質問者:
大学生
ウニ
登録番号5641
登録日:2023-05-20
教科書に複合体2ではコハク酸デヒドロゲナーゼ複合体により2つの水素原子がコハク酸から引き抜かれ、FADH2を介して複合体3 におくられると記載されていましたがどのような意味でしょうか
電子伝達系
ウニ 様
みんなのひろば 植物Q&Aようこそ。質問を歓迎します。
「回答の前書き」
この問題の理解には、P. Mitchellの化学浸透説、ミトコンドリア内膜や葉緑体チラコイド膜における電子伝達に共役したH+駆動力(H+イオンの電気化学ポテンシャル)形成とリン酸化(ATP合成)、について全体像を把握しておくことが必要です。これは、生体膜におけるエネルギー変換の中心的概念なので、質問者自身で大学教科書、参考書で、「化学浸透説」、「電子伝達に共役したリン酸化」、「光リン酸化」について調べることが、この問題に対する理解を深めるのに役立つことでしょう。なお、教科書やインターネットなどにも解説が沢山出ていることでしょう。
[回答]
植物は、光合成によってCO2とH2Oから有機物を合成できますが、これには、光化学的酸化還元反応(フェレドキシンを還元し、他方では水を分解してO2を発生)と並んで、チラコイド膜で起こる光リン酸化反応(ATP合成)も重要な働きをしています。一方、光合成をしていない細胞(例:根の細胞)や、葉でも日の当たらない夜間の生命活動にはエネルギーが必要であり、そのエネルギー(ATP)は主として有機化合物の呼吸によって供給されます。
植物による呼吸では、細胞質ゾルで起こる有機物の嫌気的分解に続いて、ミトコンドリアにおいて、酸化還元エネルギーのATPへの変換(酸化的リン酸化反応)が起こります。グルコースの嫌気的分解経路は、酵母のアルコール発酵や乳酸菌の乳酸発酵と主要部分は共通で、グルコース1分子当たり、正味2分子のATPを合成できますが、ATPとして得られるエネルギーはグルコースを完全酸化した時利用できるエネルギーのわずか約6パーセント程度と見積もられ、残りのエネルギーはエタノールや乳酸などの有機物中にとどまっています。動物、植物、一部の大腸菌など、好気的代謝系を持つ生物は、有機物を酸化してずっと多くのATP(グルコース1分子当たりおよそ30-40分子)を合成する経路、すなわち、代謝系(クエン酸回路)および酸化的リン酸化反応系を持っており、これにより、グルコースが持っていたエネルギーは、完全に開放されます。この経路は、好気的微生物の多く、動物、植物などの生物において、大筋は共通です:
酸化的リン酸化経路の大要:
1)[クエン酸回路(TCA回路)]
グルコースは、解糖系により分解され、酵母ではエタノール、乳酸菌では乳酸となるが、好気的生物では、ピルビン酸と還元型補酵素NADHを経て、クエン酸回路(TCA回路ともいう)によって、アセチルCoAと還元型補酵素(NADH)となる。アセチルCoAは、クエン酸回路によってさらに分解されて、還元型補酵素(NADH、FADH2)とCO2を生じる。
2)[ミトコンドリアの電子伝達系を通したO2による酸化とH+駆動力(プロトン駆動力)の形成。Mitchellの化学浸透説という]
還元型補酵素は、ミトコンドリアの電子伝達系を通して最終的にはO2によって酸化されてH2Oを生じるが、この時、ミトコンドリア内膜の内外にH+駆動力(H+の濃度差プラス膜電位差のエネルギー)が形成される。
3)[ATP合成酵素によるH+駆動力を利用したATP合成]
ミトコンドリア内膜にはATP合成酵素が結合しており、ミトコンドリア膜の内外に形成されたH+駆動力を利用して下記の反応を触媒する:ADP+Pi ――>ATP+H2O
合成されたATPは、一部はミトコンドリア内部で利用されるが、多くは内膜にあるADP/ATP交換輸送体によりミトコンドリア外に輸送されて、細胞の他の部分で利用される。
