質問者:
一般
マサカズ
登録番号5932
登録日:2024-06-23
高校生物教員をリタイヤした者です。質問番号3100(オシベ部分にメシベが出現)と同じことが私の畑でもおこりました。3100の回答には起こった仕組み、原因が記載されていないので教えていただけませんか。分化(遺伝子発現)のミス?、原因は?みんなのひろば
とうもろこしのおしべにめしべができる仕組み
マサカズ 様
日本植物生理学会、みんなのひろば、植物Q&Aのコーナーへご質問いただきありがとうございました。ご質問への回答は、イネなど穀類を用い植物の発生の仕組みをご専門に研究されている遺伝学研究所(植物遺伝研究室)の教授 佐藤豊先生にお願いいたしました。
【佐藤先生の回答】
ご質問、ありがとうございます。
ご自身でトウモロコシを栽培し観察していらっしゃるのですね。私も、ご質問いただいたことと同じ現象を目にしたことがあります。本来、雄花がつく穂の部分に実をつける雌花ができてしまう現象は、時々生じるようです(登録番号3100参照)。ご質問は、このような現象が生じる仕組みや原因を知りたいということですね。結論から申しますと、私には「これがその仕組みと原因です」と断言できる回答はできません。しかし、トウモロコシの雄花と雌花ができる仕組みについては、すでにいろいろなことが明らかにされており、そこからきっとこのようなことが起きたのだろうと想像することはできます。
まず、トウモロコシの雄花と雌花ができる仕組みを簡単に説明します。ご存知の通り、トウモロコシは雌雄異花といって、雌蕊のない雄花と雄蕊のない雌花を作ります。ここで注意していただきたいのは、花の発達過程で、雌蕊もしくは雄蕊の発達を途中で中止することで、それぞれ雄花と雌花がつくられるという点です。すなわち、雄花と雌花では、雄蕊と雌蕊を作り分けているのではなくて、花の発達当初は両性花(雄蕊と雌蕊が一つの花の中に形成される)であるにもかかわらず、途中で雌蕊もしくは雄蕊の発達を中止することで、それぞれ雄花と雌花が作られています。ご質問いただいた、穂に実がついてしまう現象ですが、おそらく雄花が形成される場所で、雌蕊の発達中止がうまくいかなかったのだろうと推測されます。
さて、次に雌蕊の発達中止がうまくできなくなる仕組みや原因についてです。雄花や雌花ができる仕組みは、穂に実がついてしまうトウモロコシの突然変異体(tassel seed突然変異)の解析から多くのことがわかっています。例えば、植物ホルモンや遺伝子発現を担う小さなRNA分子が雄花における雌蕊の発達中止を引き起こすことが知られています。植物ホルモンの中でもジャスモン酸と呼ばれるホルモンは、花の形成過程で作用すると雌蕊の発達を止める作用を持っており、その結果、雌蕊のない雄花を形成することが知られています。例えば、突然変異などでジャスモン酸が合成できなくなると、本来の雄花に雌蕊が発達し、その花が受粉して穂に実が着きます。ジャスモン酸を分解する酵素タンパク質をコードする遺伝子が過剰に働いても、同様に穂に実がつくことも報告されています。この場合は、せっかく合成したジャスモン酸が分解酵素の働きでどんどん分解されて、結果としてジャスモン酸が足りない状況になっているため、雌蕊の発達中止が生じず、穂に実がつくことになります。実は、このジャスモン酸を分解する酵素をコードする遺伝子の発現が、傷害などのストレスで誘導されることも同時に報告されています。すなわち、突然変異ではない通常のトウモロコシでも、傷害などのストレスを感じると、ジャスモン酸を分解する酵素遺伝子の発現が上昇してジャスモン酸が分解されて、雄花に雌蕊が残ってしまい、穂に実がつくことは、十分にあり得ることかと思われます。なお、ジャスモン酸そのものは、一般的には傷害でその生産が上昇することも知られています。おそらく、トウモロコシの場合は、ストレスによりジャスモン酸の合成と分解の両方が制御される、複雑なストレスに対する応答をしているのだろうと想像します。
私が、育てていた時に見つけた穂に実がついたトウモロコシですが、今から思えば、少し背が小さく、虫食いも多くて生育条件があまり良くないストレス環境下にあった気がします。虫食いや生育条件などのストレスがジャスモン酸分解酵素の発現を上昇させて、ジャスモン酸が少なくなって、雄花における雌蕊の発達中止が起こらなくなったと考えれば、穂に実がなっていたのも、もしかしたら説明可能かもしれません。質問者様のトウモロコシですが、似たような生育だったのかもしれません。
