一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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針葉樹であるアカマツやクロマツが陽樹林を形成できる理由

質問者:   教員   とも
登録番号5815   登録日:2024-01-10
いつもお世話になっております。

先日、沖縄のやんばる地域をツアーで訪れた際、リュウキュウマツに出会いました。
亜熱帯である沖縄に針葉樹が存在していることに衝撃を受けました。
何万年も前、ユーラシア大陸と現在の沖縄が陸続きで繋がっていた頃に飛んできたリュウキュウマツの祖先が孤立して現在に至っているのだろうかと、しみじみ考えておりました。

調べると、日本本土におけるアカマツ、クロマツのニッチを沖縄で占めているのがリュウキュウマツとのこと。
アカマツ、クロマツは、高校生物基礎の「植生遷移」の単元において、陽樹林の優占種として頻出の針葉樹です。
今まで、針葉樹は広葉樹と比べて体積あたりの表面積が小さいため、光合成効率、成長効率が悪いと考えておりました。

そこで疑問が湧きました。
低木林から陽樹林に遷移する過程で、針葉樹であるアカマツ、クロマツが他の広葉樹を差し置いて素早く成長できる理由は何なのでしょうか。
環境からのストレスに耐性がある、など考えて調べてみましたが根拠が得られておりません。
ご教授いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
とも 様

植生遷移におけるアカマツやクロマツに関する質問、有り難うございます。

日本には活火山が多いので、火山灰・火山礫・溶岩などに覆われた「土壌」のない状態からの一次遷移がよく研究されています。桜島では、文明(1476年)、安永(1799年)、大正(1914年)、昭和(1946年)に溶岩が噴出しました。田川日出夫(鹿児島大)らの研究は、これらの溶岩の植物の分布を調べたもので、極相林を形成する常緑広葉樹のアラカシ、タブ、アラカシよりもクロマツが先に出てきます。伊豆諸島の火山についても、手塚泰彦(都立大)らが、特に「土壌形成」に注目した研究を展開しました。

このような一次遷移初期の環境には、光は十分だが、土壌が形成されていないために、地下部に窒素やリンなどの栄養塩が少ないという特徴があります。遷移の初期に出現する落葉広葉樹は、桜島ではヤシャブシ、伊豆大島ではオオバヤシャブシ、富士山などではミヤマハンノキです。いずれもカバノキ科ハンノキ属の植物で共生菌と根粒をつくり窒素固定をするという特徴があります(登録番号4851)。また、アカマツやクロマツは外生菌根を形成します。菌根はリンの吸収を助けるというのが教科書的な理解ですが、外生菌根は窒素吸収でも重要なはたらきをしています。これらの火山性の荒原に初期に繁茂する多年生草本は島状群落(パッチ)をつくるイタドリで、これは地上部に比較して広大な地下部をもち、雨水にふくまれる栄養塩を捕捉して蓄え、菌根はつけずに貧栄養条件をしのぎます(登録番号0600)。しかし、この後に出てくる木本植物では、根粒菌や菌根菌との共生が成長の鍵となっているようです。遷移における菌根の役割については最近10年で多くの知見が蓄積されつつあります(奈良一秀(東京大)など)。

耕作地を放棄した場合などに見られる「土壌」が存在する場合の遷移を二次遷移とよびます。一年生植物が繁茂の後、ススキ草原にいったん落ち着き、樹木が出現する際にはアカマツが主役となります(菅平の二次遷移を調べた林一六(筑波大)らの研究など)。これにも外生菌根の形成が鍵を握っているようです。

ご質問はアカマツ、クロマツ類の光合成に関するものです。なるほど、マツの葉に一方向から光を照射するとスカスカに思えます。しかし、マツなどの場合、枝レベルの光吸収を考えることも重要です。針葉樹の枝はどの方向からの光も吸収できます。枝が集積すると、針葉樹林はよく光を吸収します。針の束を尖った方から眺めると真っ黒に見えるのと同じで、光のほとんどが乱反射され結局は葉に吸収されます。ドイツのドイツトウヒの森が黒林(Schwarzbald)と呼ばれるのは、それをよく表しています。

光合成速度を記述する際、針葉樹の場合には、葉面積あたりではなく投影面積あたりの速度で表します。また、投資の回収の観点から単位乾燥重量あたりの速度も重要です。日本、韓国、中国で、アカマツの光合成速度を測定した研究があり、そのうち最近の10件ほどを見てみました。最大純光合成速度(光合成速度 ー 光存在下の呼吸速度)を比較すると、面積あたりでも乾燥重要あたりでも、アカマツは、落葉広葉樹の中で成長の早いパイオニアの光合成速度には劣るものの、遷移後期に出てくる落葉広葉樹や常緑広葉樹の芽生えとは互角、あるいは優れているようです。飽和光下、現在の大気CO2濃度(約400 ppm)で、投影面積あたり10 μmol CO2 m-2 s-1 程度の純光合成速度が報告されています。これは菌根が形成されている場合で、菌根が形成されないとこの5割程度となります。また、生育期間も重要で、常緑樹のアカマツやクロマツは、落葉樹が葉を落とした秋、冬、春にも光合成が可能です。葉は数年生きます。これらを勘案すると、菌根が形成された場合には、光合成生産は落葉樹より大きいでしょう。外生菌根が形成されると、水ストレスなどへの抵抗性が増しますので、遷移初期の明るい乾燥しがちな環境でも成長が可能です。遷移後期種の芽生えと乾燥耐性を比較した研究が気になるところです。

回答者の寺島は、富士山の宝永火口近くでイタドリの遷移における役割を研究していたことがあります。イタドリのパッチ周辺でミヤマヤナギが育つことは知っていましたが、そのためには菌根の形成が必須のようです。遷移初期については栄養塩獲得の問題が重要で、菌根の役割は本質的だと思います。最近の著しい勢いで進んでいる分野です。最先端については、たとえば、齋藤 雅典 編著「菌根の世界(2020)」、「もっと 菌根の世界(2023)」築地書館をお読みください(後者については日本植物学会の書評もご覧ください:https://bsj.or.jp/jpn/general/news/post-303.php)。

アカマツやクロマツが自然分布していない北海道ではどうでしょうか。頻繁に噴火する有珠山がよいフィールドを提供しています(露崎史朗(北大)https://hosho.ees.hokudai.ac.jp/tsuyu/)。ここではオオイタドリなどの多年生草本の後はマツ科ではなくシラカバなどの陽樹となるようです。

余談
なお、渡島半島にブナの北限として有名な「黒松内町」があります。しかし、クロマツは自然分布していません。疑問に思って町のHPを調べると、アイヌ語の「クル・マツ・ナイ」(和人の女のいる沢)から来ているそうです。黒松内にクロマツはない。樹種の分布については、森林総合研究所にサイトがあり大変役立ちます(http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/prdb/index.html)。
寺島 一郎(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-01-22
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