一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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ウルチ性・モチ性と自然選択

質問者:   教員   額鷹
登録番号5731   登録日:2023-09-03
信頼できる専門的な知見を得られる場として,いつもお世話になっております。このような場を運営して下さっている方々に感謝です。

質問させて頂きたいのは,ウルチ性・モチ性に対する自然選択の影響です。

ウルチ性・モチ性が,胚乳に含まれるデンプンに占めるアミロース・アミロペクチンの割合の違い(モチ性ではアミロペクチンのみ)で生じることは知っていますし,この違いが生じるのがワクシー遺伝子の違いであることも知っています(登録番号3084など,読ませて頂きました)。

また,モチ性穀類は,イネ,オオムギ,アワ,キビ,モロコシ,ハトムギ,トウモロコシの7種に限定され,しかも,東アジア・東南アジアにのみ,モチ性品種が見られるということを知りました(育種学研究21:1-10,2019)。この総説によれば,粘り気のあるデンプンに対する選抜(人為選択)がはたらいているということです。また,この総説には,モチ性はウルチ性から派生したということが書かれており,遺伝子レベルでの突然変異を,人為選択によって品種として定着させたというストーリーが読み取れます。

では,貯蔵デンプンがアミロペクチンだけになるモチ性に,なんらかの不利があるために,野生種でモチ性が見つからないでしょうか? 植物の種子のデンプンが貯蔵栄養であり,種子発芽・胚の成長で利用されることを考えると,アミロース・アミロペクチンの割合に最適な割合がある気がしますし,もし最適な割合があるなら,自然選択がはたらく可能性があるように思います。

ウルチ性・モチ性に対して,自然選択ははたらいているのでしょうか? はたらいているとすれば,どのような方向に選択圧がかかっているのでしょうか?

確定的な話はないかもしれませんが,示唆いただければありがたいです。
額鷹様 

Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問への回答は、イネの研究に携わってこられた国立遺伝学研究所 及び総合研究大学院大学名誉教授倉田のり先生にお願いして作成していただきました。 
ウルチ性vsモチ性の自然選択については、回答に挙げられている論文の情報以外には、特別に研究はなされていないようです。この論文はnet上でも閲覧できますので、ご関心があればお読みください。

【倉田先生の回答】
穀類のウルチ性・モチ性の自然選択に関わるご質問ですが、ここでは、代表例としてコメに関して研究された結果を元にお答えします。
Olsen et al. Genetics 173: 975-983 (2006) の原著論文を参考にしていますが、現時点ではウルチ性・モチ性の自然選択に関わる記述はこれ以上の情報はないと思います。
この研究では、イネ全体の系統を栽培イネOryza sativa (オリザ サティバ)の代表的な5つのグループ 熱帯ジャポニカ、温帯ジャポニカ、インディカ、アウス、香り米、およびそれらの直接の祖先種である野生イネOryza rufipogon (オリザ ルフィポゴン)のグループに分け、グループ毎に複数の系統(6-22)を調べています。それらの系統で、モチ、ウルチの原因遺伝子であるwaxy遺伝子領域のゲノム配列(120k b程度)を解読、比較した結果、熱帯ジャポニカ、温帯ジャポニカ内 では、ゲノムの配列の多様性が非常に少なく、強い選択がかかっていることがわかりました。これと比較して、その他の栽培イネのインディカ、アウス、香り米では多様性が10〜30倍あり、これらの系統(品種)での選択圧はほとんどないことがわかります。特徴的なのは、栽培イネの祖先野生イネであるルフィポゴンでは、系統間の塩基多様性がジャポニカイネより100倍ほども高いことがわかり、このことは、自然(野生)条件下では、waxy 遺伝子を原因とした自然選択は働いていないという結論を示しています。

著者たちは、イネのモチ、ウルチの人為選択過程には、文化的な側面があるのではないかと推察しています。モチ性の品種は、東南アジアの陸稲に幾らか見られ、祭りやデザート用での利用に起源すること、ジャポニカでのモチ性選抜は、北東アジアの箸による食事形態に合わせた選抜に起因するのではないかと述べています。
倉田 のり(国立遺伝学研究所/総合研究大学院大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2023-09-12
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