一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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天狗巣病について

質問者:   その他   近藤
登録番号0056   登録日:2004-05-06
大昔に、学研の「6年の科学」の中学版「サイエンスエコー」という雑誌で、天狗巣病(の一種)が紹介されていました。
病原体がマイコプラズマで昆虫に媒介されること、症状として「花が葉になる」ことが取り上げられていたと記憶しています。
バラとキンギョソウ(たぶん)が花の形をかなり保ったまま、花弁が緑の葉のようになった写真がとても印象に残っているのですが、これはどういうしくみなのでしょうか?
雑誌では花弁と葉がもともと同じ物、という話で説明されていましたが、葉のようになる理由までは書いてありませんでした。
大人になってから植物病理学の教科書を見たのですが、天狗巣病の項目に症状の一つとして「花弁が緑化する」と書いてあるだけで、機構はわからずじまいです。
長年の疑問を解決して頂けると嬉しいです。
近藤さま

 ご質問の天狗巣病について、花の形成機構を分子レベルで研究されている荒木崇先生(京都大学)から、以下のような詳細なご回答をいただきました。参考にしていただければ幸いです。


天狗巣病について

 ご質問ありがとうございます。残念ながら、詳しい原因は判っていない、というのが現状のようです。以下、関連する事項も含めて少しご説明いたします。

 お尋ねのように、マイコプラズマ様微生物(phytoplasma, ファイトプラズマ)の感染により引き起こされる症状として、植物の黄化・萎縮・叢生・天狗巣、花器官の葉状化(phyllody, フィロディー)が知られています。アスターでは頭状花序(通常「花」といっている部分です)の中央が葉をつけた枝に転換する「貫き抜け」という症状も知られています。アジサイでは萼片(通常のアジサイでは青色や紫色の花びらのように見える器官)が緑色の葉状になる品種として珍重されていたものが、実はファイトプラズマの感染によるものであることがわかっているそうです。東京大学の難波成任先生の研究室のホームページ(http://user.ecc.u-tokyo.ac.jp/~knamba/phyto/)に解説と写真が公開されています。

 花器官の葉状化がおこる原因として考えられることは、花の器官の性質を規定している遺伝子(後述)の機能がファイトプラズマの感染により攪乱されることです。葉状化がおこった花でそのような遺伝子の機能がどのようになっているかを調べれば興味深いと思いますが、私はそのような報告例を知りません。ファイトプラズマの1種については、今年、難波先生のグループがゲノムの全塩基配列を明らかにしました。そうした情報を利用することで、今後、ファイトプラズマが花器官の葉状化をひきおこす機構を明らかにする手がかりが得られるかもしれません。

 さて、「花の器官の性質を規定する遺伝子」というのは、萼片なら萼片、花弁なら花弁に、それぞれの器官らしい性質を獲得させるはたらきのある遺伝子で、すでに多数知られております。シロイヌナズナという植物では、そのような遺伝子のうち3種類のはたらきが同時に損なわれると、萼片、花弁、雄しべ、雌しべがすべて葉のような器官に変わってしまうことが明らかになっています。
 花器官の性質を規定する遺伝子によって花の形ができるしくみについては、本学会の「みんなの広場」の『花はどのようにしてできるのか』や国立大学理学部長会議が出している『理学ってなんだろう』(http://www.sclib.kyoto-u.ac.jp/whats/index.htmlからダウンロードできます。花のできるしくみを解説したページは、「生物」の「生命の本質に迫る【遺伝子】」というところにあります)等を参考にしてください。

 最後に、蛇足ですが、植物に感染する微生物の中には、ファイトプラズマとは逆のことをするものもあります。10年ほど前にNatureという雑誌に発表されたさび病菌(カビの仲間です)の場合には、感染した植物の葉を一見したところ花弁のようなものに変えてしまいます。この菌(Puccinia monoica)はアブラナ科のArabis(ヤマハタザオ)属の植物に感染します。Arabis属の植物はロゼット植物で、花を咲かせる状態になるまでは茎を伸ばさないのですが、感染した植物は花を咲かせる状態にならなくても茎を伸ばし、茎上にできた葉は黄色になります。この葉の集まりは他の種類の植物の花に似ており、甘いにおいがするばかりか糖分の含量も多く、蝶のような昆虫を引きつけるということです。つまり、この菌は感染した植物のシュート(茎とその上に形成された葉の集まり)を他の種の花に「擬態」させるわけです。菌は引きつけられた昆虫の力を借りて、離れた植物の上の菌の間で配偶子(生殖細胞)のやりとりをしていると考えられています。

 荒木 崇(京都大学)
広報委員長、神戸大学
三村 徹郎
回答日:2006-10-23
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