一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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根で吸収した酸素の行方

質問者:   一般   ほしの王子
登録番号5925   登録日:2024-06-18
 貴学会のみんなの広場で、質問No1130を見ていましたら、樹木の根の呼吸のことが出ていました。呼吸に必要な酸素は雨水や流水に溶けた酸素であり、排出した二酸化炭素の拡散も同じく雨水や流水である・・・ということは知っていましたが、新たな疑問があります。
 それは、根で吸収した水分に溶けていた酸素が、導管や仮道管で高い位置(50m~100m)に運ばれたときに、気圧差によって酸素による気泡が大きくなり管内の水柱に影響を及ぼさないのか ということです。こんなことを考えること自体が馬鹿げているといわれるかもしれませんが、どう解釈したら良いのでしょうか?
 どうぞよろしくお願いします。
ほしの王子 様

 道管中の水の状態に関する興味深いご質問ありがとうございます。回答が遅れたことをおわびします。今回の質問にお答えするにあたり私なりに色々調べてみたのですが、明確な答えを得ることができませんでした。そこで、道管による水輸送を専門に研究されている東京大学の種子田晴彦先生に回答をお願いしました。

 道管の水に非常に大きな負の圧力がかかっていること、そこで水は「準定常状態」に置かれていると考えられているがその物理的実態は不明なこと、この特殊な状態の一端を説明する研究結果が最新の測定にもとづき報告されていること、など知らなかったことばかりで大変勉強になりました。樹木の枝先でこんなにも面白いことが起こっていると考えると感慨深いものがあります。

【種子田先生の回答】
木本植物は数十メートル、時には100 m以上の高さの葉にまで水を運びます。このとき、ご質問にありましたように高さの差から重力の影響により根より樹冠で圧力が低くなります。それ以外にも、蒸散により水を根から葉まで引き上げるために、植物体内の道管や仮道管を通る水には数気圧から場合によっては数十気圧という負の圧力がかかっていることが知られています。一方で、道管や仮道管を通る水には気体が溶けています。冬場に気温が氷点下まで下がって道管や仮道管内部の水が凍ると、その氷の中に気泡が出現し、氷が解けた後にそれが膨らんで道管や仮道管を塞いでしまう現象も確認されています。また、根や茎の呼吸で出たCO2が道管液に溶けて葉まで運ばれて光合成で固定されることも知られています。

この負の圧力がかかった水に気体が溶けている、という状況は、「正の分圧に比例して気体が水に溶ける」、という物理化学のヘンリーの法則に反することになります。こうした矛盾に対して、きちんとした物理学的な解釈をこれまでに読んだことはないのですが、植物の水分生理を研究する生物学者は「準定常状態」と呼んで理屈はとりあえず置いておいて、負圧のかかった道管液中でも気体が「溶けて存在」する事実を受け入れています。

この現象に対して、近年、ドイツのグループが新説を提唱しています。X線コンピュータートモグラフィー(X線CT)によって非破壊的に道管内の水や気体の分布を高い解像度で測定することができるようになりました。そして、道管の水の中にはナノスケールの気泡が多数存在していて、100 nmくらいの気泡もいつでも存在していることがわかってきました。こうした気泡には、半径に反比例した大きさで表面張力による周囲の水が気泡を押す方向の圧力(正の圧力)がかかります。100 nmくらいの小さな気泡の表面直力による正の圧力は、湿潤な環境に生えている植物の道管や仮道管内の水にかかっている負の圧力よりも大きく、周囲の水に溶け込んでしまうことが予想されます。これらの気泡が合わさってもっと大きな気泡が生じる可能性もあります。そうすると、表面張力による圧力が弱まるので、周囲の水にかかっている負の圧力で膨らんで道管や仮道管を塞いでしまう危険があります。これに対して、気泡を一重のリン脂質がミセルのようなかたちで囲み安定化させる(疎水性部位が内側になって気泡を囲む)モデルが提唱されています。

以上のことから、負の圧力下にある道管や仮道管の中の水では、ナノレベルの気泡が出現したり溶けて消えたりを繰り替えしており、さらに特別な仕組みにより気泡がさらに大きくなってしまうことを防ぎ、あたかも何事もなく水に気体が溶けて存在しているかの様にしている可能性が示唆されています。
種子田 晴彦(東京大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
長谷 あきら
回答日:2024-07-09
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