一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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C4植物の出現について

質問者:   教員   hammar
登録番号5930   登録日:2024-06-21
いつもお世話になっております。

C4植物について調べていると、wikipediaに次のような記述がありました。

『A:ところで、C4植物は多元的に進化していることが知られている。すなわち、進化の起源が複数ある。単子葉植物と双子葉植物の両方にC4植物が見られることから、両者が分かれる前に、被子植物にはC4植物に特異的な一連の遺伝子群が備わっていたと考えられる。つまり、C3植物ではその遺伝子群の発現のスイッチがオフになっており、C4植物ではオンになっていると考えることができる。実際にC3植物のイネなどでは、C4経路では働くがC3植物の光合成には関与しないPEPC、PPDKなどの遺伝子の存在が確認されている。 』

『B:C4植物は、白亜紀(およそ1億3500万年前から6500万年前)に初めて出現したといわれている。しばらくは細々と生育していたと見られるが、700万年前に著しく増加した。この時期は、大気中のCO2濃度が著しく減少した時期と重なる。』と記載がありました。
参考URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/C4%E5%9E%8B%E5%85%89%E5%90%88%E6%88%90

これを踏まえて、以下の2点についてお伺いしたいです。

①被子植物が出現したのが大まかにジュラ紀であるとして、当時から今に至るまでに大気中のCO2濃度は基本的に下がる方向に遷移してきたと考えられます。
参考URL:https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20201222/se1/00m/020/072000c

であるならば、C3植物に比べてC4植物の有利な点が低CO2濃度に対して適応していることだとすると、大気中のCO2濃度が低下し続ける環境下において、被子植物のうち現在のC3植物につながる系統のみがC4回路に関する遺伝子をオフにしたことに、果たしてどのような適応的な意味があったのか疑問に感じます。

可能性としては、「低CO2濃度への適応というメリットを超えるほどの低温・湿潤化が起こったことで、総合的に見ればC3植物が有利になったと」いうことが考えつきましたが、どうなのか分かりません。専門家の先生方の見解をお聞かせください。

②①とも関係しますが、Bの文章に『C4植物は白亜紀に出現した』と書かれていますが、一方でAの文章では『被子植物はC4回路をもっており、C3植物はその関連遺伝子をオフにしている』とも書かれています。であれば、むしろ被子植物は基本はC4植物であって、「出現した」と言えるのはC3植物の方ではなしでしょうか?現在の見解等あればお聞かせください。

よろしくお願いいたします。
hammarさん

hammarさんは、C4植物について、いろいろ勉強し、ご自身で様々に考えておられます。しかし、これらの文献は、全体的に言って、必ずしもすべての箇所が納得できるというものでもないし、またこの分野の情報について包括的に考察しているわけでもありません。そこで、私の方からC3光合成、C4光合成について整理して説明しますので、ご覧ください。

「説明」
酸素発生型光合成生物の起源は、シアノバクテリアだと考えられ、極めて大雑把に言って、今から25億年程度前のことだと推定されています。その証拠としては、この頃から一部の海域でFeの酸化物(Fe3+)とシアノバクテリアの遺骸が層をなしているストロマトライトという岩石の形成が始まっています。海水中で、Fe2+は溶解度が高いのですが、Fe3+の溶解度は低いので、ストロマトライトの形成は、ある微環境下で酸素発生型生物の活発な活動が始まったことを示しています。
なお、これ以降も、光合成生物の活動によって形成された有機物の遺骸が、化石燃料(石炭や石油など)の源になったといわれています。また、様々な原因によって、大気中のCO2濃度は次第に低下していったと考えられます。恐竜が栄えたジュラ紀の気候は温暖湿潤で、CO2濃度は大雑把に言って、現在の数倍の約2,000ppm程度あっただろうという推定もあります。

I.  酸素発生型光合成生物のCO2同化経路
酸素発生型光合成生物のCO2同化経路は、単細胞藻類セネデスムスを実験材料とし、放射性炭素同位体(C14)を利用したCalvinらの研究により、1950年に結果が報告されました。これによると、光合成炭素同化の最初の反応は次のようだと結論されました: [CO2+リブロース5リン酸 (C5) → 2 x 3-ホスホグリセリン酸 (2 x C3)]
すなわち、炭素5個の化合物(C5)とCO2(C1)が反応してC3が2分子生成します。この経路(カルビンサイクル、または、カルビンーベンソンサイクルなどとも呼ばれます)は、しばらくの間、すべての酸素発生型光合成生物に共通なCO2同化経路だと考えられていましたが、その後サトウキビではこれと違う経路でCO2固定が起こることが起こることが示され、これが手掛かりとなって、C4光合成の経路が明らかになりました。(なお、O2を発生しない緑色硫黄光合成細菌や紅色非硫黄光合成細菌などは、これとはまた別の経路で炭素同化をしていることが、間もなくして、明らかとなっています)。

さて、酸素発生型光合成生物がCO2を固定する酵素は、リブロースビスリン酸カルボキシラーゼ(Rubiscoと略記)で、下記の反応(カルボキシラーゼ反応という)を触媒します:
RuBP(リブロースビスリン酸、[ここではC5と略記])+ CO2 [C1] → 2 x PGA (3-ホスホグリセリン酸) {[2xC3]  (反応1) 
ところが、この酵素は副反応として下記の反応(オキシゲナーゼ反応:有機化合物中にO2を取り込む反応)を触媒する活性も持っています:
RuBP(リブロースビスリン酸)[C5]+ O2 → PGA [C3]+ ホスホグリコール酸[C2]  (反応2)
反応2は、RuBPカルボキシラーゼが、せっかく合成した有機物を酸化的に分解してしまう(光呼吸)、いわば欠陥を内在している酵素であることを示します。酸素発生型光合成生物が出現した当初は、この欠陥は目立つものではありませんでしたが、環境中にO2が蓄積するにつれて、欠陥が顕著になりました。そうこうしている内に、植物の中には、副反応で生じたホスホグリコール酸のエネルギーを多少なりとも回収するための代謝経路(ミトコンドリアやペルオキシゾームが関与する複雑な経路)を持つものも現れてきました。
さらに、CO2を最初に取り入れる酵素として、Rubiscoと共に、PEPカルボキシラーゼの反応(下記、(3)を利用するものの存在も明らかになってきました:
PEP + CO2 → オキサロ酢酸 + Pi (3)

