質問者:
一般
どらえもん
登録番号5843
登録日:2024-02-29
登録番号みんなのひろば
枯葉と落ち葉、それぞれのスイッチ
3159では気温が下がると葉の老化が始まり離層形成へと進むと解説されていますが、0326などでは、枯葉がすぐには落葉しないことがある(枯凋性)と解説されています。
枯葉即落葉ではない、ということは、葉を枯らす反応(栄養素の転流)と葉を枝から切り離す反応は独立なのではないでしょうか? また、もしそうだとしたら、それぞれの反応にスイッチが入るための刺激は何なのでしょうか?
枯葉即落葉ではない、ということは、葉を枯らす反応(栄養素の転流)と葉を枝から切り離す反応は独立なのではないでしょうか? また、もしそうだとしたら、それぞれの反応にスイッチが入るための刺激は何なのでしょうか?
どらえもん 様
ご質問有難うございます。
●離層について
お読みいただいた登録番号0326(登録番号0205も関連)の離層の解説はどちらも、その昔寺島が担当したものです。「離層のない植物」あるいは「はっきりとした離層をつくらない植物」が多数存在するように書いてしまったのは間違っていました。お詫びいたします。登録番号0326,0205には訂正文を出しました。
このような植物の代表であるカシワにも離層は形成され、最終的に落葉する際にはこの部分から脱離するようです。登録番号5438では、竹能がこの問題を解説していますのでご覧ください(ただし、離層をつくらない植物が数多く存在するように書いてあるのは、登録番号0326,0205が間違っていたためです)。
カシワの葉などが枯れていながら枝に着いたままになっている性質「marcescence、著葉性あるいは枯凋性」については、登録番号2622に解説がありますのでご覧ください。カシワの葉の着葉性・枯凋性の度合いは、樹齢が若いほど、一本の樹木では内側の葉ほど高いようです。落葉するかしないかは離層の発達具合によりますが、著葉性・枯凋性を示す時点で木部と篩部は機能していないと考えて良いと思います。「着葉性・枯凋性」の生態学的意義については登録番号4069をご覧ください。
さらに、以下の邦文論文には、カシワの離層の顕微鏡写真と、着葉性・枯凋性に関するわかりやすい解説があります。今後解かなければならない課題も整理されています。
永光輝義(2022)カシワの枯れ葉はどうして落ちないのか- marcescence(着葉性)の至近要因と究極要因-. 森林科学 11:187-191
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/fgtb/11/4/11_187/_pdf/-char/ja)
わたしたちが、植物器官に関する調べものをする際に、まず参考にする本は以下です。
熊沢正夫 植物器官学 裳華房 1983
離層に関しては、「種子植物・シダ植物あるいは落葉樹・常緑樹の別なく、離層により落葉するものは茎上に明白に葉痕を残す。離層を生じないシュロなどでは多年の間枯死した葉が残存する。クリやヤマコウバシでは秋に葉は枯死しても、冬中そのまま枝に着生していて、春になってから葉痕を残して落葉する。これは離層の完成が格別おそいことを示すと思われる。」と書かれています。一般的にはそのように考えていいかもしれません。器官脱離のAddicottの教科書を引用しつつ書かれている、(故)柴岡弘郎・サイエンスアドバイザーによる登録番号2603の回答もこのラインのものです。
Addicott, F.T. Abscission. University of California Press.(1982)
しかし、この問題に興味をもった竹能が、クヌギの枯凋性に関して観察したところ、離層の形成ははっきり認められるものの実際には離層の上部でちぎれることが多いことを見出しました。添付の写真をご覧ください。落葉する場合は離層で脱離するだけでなく、葉柄を残して千切れることもあります。離層で脱離しにくいのは離層の一部の細胞が生 きているためでした。千切れる場合は葉柄と葉身の間または中肋に切目が生じ、ここで千切れます。切れ目は風などの物理的な力で出来るものと思われます。切れ目での落葉では葉柄断片が枝に残りますが、葉柄断片はやがて離層から脱落します。Addicott(1982)や登録番号2352にも、ケヤキの枝の脱離は、離層によるものではないことが書かれています。これらは、ごくまれな反例なのか、もっと調べると次々とこのような例が出てくるのかはわかりませんが、「落葉や落枝がどこで(まず)おこるのか?」という問題については、熊沢器官学の記述や登録番号2603も留保付きで読まなければならないと思います。
●葉の老化について