さて、質問は、上記の2)に関するものです。
ミトコンドリア内膜には、酸化還元及びそれに付随して起こるH+輸送に関与する4種の複合体(タンパク質、酸化還元補助因子、脂質等からなる)があり、それらの間を電子が輸送される際にミトコンドリア内膜の内外にH+の電気化学ポテンシャル(H+駆動力とも言う)が形成され、これが駆動力となってATP合成酵素がATPを合成する:
複合体I:NADHを酸化して、ユビキノンを還元する(UQH2)が、この際の酸化還元エネルギーの落差を利用してH+駆動力を形成する。
複合体II:コハク酸デヒドロゲナーゼ複合体とも呼ばれる。コハク酸を酸化して、ユビキノンを還元する(UQH2)。この反応に伴うH+駆動力は形成されない。
複合体III:別名はシトクロムb/c1複合体。複合体の構成分としてシトクロムbおよびc1を含み、複合体I、IIより生じたUQH2を酸化して還元型シトクロムcを生じるが、その反応に伴ってH+駆動力を形成する。
複合体IV:シトクロムcオキシダーゼともいう。還元型シトクロムcを最終的にはO2で酸化してH2Oを生じるが、酸化還元に伴って、内部のH+の消費以外に、H+駆動力の形成も起こる。
「総括:H+輸送数の呼吸基質による差」
電子伝達系を通した酸化還元に伴うH+の輸送数:電子2個の酸化還元に伴うH+輸送数は、NADHの場合は約10-12、コハク酸の場合は約8と推定されている。(なお、この数値は必ずしも確定したものではなく、専門家による検討が続いている。)
さて、質問に戻り、ミトコンドリア内膜においてO2により酸化されるときは、NADHの場合は複合体I、III、IVを通るので2電子当たり約10-12個のH+が輸送されるが、コハク酸デヒドロゲナーゼの場合は複合体II、III、IVを通り、複合体Iは通らず、このとき複合体IIではH+の輸送が起こらないので、電子2個当たり輸送されるH+数は8で、形成されるATP数がNADHの酸化と比べて低くなる。
みんなのひろば 植物Q&Aようこそ。質問を歓迎します。
「回答の前書き」
この問題の理解には、P. Mitchellの化学浸透説、ミトコンドリア内膜や葉緑体チラコイド膜における電子伝達に共役したH+駆動力(H+イオンの電気化学ポテンシャル)形成とリン酸化(ATP合成)、について全体像を把握しておくことが必要です。これは、生体膜におけるエネルギー変換の中心的概念なので、質問者自身で大学教科書、参考書で、「化学浸透説」、「電子伝達に共役したリン酸化」、「光リン酸化」について調べることが、この問題に対する理解を深めるのに役立つことでしょう。なお、教科書やインターネットなどにも解説が沢山出ていることでしょう。
[回答]
植物は、光合成によってCO2とH2Oから有機物を合成できますが、これには、光化学的酸化還元反応(フェレドキシンを還元し、他方では水を分解してO2を発生)と並んで、チラコイド膜で起こる光リン酸化反応(ATP合成)も重要な働きをしています。一方、光合成をしていない細胞(例:根の細胞)や、葉でも日の当たらない夜間の生命活動にはエネルギーが必要であり、そのエネルギー(ATP)は主として有機化合物の呼吸によって供給されます。
植物による呼吸では、細胞質ゾルで起こる有機物の嫌気的分解に続いて、ミトコンドリアにおいて、酸化還元エネルギーのATPへの変換(酸化的リン酸化反応)が起こります。グルコースの嫌気的分解経路は、酵母のアルコール発酵や乳酸菌の乳酸発酵と主要部分は共通で、グルコース1分子当たり、正味2分子のATPを合成できますが、ATPとして得られるエネルギーはグルコースを完全酸化した時利用できるエネルギーのわずか約6パーセント程度と見積もられ、残りのエネルギーはエタノールや乳酸などの有機物中にとどまっています。動物、植物、一部の大腸菌など、好気的代謝系を持つ生物は、有機物を酸化してずっと多くのATP(グルコース1分子当たりおよそ30-40分子)を合成する経路、すなわち、代謝系(クエン酸回路)および酸化的リン酸化反応系を持っており、これにより、グルコースが持っていたエネルギーは、完全に開放されます。この経路は、好気的微生物の多く、動物、植物などの生物において、大筋は共通です:
