考えられますか?
 それとも、類似した環境における収斂進化の一種と考えられますか?
 ご回答のほどよろしくお願いします。
YT 様

Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。
植物における蓚酸カルシウム(Calcium oxalate, CaOx)の事については、すでに先の質問/回答(登録番号0501,5223,5265) を読んで理解なさっておられるとは思いますが、一応簡単におさらいしておきます。
まずCaOxは、いわゆる高等植物では、報告されている限り215科に亘って広く分布しています。特に、Araceae(サトイモ科)、Cactacea(サボテン科)、Malvaceae(アオイ科)、Orchidaceae(ラン科)、Rubiaceae(アカネ科)の植物には多量に含まれるという事です。調べれば、おそらくほとんどの植物に、量的な差こそあれ、含まれていると思います。また、CaOx は植物体のどの器官、組織の細胞にも含まれています。
Ca は植物(動物も)にとっては細胞間の信号伝達物質として重要な働きををしていますし、細胞膜と細胞壁の構成素にも使われています。研究報告によると、葉条(shoot) に含まれるCaは乾燥重量の0.1~5%含まれています。しかし、大部分のCaはイオンとしてではなく、 CaOxの結晶として液胞内あるいはイディオプラスト(idioplasts)中に存在します。植物体内のCa の90%はCaOx の形で存在するとも言われています。Ca は植物の発生・成長にとって必須の元素です。他方蓚酸は植物では少量合成され、通常無毒です。しかし、Arabidopsis thaliana を使った実験では高濃度のCaOx はプログラム細胞死を起こすが、低濃度のCaOxは白絹病原菌への耐性を付与するという報告があります。濃度によって正負の作用があることになります。蓚酸はアスコルビン酸が前駆物質となって合成されると報告されています。
CaOx は有機酸の蓚酸と Ca2+の間でできる有機酸塩です。従って両者が混在して、反応条件さえ整えば化学反応で形成されます。遺伝的に誘導されるものではありません。CaOx はいくつかの形状の結晶を作りますが、なぜ様々な形状のものができるかについては、いろいろ言われていますが、特定の遺伝子が関係しているかもしれないというという報告もあります。
CaOxの出来やすさは、同一植物でも生育する環境条件によっては異なります。アンデス山脈、チリの中央と南極に生育する Colobanthus quitensis (ナンキョクミドリナデシコ)という植物(3種のエコタイプ)に含まれるCaOxを比較分析した研究では、アンデスのものが一番蓄積量が多く、南極のものが最も少なかったという事です。
さて、CaOx は何のために作られるか。つまり植物におけるCaOxの役割とは何であるか。結論からいうとまだ明確に全てがわかっている訳ではないようです。特にその生態的意義となると推定の域を出ません。しかし、多くの研究でほぼ間違いないと言われることは、Ca の調節、ホメオスタシス、Caの貯蔵です。さらに、特にストレス下では重金属イオンの解毒と光合成のためのCO2の供給も考えられるということです。

長々とおさらいをしましたが、質問への回答は以上の解説から汲み取っていただけるかと思います。
植物がCaOxを細胞内に貯蔵するようになったのは、特定の遺伝子の働きというよりは、植物が根から吸収したCa と体内で生じた蓚酸からCaOxが生成され、それぞれの種の植物が生育環境に適応していく過程で、生成したCaOx の利用をそれぞれに産み出していったのでしょう。サトイモなどの多量に蓄積する仲間は結晶も尖筆状で、食害の防御に有効だともいわれています。この場合、多量のCaOxを蓄積するということは、多量にCaとOxを必要とすることですから、そのためのCaとOxの供給の促進がなされるように遺伝子レベルでの変化があったのかもしれません。あるいは、一旦形成されたCaOxはなかなか分解されないで、蓄積が進んだのかもしれません。いずれも全くの推定です。
高濃度でCaOxを蓄積するいくつかの科の植物が、類似した環境下で収斂進化した結果だとは思えません。上記に列挙したCaOx 高蓄積の植物は全く異なる環境で進化してきたものです。これらの植物に高蓄積の機能をもたらしたのは何か共通の原因があるのかもしれませんが、そういうことを研究した事例は見つけられませんでした。
CaOxに関する研究の論文は非常にたくさんあります。大学で環境生物学を学んでおられるとのことですので、次の総説を読んでみてください。ネット上で見られます。

Paul A. Nakata
Plant calcium oxalate crystal formation, function and its impact on human health. Front. Biol. (2012) 7(3) :256 - 266.
https://link.springer.com/article/10.1007/s11515-012-1224-0
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2023-02-10
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