一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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フィトクロムの光可逆性

質問者:   教員   はっぱ
登録番号5823   登録日:2024-01-22
いつも楽しく拝見しております。
植物の持つ色素タンパク質であるフィトクロムについてですが、
当たる光の種類によって赤色光吸収型(PR型)と遠赤色光吸収型(PFR型)の間で光可逆性がありますが、その反応時間はどれくらいかかるのでしょうか?
はっぱ 様

 Q&Aコーナーにご質問いただきありがとうございました。回答が遅れてしまい申し訳ありませんでした。フィトクロム分子の研究の第一人者である大阪府立大名誉教授の徳富哲先生にお願いして回答文を作成していただきました。
 フィトクロム分子の性質や構造については多くの研究が行われています。興味をお持ちでしたら、色々と調べてみられると良いかと思います。

【徳富先生の回答】
 フィトクロムは様々な生き物に存在しますが、ご質問は種子植物のフィトクロムと考えて回答します。高等植物には五種類のフィトクロム(以下phyと略)phyA - phy Eが存在します。多くの種子植物はこの内phyA - phyCを所持していますが、主要な機能を果たしているのはphyAとphyBなのでこれについて見て行きます。

 まず、phy遺伝子を用いて大腸菌で作らせたphy分子に関する実験室での結果をご説明します。phy分子はタンパク質の一部にフィトクロモビリンと呼ばれる光を吸収する色素(発色団)を1分子結合しています。赤色光がPrに当たるとまずこの発色団が光反応を起こします。この反応はとても早くて数十ピコ秒(10-12秒)で起きます。これが引き金になって幾つかの反応がタンパク質部分に継起的に引き起こされ最終的に安定なタンパク質構造を持ったPfrが生成します。一分子で見るとPfr生成は秒のオーダーで進みますが、ある程度のまとまった量の分子が反応を完了させるにはphyAでは5分程度、phyBは20分程度の時間を要すると報告されています。逆の遠赤色光によるPfrからPrへの光反応はPrからPfrへの光反応とは異なった経路でほぼ100%がPrに戻ります。この反応は一分子ではやはり秒のオーダーですが、ある程度のまとまった量の分子が反応を完了させるには10分程度かかりphyBの方がphyAより若干早いと報告されています。これとは別にPfrは光に関係なく元のPfrに戻ります。これを熱緩和、thermal reversion(過去には暗回帰、dark reversionと呼ばれていました)と言いますが、これはphyAとphyBで異なっていてphyBが100分程度でほぼ100%Pfrに戻るのに対して、phyAはこれより遅く100分後でも1/4程度Pfrが残っていて全部の分子がPfrに戻るのには10時間程度かかると報告されています。この早い熱緩和はphyB特徴的で、熱緩和ですから温度依存性があり、phyBが温度センサーとして働くという報告もなされています。

 次に生体内での反応に関する推測を交えた説を述べます。phy分子が開花など様々な生理反応を制御するためには、phy分子から次の分子へシグナルを伝えなくてはなりません。現在複数のシグナル伝達分子が知られていてそれぞれ役割分担をしています。PrからPfrへの光反応の途中、マイクロ秒程度でタンパク質部分に大きな構造変化が起き、その結果シグナル伝達分子と相互作用(結合)出来るようになると考えられています。この結合はPfrがPrへの逆反応を起こさせれば阻害されると考えられます。現在シグナル伝達分子とphyとの相互作用を光で制御するとういう実験室でのデータが無いので詳細は不明ですが、植物個体に赤色光照射の後で遠赤色光照射を行って生理反応をストップさせるいわゆるエスケープ反応は、与える赤色光と遠赤色光の光量に依存して起こると考えられ、条件さえ合えば数分程度の遠赤色光照射でも可能だと思います。
徳富 哲(大阪府立大学名誉教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
長谷 あきら
回答日:2024-01-31