一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ナラ枯れにより水が上がらなくなる理由

質問者:   会社員   しろあり
登録番号5934   登録日:2024-06-26
ナラ枯れで木が枯死する理由について伺いたいのですが、以前カシノナガキクイムシによるナラ枯れが発生した際、木の中に侵入したナラ菌に対して分泌される抗菌性物質により細胞が死滅し根から水が上がらなくなり木が枯死すると本で読んだことがあります。しかし、木の中で根から水をあげる導管は元々死んでいる細胞で水は蒸散により上がるとされているため抗菌性物質で細胞が死滅しても関係ないのではないのでしょうか?ご教示の程よろしくお願いします。
しろあり 様

ナラ枯病に関するご質問ありがとうございます。「みんなのひろば・植物Q&A」には、これまでに、現在ミズナラやコナラの大木が枯れている「なら枯れ」の大問題が取り上げられていないようですので、まず、簡単に解説します。

ナラ枯病ににより、各地で落葉性のナラ類(Quercus属)であるミズナラ、コナラなどの大径木が狩れ、大問題となっています。常緑のスダジイ、マテバシイ、カシ類(Quercus属)も被害を受けますが、それほどの被害にはなっていません。

ご質問にもありますように、梅雨前などに、カシノナガキクイムシ(体長 5 mmたらず)の♂がこれらの樹木に孔道を掘り始めた後、♀が胸の部分にある菌嚢(マイカンギア、mycangium)に菌を蓄えて飛来し交尾します。♀は菌嚢で酵母を運びます。樹木の細胞などを栄養源として増えた酵母が幼虫の餌となるようです。この菌嚢のなかに子嚢菌類の糸状菌(Raffaelea quercivora)もいて、これが孔道や道管を通って体内に広がります。大木が枯れやすいのは、キクイムシが大木を好むからです。多数の孔道が集中して形成されるのは、キクイムシの集合フェロモンによって多数のペアが集合するからのようです。なお、糸状菌の種小名(quercivora)はナラを食うと読めます。

材の木部でも、柔組織である放射組織や道管の周りの柔細胞は生きています。これらの細胞に糸状菌が侵入します。細胞は防御のために二次代謝産物(抗菌性物質)のテルペンやフェノール類を出します。しかし、これはあまり効かず、菌は拡がってしまうようです。正常木の幹の断面を見ると、色の濃い死細胞ばかりからなり水の通導もない「心材」と、周りの通導部分「辺材」から成り立っています。被害木では、自身の生産する二次代謝産物の影響で辺材の細胞は壊死します。
二次代謝物質は周囲の道管などに漏れだします。これにより、道管内の水の流れは妨げられ、水の通導ができない「傷害心材」ができてしまいます。このように通導をうしなった傷害芯材が材のかなりの部分を占める状況で、梅雨明けをむかえ蒸散が増える環境になると、水の供給が追いつかず木が枯れるのです。

ご指摘のように道管は死んだ細胞ですが、その密閉度は高く、盛んに蒸散する樹木の道管内の水には強い張力(陰圧と言っても良い)がかかります。気圧の単位にすると真夏の大木だとー20気圧程度にはなります。道管に糸状菌の菌糸や油性の二次代謝産物などの異物が混入したり、空気泡ができたりすると、たちまち水の柱が切れて、木部閉塞(cavitation)が起こります。道管の周りに生きた細胞があると、張力のかからない夜間に、濃いショ糖液などを道管内部に溢泌し呼び水をすることによって、木部閉塞を修復することも可能です(植物ホルモンのオーキシンが関与するという説もあります 5344を参照してください)。また、木部全体が死んでいるわけではなく正常な材には生きた細胞も多数存在します。したがって、道管から必要な栄養塩などを汲み出す生きた細胞が必要です。修復の起こらない「傷害心材」ばかりとなってしまうと、枯死してしまいます。

したがってご質問に対する回答は以下となります。
「道管は死んだ細胞からなりますが、木部閉塞の修復や栄養塩の汲み出しなどに関与する生きた細胞が周辺に存在することが必須であり、それが死滅した「傷害心材」は、樹木全体の枯死の原因となります。」

木部閉塞とその修復については 登録番号1187, 1195, 3610, 4633, 5344などにも解説がありますのでご覧ください。

今回は、森林総合研究所関西支所が作った以下の冊子などを勉強して回答を作りました。この冊子は大変わかりやすく書かれています。最新の研究論文をいくつか見てみましたが、「ナラ枯れ」の機構の理解にはこの冊子で十分だと思います。

https://www.ffpri.affrc.go.jp/fsm/research/pubs/documents/nara-fsm_201202.pdf
寺島 一郎(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-07-14