一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

塩素分の孟宗竹への影響について

質問者:   公務員   清水雅子
登録番号0574   登録日:2006-04-17
ある塩素酸カリウムなどを製造する化学工場の風下にある森林が、一部、周辺と違う様相を呈しておりました。
近くでよく見ると、特徴的なのが、針葉樹は木の先端の方から葉が白く変化し、竹(孟宗竹)は茶色く幹が細く、葉がとても少ないということです。ちなみに、竹は住民が植えているものです。
立証はされていませんが、化学工場からの排ガスの影響、特に排ガス中の塩素分が影響しているのではないかということです。
私は現地には行っておらず写真を見ただけなのですが、木々に比べ孟宗竹のダメージが非常に大きく思われます。
それは、孟宗竹は幹も茶色っぽくなり枯れたようになっていましたが、樹木は幹にはそれほど影響が見受けられなかったからです。

そこで、質問です。

竹(もしくは孟宗竹)というものは、針葉樹などに比べ大気汚染や大気中の塩素分に弱い植物なのでしょうか?
大気汚染と植物の関係の本を調べてみたのですが、竹についてはどれも触れられていませんでした。
分かる範囲で結構です。教えて下さい。

よろしくお願いします。
清水 雅子 様

  植物が被害を受けているのがその工場の風下で、排気ガスの“塩素分”の影響らしいとのことですから、工場から排出される気体、または、風によって運ばれる微粉末が原因と考えられます。この“塩素分”としては、塩素分子(いわゆる塩素ガス)、塩化カリウム、塩化ナトリウム(食塩)の様ないわゆる塩(しお)、または、この工場が花火によく使われる塩素酸カリウムを製造しているとすればその細かい粉末の可能性もあります。これらはそれぞれ異なった機構で植物に被害を与えます。
 まず、塩化カリウム、塩化ナトリウムのような塩についてですが、これらは微粉末として飛散する可能性があります。ただ、これらの塩は塩素ガス、塩素酸カリウムに比べ濃度が低ければ植物に余り被害を与えません。しかし、台風のとき海岸近くの松などに海水が付着すると、葉が褐変したり枯れたりするように、塩が多ければ、いわゆる塩ストレスによる被害の可能性があります。これらの被害は塩によって生ずる浸透圧の上昇によって生じます。
 次にこの工場で何かの原因で塩素ガスが漏れた、または、少しずつ漏れている場合です。塩素ガスはヒトにとっても危険なガスで、輸送中の漏れなどによる被害が時に報じられています。その主な作用は塩素ガスが(細胞中の)水に溶け、強力な酸化力をもつ次亜塩素酸が生じ、細胞成分を酸化してしまうためで、ヒトには刺激臭、さらに気管支障害が生じ、植物ではクロロフィールが酸化され緑色を失います。水道水は塩素ガスを注入して殺菌されていますが、これは次亜塩素酸の酸化作用を利用したものです。ヒトが小さな怪我をしても細菌感染しないのは、細菌に感染したときだけ、血液中の白血球が次亜塩素酸や活性酸素を発生して殺菌してくれているためです。
最後に、この工場で製造している塩素酸カリウムの微粉末が飛散し風下の植物が塩素酸カリウムを浴びた場合です。塩素酸カリウムは除草剤として使われていた化合物で、現在、この化合物は植物の細胞膜の硝酸イオンのトランスポーターを阻害することが明らかになっています。すなわち塩素酸カリウムによって、植物の生育にとって必須の窒素の土からの吸収、根から葉への移動などが妨げられ、植物が窒素飢餓の状態となって生育が抑えられます。
 公害ガスによる被害は植物の種類によって大きく異なります。一般的に葉から公害ガスを吸収しやすい、気孔がよく開く植物が公害ガスに弱い傾向をもっています。そのため、枝を切ってしおれやすい(気孔が大きく、水を失いやすい)植物が弱く、しおれにくい植物(例えば、夾竹桃)が強いといえます。ご質問の竹が樹木より被害を受けやすい様に見えるとのことですが、これは上の3種の化合物のどれが主に作用しているかにも関係するので簡単にはお答えするのが難しい問題です。樹木の幹は被害を受けていないのに孟宗竹の幹は褐色に変化し、枯れたように見えたとのことですが、これについては次のことが大きな原因と思われます。一般に公害ガスによる被害は光合成をする葉緑体をもつ(緑色の)組織が大きい傾向があります。それは葉緑体に光が当ると活性酸素ができやすくこれと公害ガス(亜硫酸ガス、オゾン、恐らく塩素も)とが相互作用し、被害を大きくすることが多いからです。土に生えている(生きた)竹の幹は緑色で幹にも葉緑体がありこれが(葉緑体をもっていない)樹木の幹に比べ、竹の幹の被害が大きかった一つの原因と考えられます。
          
JSPP サイエンス・アドバイザー
浅田 浩二
回答日:2006-04-17