PEPカルボキシラーゼの反応の役割:陸上植物は空気中のCO2を取り入れるために気孔を開く必要がありますが、このとき必然的に水が水蒸気となって大気中に失われ、乾燥した環境下の植物にとっては、大問題です。
PEP(ホスホエノールピルビン酸)は、解糖系によってATPを合成できるいわゆる高エネルギーリン酸化合物で、これを反応(3)で消費することはエネルギーの損失を意味します。他方、PEPカルボキシラーゼはCO2に対する親和性がRubiscoに比べて高いので、たとえPEPのエネルギー損失を甘受しても、気孔から蒸散によって失われる水の量を低く抑えることができるので、光が強くて、乾燥した環境では、全体として相対的に生存に有利に働く可能性があります。

II.  C4光合成植物の出現に関する集団遺伝学的要件
陸上光合成生物は、有性生殖によって繁殖します。C4植物の出現と進化には、ある地域の植物集団の中で、似たような性質を持った植物が複数存在することが必要で、日射が強く、乾燥した地域では、大気中のCO2濃度低下に伴ってC4光合成的活性をもつものの割合が次第に高くなり、ついにはC4光合成生物として進化してきたものが現れたと考えられます。進化の方向性があらかじめ定まっているわけではないので、環境条件と試行錯誤及び運/不運の結果、現在の植物小集団が形成されて、その中から有性生殖によって現在の生物相へと進化してきたと考えられます
現在も、様々な小集団で、遺伝子群の変異と蓄積が進行中である可能性があります。

(付記:興味がありましたら、本「植物Q&A」の登録番号1654, 4167, 2493などをご覧ください)

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[付記1]
なお、光合成事典(日本光合成学会がWebで公開中)によれば、C4光合成の生物界における出現に関して次のように記載されています。

C4植物概観
(「光合成事典」(日本光合成学会)(Web版、2015年刊行)より引用)
C4植物:https://photosyn.jp/pwiki/?C4%E6%A4%8D%E7%89%A9#q=C4%E6%A4%8D%E7%89%A9
*C4ジカルボン酸回路による大気CO2の初期固定に引き続き,還元的ペントースリン酸回路(C3回路)を働かせることにより炭素同化を完結する植物。最初の光合成固定産物がC4の初期固定に引き続き,還元的ペントースリン酸回路を働かせることにより炭素同化を完結する植物。最初の光合成固定産物がC4化合物 であることから,こう呼ばれる.サトウキビ,トウモロコシをはじめ熱帯・亜熱帯性のイネ科,カヤツリグサ科,ヒユ科,アカザ科植物など20科1,200種が報告されている.
C4植物の最大光合成速度はC3植物よりも高く,光合成速度の飽和にはより強い光が必要である.光合成適温もC3植物に比べ高い.C4植物の葉では,葉肉細胞と維管束鞘細胞という2種類の光合成細胞が機能分化しており,C4ジカルボン酸回路CO2濃縮機構の働きにより,光呼吸の抑制と高い光合成能を示す.そのほか,水利用効率や光合成窒素利用効率もC3植物に比べ高い.C4植物はC4ジカルボン酸の脱炭酸反応過程の違いにより3つのC4植物サブタイプに分けられる.C4植物はC3植物から多元的に生じたと考えられており,詳細な分子進化系統関係の解析から,60回以上も独立に進化した進化形質であると考えられている.進化途上と目される両者の中間的な特徴をもつC3-C4中間植物もみられる.また,生育環境の違いによりC4型とC3型との間で光合成型を切り替える植物も見いだされている.

[付記2]
III.  PEPカルボキシラーゼ遺伝子を持つ植物の存在は、その植物がC4植物であることの証拠とはならない
光合成の炭素同化経路だけに焦点を当てると、この酵素はC4経路で働いているが、C3経路には不要であるように思われるかもしれません。しかし、光合成生物の全ゲノム配列の研究から明らかなように、この見方は短絡的です。光合成真核生物では、2000年にシロイヌナズナで、また、2006年にイネで全ゲノム配列が明らかにされました。ゲノム情報は公開されており(例:KEGGのゲノム情報サイト)、現在では、生物界で2000種以上の真核生物のゲノム情報の解明が進行中とのことです。
さて、シロイヌナズナ、イネ(どちらもC3光合成植物)のゲノム情報を見ると、どちらも PEPカルボキシラーゼの遺伝子を持っています。
予想される代謝マップから見て、これは当然のことです。多くの生物(動物を含む)にとって、TCA回路の役割は、有機化合物を分解して呼吸鎖に電子を供給するばかりでなく、アミノ酸、脂肪酸、その他多くの合成系に素材となる低分子有機化合物を供給しており、これらの有機化合物は植物の成長にとって必須です。
多くの動物、微生物もPEPカルボキシラーゼの遺伝子を持っていますが、これはこの酵素がTCA回路につながる多くの合成的代謝経路のため役立っていることを示しています。
したがって、PEPカルボキシラーゼの遺伝子を持つ植物の出現がC4植物の出現につながるというのは、短絡的な見方です。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-07-15
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