質問者:
大学生
ふすま
登録番号5594
登録日:2023-03-29
C3植物にCAMやC4型光合成の形質を導入し発現させることは困難なのでしょうか?みんなのひろば
CAM,C4型光合成の遺伝子導入
温暖化であったり世界的な食糧不足が予想される地球上では、C4植物やCAM植物が適しているのでは?と思ったのですが、遺伝子導入出来ないものなのでしょうか。
ふすまさん
みんなのひろば植物Q&Aへようこそ。
【本回答担当者(サイエンスアドバイザー)による注釈】
(質問者は大学生で、一般読者がこの質問に対する回答を理解するには、この分野に関する専門的解説が必要だと考えられるので、最初に若干補足し、次に専門家による研究の現状について解説していただきました)
酸素発生型光合成生物によるCO2同化の反応経路は、1950年代に、放射性炭素同位体を利用し、単細胞緑藻クロレラなどを用いて反応の初期産物が3-ホスホグリセリン酸(炭素3個の化合物なので、C3型という)であることが明らかになり、続いて、炭素化合物(糖のレベルに還元されている)の合成経路が確立されました(Calvin回路、Calvin-Benson回路、C3経路などともいう。イネ、コムギをはじめ、多くの陸上植物の炭素同化経路です)。酸素発生型光合成生物の炭素同化経路は、当時は、これが唯一の経路だと思われていたが、1960年代にサトウキビの光合成では初期産物がリンゴ酸やアスパラギン酸であることが明らかにされた(これらは炭素4個の化合物なので、C4経路という)。C4型光合成植物では、CO2を固定する細胞(葉肉細胞)がホスホエノールピルビン酸との反応でオキサロ酢酸(炭素4個の化合物、C4)を生じ(これは糖に比べると酸化的化合物であり)、C4化合物は(維管束鞘細胞)に輸送され、分解されてCO2と有機酸を生じ、前者はC3経路によって糖のレベルに還元される)。C4型光合成は、CO2を固定と再放出、更にはCO2同化という経路が加わるので、エネルギー的には損な反応である。しかし、陸上植物は光合成の基質CO2を気孔を通して大気中から取り入れるが、このとき水分が蒸散により植物体から失われる。C4型はC3型に比べてCO2に対する親和性が高く、現在の大気中のCO2レベル(約400ppm)では、光が十分強く、また水分の蒸散を抑制することが生存に有利な条件下では、野生植物でも、また栽培植物でも、光合成の速度が高い。世界的に見ても、耕地面積当たりの光合成産物の最大収量は、トウモロコシやサトウキビ(いずれもC4型光合成)などで、C3型植物(例:イネ、コムギなど)よりもやや高い値が報告されている。では、C3型のイネを遺伝子工学的にC4型に変えたら収穫量の高いイネができるかというと話はそれほど簡単ではない。まず、遺伝子工学的改変が未だ技術的に成功していないこと、例えそのような作物ができたとしても、日射エネルギーの高い梅雨時頃は、曇天や雨天のために植物の受光エネルギー強度が高い時期が限られることから、この品種改良法で日本に適したコメの収量が高いイネを作れるかどうかは、未解決です。また、遺伝子組み換え作物を栽培してもいいかどうかという社会的問題も生じます。なお、その後、ベンケイソウやサボテンのような多肉植物は、飽和水蒸気圧の低くなる夜間に気孔を開いてCO2を取り入れて有機酸として蓄え、昼間は有機酸の分解によって生じたCO2を糖のレベルに同化還元するというCAM型光合成をおこなうことが明らかにされました。
質問者へ。この問題を深く理解するためには、例えば次の方法で自分で勉強してください:
I、 みんなのひろば、植物Q&Aのホームページで、[C4光合成]を検索語として調べる ー> 登録番号3422, 2403, 1682, 0029などが特に役に立つ
II、 光合成事典(日本光合成学会がインターネットで公開している)、ここで、C4光合成、CAM型光合成について調べる
