一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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熱帯地方での発芽について

質問者:   教員   kiku
登録番号5569   登録日:2023-02-17
マレーシアの日本人学校で、小中の理科を担当しています。インゲン・ホウセンカ・朝顔などの教科書教材の発芽がうまくいきません。
1年中27℃~33℃ぐらいの気温条件で、常に湿度も高いです。教科書通りカップに脱脂綿を入れ水で濡らし、種を置いておきます。日本では、特に苦労することなく発芽するのですが、インゲンなどはほとんど腐ってしまいます。
やはり気温が高く、湿度が高いためだとは思うのですが、改善の方法として正しいのはどれでしょうか。
1,風通しがいい、直射日光が当たらない、外に置いておく。
2,外に置いておき、夜は冷蔵庫に入れる。
3,そのほか。
1,2ともにあまりうまくいきません。

インゲンだけでなく、このような環境で発芽の時の注意事項があれば教えてほしいです。
kiku 様

Q&Aコーナーへようこそ。歓迎致します。高温多湿の地域で生物の授業実習をするのはなかなか大変でしょうね。そのような環境条件下で実験する植物材料については意見がありますが、まずご質問にお答えしましょう。
種子は乾燥していますので、種子中で休眠している胚の成長再開(発芽)が起きるためにはまず種子が吸水して、種子の生命活動(胚や胚乳などを構成している細胞内の色々な生化学反応)が始められる細胞内環境が整えられなければなりません。この最初の吸水過程は物理的に行われます。従って種子が生きていても死んでいても同じ程度におきます。この吸水はちょうど乾燥した寒天やゼラチンを水の中に入れると水を吸って膨張するのに似ています。さて次に起きるのは細胞内での様々な生化学反応です。もちろん各種の遺伝子発現もなされますし、胚の成長に必要な栄養分を供給するために、デンプン、脂肪、タンパク質などの貯蔵物質の分解反応、各種の合成反応を進めるために必要な化学エネルギー(ATP)の生産も起こります。その結果新しく胚の細胞も作られ、サイズも大きくなって、発芽という現象が起きます。
以上のように、発芽は細胞の生化学反応に支えられています。ほとんど全ての生化学反応は反応ごとの決まった酵素の触媒で進行します。そして酵素反応はそれぞれ一定の温度域で行われます。つまり、反応の進行にとって必要な最低温度、最も良い温度(至適温度)、なんとか反応できる高限界温度があります。種子の発芽にとっての温度条件もこれに準じます。また、発芽時に必要な化学エネルギー(ATP)は細胞呼吸によって供給されますが、イネ種子などの無酸素呼吸(anaerobic respiration)ができる例外を除いては、酸素呼吸ですので、発芽時には通気が十分にある事が必要です。さらに勿論給水を止める事は出来ません。
お使いになっているインゲン、ホウセンカ、アサガオについての発芽温度条件を文献で調べてみると、だいたい以下の通りです。
インゲン(Phaseolus vulgaris,品種にもよります):最低3℃、至適22〜25℃、最高30〜35℃
ホウセンカ(Impatiens balsamina):最低15℃、至適22〜26℃、最高30℃
アサガオ(Ipomoea nil):最低18℃以下、至適22〜26℃、最高28℃。 
これらの値を見る限り、一年中27℃〜33℃という温度は上記3種の種子の発芽には適した温度条件ではないかもしれません。温度調節ができる装置があれば問題ないでしょうが。
尤もインゲンは発芽率は悪いがなんとか発芽させる事ができるかもしれません。インゲンがほとんど腐ってしまったというのは、おそらく種子に付着していた雑菌の繁殖によって酸素不足によりそうなったのかもしれません。「実験前に種子をよく洗ってから軽くエタノールなどで消毒し、すぐ滅菌水で洗浄してから使う。脱脂綿は毎日あるいは日に2回くらい交換する。直射日光は当てない。通気よくする。」などを試みてはどうでしょうか。
また、「種子を滅菌した後、水道水に浸して冷蔵庫のなかで吸水過程を済ませ、その後湿った脱脂綿上に並べて、室内のできるだけ温度の低い場所に置き、なんども脱脂綿を交換する。脱脂綿の水は水道水に冷水を加えて適温ギリギリに冷やしておいたものを使う。」など試してみてもいいかもしれません。

次に実験材料ですが、日本人学校というのは多分日本の教科書を使うのですね。問題はこの発芽実験によって生徒に何を理解してもらいたいかという事です。インゲン、ホウセンカ、アサガオでなければいけない理由があるのでしょうか。マレーシアでもたくさんの種類の種子が入手できるはずです。単に発芽という現象を観るだけなら、この3種に代わる種子はいくらでもあるでしょう。現地の学校の生徒さんたちは類似の実験をやってはいないのでしょうか。マレーシアの教科書を覗かれるのも一手段です。発芽の現象で何を理解させたいかによって、種子の種類にこだわる必要はないように思います。あるいは、日本人は帰国して試験を受けるときに同じ材料を使った実験を経験していないと不利になるという問題でもあるのでしょうか。

あまりお役に立たない回答かもしれませんが、また疑問がありましたら、質問して下さい。
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2023-02-17
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