一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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糖度の高い果実が水に沈む理由

質問者:   自営業   サイエンス好きママ
登録番号5651   登録日:2023-05-25
お世話になります。6歳と4歳の子どもをもつ、最近サイエンス好きになったママです。ふだん子どもの興味に合わせておうちで科学実験をしたり、幼児教室の先生をしているので生徒さんに科学実験をみせてあげたりしております。もともとは文系の私ですが、子どものためにと調べるうちに楽しくなり、科学的な背景をもっと知りたいとさらに調べる日々を送っております。


質問は、『糖度の高い果実が水に沈むのはなぜか?』というものです。

よくある科学実験として、「野菜などを水に浮かべて、浮くか?沈むか?」という実験がございます。
主には比重の問題で、一定体積当たりの質量が水より大きいか?小さいか?で沈んだり浮いたりするものと理解しております。または野菜の中に空気の入った空間があるものは浮力を得て浮く、と理解しております。

よく図鑑やネットなどでみかける説明として、
『地中でそだつ野菜は、雨などで地上に浮き出てしまうと困るので水には沈む。地上で育つ野菜は浮く。』
というものがあります。私も子ども達にもそのように説明しております。かぼちゃなどは大きくて重いのに地上に育つ野菜だから浮くんだよ、と見せると意外性に喜んでもらえます。

一方で、浮いたり沈んだりする野菜としてよく「トマト」が紹介されています。地上になるものですので、基本的には浮く…かと思いきや、『糖度が高いものは沈む』とあり、実際試すとそうなります。

科学的には、『質量が(野菜の細胞壁である)セルロース<水<(甘味である)ショ糖の順に大きく、糖度が高いものはショ糖が多く含まれていて水より重いため沈む』という説明を見かけ、その点については納得しております。

すると、『地上で育つ野菜は水に浮き、地中で育つ野菜は水に沈む』という植物の生存戦略レベルでの説明はどうなるのかな?という疑問があります。

私なりに考えてみた仮説としては、
「十分に熟して甘くなった果実は、重くなって地表に落ち、種が地中に埋まった方が次の世代につなげるために良いので、水より重い状態となっている」
というものです。
果実が甘いのは動物に食べて運んでもらうため、トマトなどは品種改良によってより甘い果実をつけるようになっている、など甘さにはいろいろと理由はあるかと思いますが、「水に浮く、沈む」への説明として甘味がどう関係するかが気になっています。

そもそも、「水に浮く・沈む理由として地上に成る・地下に成る」という説明は植物生理学的にも納得のいくものなのでしょうか?
また、上記のような仮説も浮いたり沈んだりする説明として可能なのでしょうか?

お忙しいところ恐縮ですが、何かヒントをいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
サイエンス好きママ様

Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。
ご家庭でお子様やお勤めの幼児教室で簡単な科学実験などをして子供さんたちに科学への目を向けさせておられるとのこと、素晴らしいお母さんですね。
比重というのは理解なさっているように「一定の体積を占める物質の質量を、同じ体積を占める標準物質の質量で割ったもの」です。別の言い方をすれば、「ある物質の密度(単位体積あたり質量)と標準物質の密度のとの比」ということになります。通常は固体、液体の場合は4℃における水の質量が標準物質の質量となります。その値が1より大きいと水に沈み、低いと浮くことになります。
ところで、「地上で育つものは水に浮き、地下で育つものは水に沈む」という分け方は科学的とは言えません。地下で育つ野菜でも、タマネギ(比重0.91)や大根(比重0.95)は比重が1より小さいです。キウイは水に沈みます。トマトは完熟したものやミニトマトは沈みやすい。トマトの場合は糖度が増す、つまり、トマトの甘味の成分であるグルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)の含有量が増えると、果実としての密度は高くなります。最近は特に糖度の高くなる品種や、特別の栽培法によって糖度が高くなったトマトが市場に出回っています。
野菜や果物が水に浮くか浮かないかは、要するに、それらを構成している物質の密度がどれだけ高いかで決まります。水に沈むいわゆるイモ(サツマイモは根:塊根、ジャガイモは茎:塊茎)の仲間はデンプンを主とする高分子物質でぎっしりと組織(細胞)が充填された状態にあります。含水量も地上部の他の組織に比べてとても少ないのが普通です。つまり物質の密度が高い。他方、タマネギ(主軸が極端に短くなって地下に潜った地上部:鱗茎葉)は水分を多く含んでいて、密度は低いわけです。
地中で育つものと、地上で育つものとの違いについて、比重の違いに何か生態的意義を求めたり、進化との関わりを論じるのは、このような観察からは無理です。
私たちが食している野菜や果実は全部人間が作り替えたものですので、そのようなことを論じるならば、人が手を加える前の原種(野生種)について調べる必要があるでしょう。
野菜や果物には沢山の品種があります。従って、たとえば同じ種の果実でも構成成分の違い、特に量的な違いや、どれだけ水っぽくないかとか、細胞間隙がどれだけ多いか等々は密度に影響します。野菜や果物が水に浮くか浮かないかという実験は、生物(生理)学的な特性を考えるものではないように思います。
『地中で育つ野菜は、雨などで地上に浮き出てしまうと困るので水には沈む。地上で育つ野菜は浮く。』という説明には生物学的根拠は見出せません。また、「十分に熟して甘くなった果実は、重くなって地表に落ち、種が地中に埋まった方が次の世代につなげるために良いので、水より重い状態となっている」というお考えの仮説も生物学を抜きにすれば面白い説明になるでしょうが、繁殖のためにはできるだけ親個体から離れたところに種子が運ばれる方が望ましいわけです。事実多くの植物がいろいろな方法で種子飛散を工夫しています。
『地上で育つ野菜は水に浮き、地中で育つ野菜は水に沈む』というのは植物の生存戦略ではなくて、「作り上げた栽培種がたまたまそういう傾向の物理的性質を示す。」ということでしょう。ただ、一般的に言って、植物体の地上部と地下部(根系)の構造を比較したとき、地上部は空気の抵抗に逆らって成長すればいいだけですが、地下部は土壌という密度の高い環境の中を成長していかねばならないので、構造的に頑丈に作られている必要があります。つまり根の造りは地上部と比べて硬い、密度が高いという事は言えるかもしれません。従って、上記の野菜などの比重の違いは、このような器官の構造に由来していると言えるかもしれません。しかし、あくまでも推察ですが。

これからも子供へのサイエンス教育を是非続けてください。本コーナーもどんどんご利用ください。
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2023-05-28