III、 植物生理学の専門書で調べる
【谷口光隆博士(農学)による専門的回答】
C3植物のイネにC4光合成に関わる遺伝子を導入して、C4光合成を行うイネを作出しようとする研究は以前から行われています。例えば、国際共同プロジェクト“The C4 Rice Project”のウェブページ(https://c4rice.com)をご覧ください。
しかし、現段階では、C4光合成能力を十分に発揮するイネはまだ作られていません。
一般的なC4植物の葉では、維管束の周りを維管束鞘細胞が取り囲み、さらにその外側を葉肉細胞が取り囲む花冠(クランツ)構造を形成しています。C4植物は、その2種の光合成細胞にまたがるC4光合成回路を駆動させ、維管束鞘細胞の葉緑体に局在するRubisco(リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ)にCO2を濃縮供給することで、高い光合成活性や環境ストレス耐性を発揮すると期待されています。”ふすまさん”の仰るように、C3植物のC4化は、今後の地球環境変動への対応策の一つとして期待されます。
C3植物をC4化させるためには、C3植物の生化学的特性と葉構造の改変を行う必要があります。生化学的特性の改変とは、C4光合成回路を構成する酵素の遺伝子を導入して両細胞にまたがって機能するC4回路を付与することです。既にC4回路に関わる酵素やトランスポーター(葉緑体包膜などに存在する代謝産物輸送体)の遺伝子は大部分同定されており、それらの遺伝子をC3植物で細胞特異的に適切量を発現させることでC4回路の成立は可能になると思われます。
一方、葉構造の改変はまだハードルが高そうです。イネの維管束鞘細胞は、葉肉細胞と比べて葉緑体などのオルガネラが発達していません。すなわち、維管束鞘細胞には小型の葉緑体が少ししか含まれておらず、C4植物の維管束鞘細胞に比べて見劣りする構造です。また、何層もの葉肉細胞が維管束鞘細胞を取り囲んでいます。イネはこの葉肉細胞で主にCO2同化を行っているため、多くの葉肉細胞を持つことが必要なのです。しかし、C4化を行うにあたっては、葉肉細胞と維管束鞘細胞にまたがるC4回路を多量に効率よく働かせることが必要です。したがって、イネの葉構造の改変には、維管束鞘細胞を活性化する(オルガネラのサイズや数を増やす)ことと、葉肉細胞層を減らして維管束と維管束の間の距離を短くすることが必須です。現在、C4植物の葉構造の発生メカニズムが明らかになりつつある段階であり、生化学的特性と葉構造の両方を改変させたC3植物の登場までにはもう少し時間がかかりそうです。
また、C3植物へCAM光合成形質を導入する研究も行われています。サボテンに代表されるCAM(ベンケイソウ型有機酸代謝)植物は、乾燥耐性が強い植物です。昼間よりも湿度が高くなる夜間に気孔を開いてCO2の炭素を有機酸に固定し、液胞に蓄積します。そして、湿度が低くなる昼間には気孔を閉じ、蓄えた有機酸の脱炭酸反応により生じたCO2を葉緑体のRubiscoで再固定します。この一連の反応はC4光合成とは違って1細胞内で起こるので、CAM光合成の導入に葉構造の改変を必要とはしません。CAM光合成経路に関わる酵素の遺伝子も同定されており、一連の遺伝子を導入すれば良いわけですが、導入して発現した酵素の活性を昼と夜とで調節する機構も導入する必要があり、そう簡単ではなさそうです。CAM光合成は過酷な環境で生存するためにC3植物の進化過程で獲得されたものであり、CAM光合成機構の導入は作物の生産性増大にはそれ程貢献しないのではないかという指摘もあります。一方、環境ストレスに伴ってCAM光合成を行うようになるC3植物(アイスプラントなど)も存在しますので、通常はC3光合成を行い、強い乾燥ストレスを受けるとCAM光合成を誘導して過酷な環境下でも生き残れるように形質を改変させたC3-CAM変換作物を開発できれば、気候変動で乾燥化や塩害が進む地域での農業や植生回復に貢献できると思われます。