葉を枯らす反応を「NやPなどの無機栄養の回収」と捉えることは生態学的に正しい考え方です。さらに言えば、「落葉あるいは葉のつけかえ条件」の生態学的な一般解は、「ある葉が落葉するのは、「植物個体」がその葉を維持するよりも新しい葉に付け替える方が得になる場合」です。一般解についての考え方については、登録番号3626や以下の「古典」をご参照ください。
菊沢喜八郎 葉の寿命の生態学ー個葉から生態系へ 共立出版(2005)
「機能維持のための呼吸コスト(メンテナンスのための呼吸コスト)」が「光合成による利潤」にくらべて大きくなると、新しい葉を作るという構成コストを支払ってでも新しい葉に付け替える方が得です。葉の細胞の老化は徐々に進行し、やがて葉を付け替えた方がよい状態になります。原因は細胞の老化だけではなく、枝先の若い葉の展開によってその葉が暗い環境におかれるという、光不足の場合もあります。夏緑樹(湿潤な地域で夏に葉をつける落葉樹)ならば冬の寒さが問題になります。光合成の活性の低温による低下や、土壌凍結により葉に水が供給されないという状況での乾燥が鍵を握ります。熱帯季節林の雨緑樹でも同様で、乾季の乾燥のために吸水できない時には落葉させるのが安全です。
落葉前の環境を整理すると、常緑樹では加齢など、夏緑樹については、低温、日長が短くなる(夜が長くなる)など、雨緑樹では水分欠乏などが考えられます。このような「ストレス条件」では光合成系は還元状態となり、活性酸素種の濃度が増えるはずです。夏緑樹の紅葉・黄葉に先立って、葉からの光合成産物の転流が阻害され、葉に糖が蓄積することも知られています。過酸化水素などの活性酸素種や糖はシグナル物質でもあり、植物ホルモン各種の調節に関わりますので、これが離層形成に関わっていると思われます。しかし、落葉の前後で、活性酸素/糖シグナルのレベルや植物ホルモンの役割をていねいにしかも総合的に調べた研究はまだないようです。
以上をまとめますと質問者のお考えについては、
1.葉を枯らす反応(栄養素の転流)と葉を枝から切り離す反応は独立なのではないでしょうか?
==> この問題自体に挑んだ研究はまだありませんが、以上の状況証拠からみて独立ではないでしょう。葉の老化や栄養物質の枝への転流にともない、葉の糖や活性酸素レベルが変動し、それがシグナルとなり各種の植物ホルモン濃度を調節し離層形成を促進すると思います。もう一度、以前に離層を形成しない種が沢山あるような回答していたことをお詫びします。
2.それぞれの反応にスイッチが入るための刺激は何なのでしょうか?
==> 植物の生育環境により、種々の要因が葉の老化のシグナルとなる。葉の老化にともない、植物ホルモンの生産が制御され離層が形成される。
同じ材料でこれらの事項を全てを調べるような研究が必要です。
***
質問者のどらえもん様が、引用番号の間違いを指摘してくださいましたので訂正しました。ご指摘ありがとうございます。
ご質問有難うございます。
●離層について
お読みいただいた登録番号0326(登録番号0205も関連)の離層の解説はどちらも、その昔寺島が担当したものです。「離層のない植物」あるいは「はっきりとした離層をつくらない植物」が多数存在するように書いてしまったのは間違っていました。お詫びいたします。登録番号0326,0205には訂正文を出しました。
このような植物の代表であるカシワにも離層は形成され、最終的に落葉する際にはこの部分から脱離するようです。登録番号5438では、竹能がこの問題を解説していますのでご覧ください(ただし、離層をつくらない植物が数多く存在するように書いてあるのは、登録番号0326,0205が間違っていたためです)。
カシワの葉などが枯れていながら枝に着いたままになっている性質「marcescence、著葉性あるいは枯凋性」については、登録番号2622に解説がありますのでご覧ください。カシワの葉の着葉性・枯凋性の度合いは、樹齢が若いほど、一本の樹木では内側の葉ほど高いようです。落葉するかしないかは離層の発達具合によりますが、著葉性・枯凋性を示す時点で木部と篩部は機能していないと考えて良いと思います。「着葉性・枯凋性」の生態学的意義については登録番号4069をご覧ください。
さらに、以下の邦文論文には、カシワの離層の顕微鏡写真と、着葉性・枯凋性に関するわかりやすい解説があります。今後解かなければならない課題も整理されています。
永光輝義(2022)カシワの枯れ葉はどうして落ちないのか- marcescence(着葉性)の至近要因と究極要因-. 森林科学 11:187-191
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/fgtb/11/4/11_187/_pdf/-char/ja)
わたしたちが、植物器官に関する調べものをする際に、まず参考にする本は以下です。
熊沢正夫 植物器官学 裳華房 1983