酸化的リン酸化経路の大要:
1)[クエン酸回路(TCA回路)]
グルコースは、解糖系により分解され、酵母ではエタノール、乳酸菌では乳酸となるが、好気的生物では、ピルビン酸と還元型補酵素NADHを経て、クエン酸回路(TCA回路ともいう)によって、アセチルCoAと還元型補酵素(NADH)となる。アセチルCoAは、クエン酸回路によってさらに分解されて、還元型補酵素(NADH、FADH2)とCO2を生じる。
2)[ミトコンドリアの電子伝達系を通したO2による酸化とH+駆動力(プロトン駆動力)の形成。Mitchellの化学浸透説という]
還元型補酵素は、ミトコンドリアの電子伝達系を通して最終的にはO2によって酸化されてH2Oを生じるが、この時、ミトコンドリア内膜の内外にH+駆動力(H+の濃度差プラス膜電位差のエネルギー)が形成される。
3)[ATP合成酵素によるH+駆動力を利用したATP合成]
ミトコンドリア内膜にはATP合成酵素が結合しており、ミトコンドリア膜の内外に形成されたH+駆動力を利用して下記の反応を触媒する:ADP+Pi ――>ATP+H2O
合成されたATPは、一部はミトコンドリア内部で利用されるが、多くは内膜にあるADP/ATP交換輸送体によりミトコンドリア外に輸送されて、細胞の他の部分で利用される。
さて、質問は、上記の2)に関するものです。
ミトコンドリア内膜には、酸化還元及びそれに付随して起こるH+輸送に関与する4種の複合体(タンパク質、酸化還元補助因子、脂質等からなる)があり、それらの間を電子が輸送される際にミトコンドリア内膜の内外にH+の電気化学ポテンシャル(H+駆動力とも言う)が形成され、これが駆動力となってATP合成酵素がATPを合成する:
複合体I:NADHを酸化して、ユビキノンを還元する(UQH2)が、この際の酸化還元エネルギーの落差を利用してH+駆動力を形成する。
複合体II:コハク酸デヒドロゲナーゼ複合体とも呼ばれる。コハク酸を酸化して、ユビキノンを還元する(UQH2)。この反応に伴うH+駆動力は形成されない。
複合体III:別名はシトクロムb/c1複合体。複合体の構成分としてシトクロムbおよびc1を含み、複合体I、IIより生じたUQH2を酸化して還元型シトクロムcを生じるが、その反応に伴ってH+駆動力を形成する。
複合体IV:シトクロムcオキシダーゼともいう。還元型シトクロムcを最終的にはO2で酸化してH2Oを生じるが、酸化還元に伴って、内部のH+の消費以外に、H+駆動力の形成も起こる。
「総括:H+輸送数の呼吸基質による差」
電子伝達系を通した酸化還元に伴うH+の輸送数:電子2個の酸化還元に伴うH+輸送数は、NADHの場合は約10-12、コハク酸の場合は約8と推定されている。(なお、この数値は必ずしも確定したものではなく、専門家による検討が続いている。)
さて、質問に戻り、ミトコンドリア内膜においてO2により酸化されるときは、NADHの場合は複合体I、III、IVを通るので2電子当たり約10-12個のH+が輸送されるが、コハク酸デヒドロゲナーゼの場合は複合体II、III、IVを通り、複合体Iは通らず、このとき複合体IIではH+の輸送が起こらないので、電子2個当たり輸送されるH+数は8で、形成されるATP数がNADHの酸化と比べて低くなる。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2023-05-29