みんなのひろば植物Q&Aへようこそ。
【本回答担当者(サイエンスアドバイザー)による注釈】
(質問者は大学生で、一般読者がこの質問に対する回答を理解するには、この分野に関する専門的解説が必要だと考えられるので、最初に若干補足し、次に専門家による研究の現状について解説していただきました)
酸素発生型光合成生物によるCO2同化の反応経路は、1950年代に、放射性炭素同位体を利用し、単細胞緑藻クロレラなどを用いて反応の初期産物が3-ホスホグリセリン酸(炭素3個の化合物なので、C3型という)であることが明らかになり、続いて、炭素化合物(糖のレベルに還元されている)の合成経路が確立されました(Calvin回路、Calvin-Benson回路、C3経路などともいう。イネ、コムギをはじめ、多くの陸上植物の炭素同化経路です)。酸素発生型光合成生物の炭素同化経路は、当時は、これが唯一の経路だと思われていたが、1960年代にサトウキビの光合成では初期産物がリンゴ酸やアスパラギン酸であることが明らかにされた(これらは炭素4個の化合物なので、C4経路という)。C4型光合成植物では、CO2を固定する細胞(葉肉細胞)がホスホエノールピルビン酸との反応でオキサロ酢酸(炭素4個の化合物、C4)を生じ(これは糖に比べると酸化的化合物であり)、C4化合物は(維管束鞘細胞)に輸送され、分解されてCO2と有機酸を生じ、前者はC3経路によって糖のレベルに還元される)。C4型光合成は、CO2を固定と再放出、更にはCO2同化という経路が加わるので、エネルギー的には損な反応である。しかし、陸上植物は光合成の基質CO2を気孔を通して大気中から取り入れるが、このとき水分が蒸散により植物体から失われる。C4型はC3型に比べてCO2に対する親和性が高く、現在の大気中のCO2レベル(約400ppm)では、光が十分強く、また水分の蒸散を抑制することが生存に有利な条件下では、野生植物でも、また栽培植物でも、光合成の速度が高い。世界的に見ても、耕地面積当たりの光合成産物の最大収量は、トウモロコシやサトウキビ(いずれもC4型光合成)などで、C3型植物(例:イネ、コムギなど)よりもやや高い値が報告されている。では、C3型のイネを遺伝子工学的にC4型に変えたら収穫量の高いイネができるかというと話はそれほど簡単ではない。まず、遺伝子工学的改変が未だ技術的に成功していないこと、例えそのような作物ができたとしても、日射エネルギーの高い梅雨時頃は、曇天や雨天のために植物の受光エネルギー強度が高い時期が限られることから、この品種改良法で日本に適したコメの収量が高いイネを作れるかどうかは、未解決です。また、遺伝子組み換え作物を栽培してもいいかどうかという社会的問題も生じます。なお、その後、ベンケイソウやサボテンのような多肉植物は、飽和水蒸気圧の低くなる夜間に気孔を開いてCO2を取り入れて有機酸として蓄え、昼間は有機酸の分解によって生じたCO2を糖のレベルに同化還元するというCAM型光合成をおこなうことが明らかにされました。
質問者へ。この問題を深く理解するためには、例えば次の方法で自分で勉強してください:
I、 みんなのひろば、植物Q&Aのホームページで、[C4光合成]を検索語として調べる ー> 登録番号3422, 2403, 1682, 0029などが特に役に立つ
II、 光合成事典(日本光合成学会がインターネットで公開している)、ここで、C4光合成、CAM型光合成について調べる
III、 植物生理学の専門書で調べる
【谷口光隆博士(農学)による専門的回答】
C3植物のイネにC4光合成に関わる遺伝子を導入して、C4光合成を行うイネを作出しようとする研究は以前から行われています。例えば、国際共同プロジェクト“The C4 Rice Project”のウェブページ(https://c4rice.com)をご覧ください。