離層に関しては、「種子植物・シダ植物あるいは落葉樹・常緑樹の別なく、離層により落葉するものは茎上に明白に葉痕を残す。離層を生じないシュロなどでは多年の間枯死した葉が残存する。クリやヤマコウバシでは秋に葉は枯死しても、冬中そのまま枝に着生していて、春になってから葉痕を残して落葉する。これは離層の完成が格別おそいことを示すと思われる。」と書かれています。一般的にはそのように考えていいかもしれません。器官脱離のAddicottの教科書を引用しつつ書かれている、(故)柴岡弘郎・サイエンスアドバイザーによる登録番号2603の回答もこのラインのものです。
Addicott, F.T. Abscission. University of California Press.(1982)
しかし、この問題に興味をもった竹能が、クヌギの枯凋性に関して観察したところ、離層の形成ははっきり認められるものの実際には離層の上部でちぎれることが多いことを見出しました。添付の写真をご覧ください。落葉する場合は離層で脱離するだけでなく、葉柄を残して千切れることもあります。離層で脱離しにくいのは離層の一部の細胞が生 きているためでした。千切れる場合は葉柄と葉身の間または中肋に切目が生じ、ここで千切れます。切れ目は風などの物理的な力で出来るものと思われます。切れ目での落葉では葉柄断片が枝に残りますが、葉柄断片はやがて離層から脱落します。Addicott(1982)や登録番号2352にも、ケヤキの枝の脱離は、離層によるものではないことが書かれています。これらは、ごくまれな反例なのか、もっと調べると次々とこのような例が出てくるのかはわかりませんが、「落葉や落枝がどこで(まず)おこるのか?」という問題については、熊沢器官学の記述や登録番号2603も留保付きで読まなければならないと思います。
●葉の老化について
葉を枯らす反応を「NやPなどの無機栄養の回収」と捉えることは生態学的に正しい考え方です。さらに言えば、「落葉あるいは葉のつけかえ条件」の生態学的な一般解は、「ある葉が落葉するのは、「植物個体」がその葉を維持するよりも新しい葉に付け替える方が得になる場合」です。一般解についての考え方については、登録番号3626や以下の「古典」をご参照ください。
菊沢喜八郎 葉の寿命の生態学ー個葉から生態系へ 共立出版(2005)
「機能維持のための呼吸コスト(メンテナンスのための呼吸コスト)」が「光合成による利潤」にくらべて大きくなると、新しい葉を作るという構成コストを支払ってでも新しい葉に付け替える方が得です。葉の細胞の老化は徐々に進行し、やがて葉を付け替えた方がよい状態になります。原因は細胞の老化だけではなく、枝先の若い葉の展開によってその葉が暗い環境におかれるという、光不足の場合もあります。夏緑樹(湿潤な地域で夏に葉をつける落葉樹)ならば冬の寒さが問題になります。光合成の活性の低温による低下や、土壌凍結により葉に水が供給されないという状況での乾燥が鍵を握ります。熱帯季節林の雨緑樹でも同様で、乾季の乾燥のために吸水できない時には落葉させるのが安全です。
落葉前の環境を整理すると、常緑樹では加齢など、夏緑樹については、低温、日長が短くなる(夜が長くなる)など、雨緑樹では水分欠乏などが考えられます。このような「ストレス条件」では光合成系は還元状態となり、活性酸素種の濃度が増えるはずです。夏緑樹の紅葉・黄葉に先立って、葉からの光合成産物の転流が阻害され、葉に糖が蓄積することも知られています。過酸化水素などの活性酸素種や糖はシグナル物質でもあり、植物ホルモン各種の調節に関わりますので、これが離層形成に関わっていると思われます。しかし、落葉の前後で、活性酸素/糖シグナルのレベルや植物ホルモンの役割をていねいにしかも総合的に調べた研究はまだないようです。
以上をまとめますと質問者のお考えについては、
1.葉を枯らす反応(栄養素の転流)と葉を枝から切り離す反応は独立なのではないでしょうか?
==> この問題自体に挑んだ研究はまだありませんが、以上の状況証拠からみて独立ではないでしょう。葉の老化や栄養物質の枝への転流にともない、葉の糖や活性酸素レベルが変動し、それがシグナルとなり各種の植物ホルモン濃度を調節し離層形成を促進すると思います。もう一度、以前に離層を形成しない種が沢山あるような回答していたことをお詫びします。
2.それぞれの反応にスイッチが入るための刺激は何なのでしょうか?
==> 植物の生育環境により、種々の要因が葉の老化のシグナルとなる。葉の老化にともない、植物ホルモンの生産が制御され離層が形成される。
同じ材料でこれらの事項を全てを調べるような研究が必要です。
***
質問者のどらえもん様が、引用番号の間違いを指摘してくださいましたので訂正しました。ご指摘ありがとうございます。
追記:2024-05-24
寺島 一郎・竹能 清俊(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-03-10