日本植物生理学会、みんなのひろば、植物Q&Aのコーナーへご質問いただきありがとうございました。ご質問への回答は、イネなど穀類を用い植物の発生の仕組みをご専門に研究されている遺伝学研究所(植物遺伝研究室)の教授 佐藤豊先生にお願いいたしました。
【佐藤先生の回答】
ご質問、ありがとうございます。
ご自身でトウモロコシを栽培し観察していらっしゃるのですね。私も、ご質問いただいたことと同じ現象を目にしたことがあります。本来、雄花がつく穂の部分に実をつける雌花ができてしまう現象は、時々生じるようです(登録番号3100参照)。ご質問は、このような現象が生じる仕組みや原因を知りたいということですね。結論から申しますと、私には「これがその仕組みと原因です」と断言できる回答はできません。しかし、トウモロコシの雄花と雌花ができる仕組みについては、すでにいろいろなことが明らかにされており、そこからきっとこのようなことが起きたのだろうと想像することはできます。
まず、トウモロコシの雄花と雌花ができる仕組みを簡単に説明します。ご存知の通り、トウモロコシは雌雄異花といって、雌蕊のない雄花と雄蕊のない雌花を作ります。ここで注意していただきたいのは、花の発達過程で、雌蕊もしくは雄蕊の発達を途中で中止することで、それぞれ雄花と雌花がつくられるという点です。すなわち、雄花と雌花では、雄蕊と雌蕊を作り分けているのではなくて、花の発達当初は両性花(雄蕊と雌蕊が一つの花の中に形成される)であるにもかかわらず、途中で雌蕊もしくは雄蕊の発達を中止することで、それぞれ雄花と雌花が作られています。ご質問いただいた、穂に実がついてしまう現象ですが、おそらく雄花が形成される場所で、雌蕊の発達中止がうまくいかなかったのだろうと推測されます。
さて、次に雌蕊の発達中止がうまくできなくなる仕組みや原因についてです。雄花や雌花ができる仕組みは、穂に実がついてしまうトウモロコシの突然変異体(tassel seed突然変異)の解析から多くのことがわかっています。例えば、植物ホルモンや遺伝子発現を担う小さなRNA分子が雄花における雌蕊の発達中止を引き起こすことが知られています。植物ホルモンの中でもジャスモン酸と呼ばれるホルモンは、花の形成過程で作用すると雌蕊の発達を止める作用を持っており、その結果、雌蕊のない雄花を形成することが知られています。例えば、突然変異などでジャスモン酸が合成できなくなると、本来の雄花に雌蕊が発達し、その花が受粉して穂に実が着きます。ジャスモン酸を分解する酵素タンパク質をコードする遺伝子が過剰に働いても、同様に穂に実がつくことも報告されています。この場合は、せっかく合成したジャスモン酸が分解酵素の働きでどんどん分解されて、結果としてジャスモン酸が足りない状況になっているため、雌蕊の発達中止が生じず、穂に実がつくことになります。実は、このジャスモン酸を分解する酵素をコードする遺伝子の発現が、傷害などのストレスで誘導されることも同時に報告されています。すなわち、突然変異ではない通常のトウモロコシでも、傷害などのストレスを感じると、ジャスモン酸を分解する酵素遺伝子の発現が上昇してジャスモン酸が分解されて、雄花に雌蕊が残ってしまい、穂に実がつくことは、十分にあり得ることかと思われます。なお、ジャスモン酸そのものは、一般的には傷害でその生産が上昇することも知られています。おそらく、トウモロコシの場合は、ストレスによりジャスモン酸の合成と分解の両方が制御される、複雑なストレスに対する応答をしているのだろうと想像します。
私が、育てていた時に見つけた穂に実がついたトウモロコシですが、今から思えば、少し背が小さく、虫食いも多くて生育条件があまり良くないストレス環境下にあった気がします。虫食いや生育条件などのストレスがジャスモン酸分解酵素の発現を上昇させて、ジャスモン酸が少なくなって、雄花における雌蕊の発達中止が起こらなくなったと考えれば、穂に実がなっていたのも、もしかしたら説明可能かもしれません。質問者様のトウモロコシですが、似たような生育だったのかもしれません。
佐藤 豊(遺伝学研究所植物遺伝研究室)
JSPP広報委員長
藤田 知道
回答日:2024-07-07
藤田 知道
回答日:2024-07-07