しかし、現段階では、C4光合成能力を十分に発揮するイネはまだ作られていません。
一般的なC4植物の葉では、維管束の周りを維管束鞘細胞が取り囲み、さらにその外側を葉肉細胞が取り囲む花冠(クランツ)構造を形成しています。C4植物は、その2種の光合成細胞にまたがるC4光合成回路を駆動させ、維管束鞘細胞の葉緑体に局在するRubisco(リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ)にCO2を濃縮供給することで、高い光合成活性や環境ストレス耐性を発揮すると期待されています。”ふすまさん”の仰るように、C3植物のC4化は、今後の地球環境変動への対応策の一つとして期待されます。
C3植物をC4化させるためには、C3植物の生化学的特性と葉構造の改変を行う必要があります。生化学的特性の改変とは、C4光合成回路を構成する酵素の遺伝子を導入して両細胞にまたがって機能するC4回路を付与することです。既にC4回路に関わる酵素やトランスポーター(葉緑体包膜などに存在する代謝産物輸送体)の遺伝子は大部分同定されており、それらの遺伝子をC3植物で細胞特異的に適切量を発現させることでC4回路の成立は可能になると思われます。
一方、葉構造の改変はまだハードルが高そうです。イネの維管束鞘細胞は、葉肉細胞と比べて葉緑体などのオルガネラが発達していません。すなわち、維管束鞘細胞には小型の葉緑体が少ししか含まれておらず、C4植物の維管束鞘細胞に比べて見劣りする構造です。また、何層もの葉肉細胞が維管束鞘細胞を取り囲んでいます。イネはこの葉肉細胞で主にCO2同化を行っているため、多くの葉肉細胞を持つことが必要なのです。しかし、C4化を行うにあたっては、葉肉細胞と維管束鞘細胞にまたがるC4回路を多量に効率よく働かせることが必要です。したがって、イネの葉構造の改変には、維管束鞘細胞を活性化する(オルガネラのサイズや数を増やす)ことと、葉肉細胞層を減らして維管束と維管束の間の距離を短くすることが必須です。現在、C4植物の葉構造の発生メカニズムが明らかになりつつある段階であり、生化学的特性と葉構造の両方を改変させたC3植物の登場までにはもう少し時間がかかりそうです。
また、C3植物へCAM光合成形質を導入する研究も行われています。サボテンに代表されるCAM(ベンケイソウ型有機酸代謝)植物は、乾燥耐性が強い植物です。昼間よりも湿度が高くなる夜間に気孔を開いてCO2の炭素を有機酸に固定し、液胞に蓄積します。そして、湿度が低くなる昼間には気孔を閉じ、蓄えた有機酸の脱炭酸反応により生じたCO2を葉緑体のRubiscoで再固定します。この一連の反応はC4光合成とは違って1細胞内で起こるので、CAM光合成の導入に葉構造の改変を必要とはしません。CAM光合成経路に関わる酵素の遺伝子も同定されており、一連の遺伝子を導入すれば良いわけですが、導入して発現した酵素の活性を昼と夜とで調節する機構も導入する必要があり、そう簡単ではなさそうです。CAM光合成は過酷な環境で生存するためにC3植物の進化過程で獲得されたものであり、CAM光合成機構の導入は作物の生産性増大にはそれ程貢献しないのではないかという指摘もあります。一方、環境ストレスに伴ってCAM光合成を行うようになるC3植物(アイスプラントなど)も存在しますので、通常はC3光合成を行い、強い乾燥ストレスを受けるとCAM光合成を誘導して過酷な環境下でも生き残れるように形質を改変させたC3-CAM変換作物を開発できれば、気候変動で乾燥化や塩害が進む地域での農業や植生回復に貢献できると思われます。
谷口 光隆(名古屋大学大学院生命農学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2023-04-16
櫻井 英博
回答日:2023-04-16