一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物は学習するのか

質問者:   高校生   ある
登録番号5566   登録日:2023-02-13
最近、植物が篩管の伴細胞で刺激伝導をしているという話を聞きました。もし植物内で刺激の伝達を行っている回路網が外部からの刺激によって動物の神経回路網のように変化していくのなら、植物が動物のような学習を行い、またパブロフの犬のように異なる刺激による古典的条件づけが成立する可能性があるのではないかと思ったのですが、これは起こりえることなのでしょうか。
ある さん

このコーナーのご利用ありがとうございます。
ご存知のように、植物には外部からの刺激を鋭敏に感知する能力が備わっています。例えば、環境の光の微妙な違いが感知でき、赤色と青色、遠赤色、紫外線などを見分け、それぞれに反応します。光以外の環境因子についても、温度・匂い(化学物質)・接触など外部からの刺激を鋭敏に感じとり、光の場合と同様にその情報を体内で伝達し、記憶し、生理作用に反映させて生きています(刺激の反射)。これらの情報の伝達過程には、動物の神経系に類似して、グルタミン酸やCa2+イオンチャネルの関与がある場合も知られています。電気的シグナルとしてのCa2+シグナルは篩管や篩管伴細胞などを介して遠方の組織細胞に高速で伝達され、まだ傷害を受けていない葉を病原菌などへの抵抗性が高まるように変化させる可能性があることも暗示されています。

ところで、教科書的な知識によると、ヒトの記憶は階層構造を成しており、意識レベルの深さの順に(浅い方から)、「手続き記憶(Procedural Memory)」・「意味記憶(Semantic Memory)」・「エピソード記憶(Episodic Memory」の3層に区分することが出来るようです(E. Tulvingの説(1985))。この区分に対応させて考えると、良く見受けられる「最後に当たった光の色が記憶される」とか「経験した温度(低温)が記憶される」などの植物の記憶は、本質的には「手続き記憶」に相当するものであると言えます。行動が高次中枢に支配される動物の場合とは対照的に、太陽からの安定的なエネルギー供給に依存して生活する植物の記憶の特徴は、免疫記憶に似て、分散的であるものと理解されています。

植物は学習するのか? これは難問ですが、「経験によって、行動(反応)が永続的に変化する」を学習の定義とすれば、植物には学習する能力があると言えます。しかし、パブロフの犬に見られる条件反射のような反応を植物に期待することは出来ないように思われます。何故なら、大脳皮質をとり去った犬では条件反射が出来ないことから明らかなように反射の「条件づけ」が成立(神経回路の条件結合)するためには高次中枢の場が必要であるが、植物には大脳のような高次中枢が存在しないからです。それでも、植物の機能はあたかも中枢があるかのように全体として上手に統御されている事実があるので、異なる刺激の間の関連づけの解析は興味あるテーマであるかも知れません。
佐藤 公行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2023-02-15
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