質問者:
その他
おのせ
登録番号5947
登録日:2024-07-07
いつも楽しく質問コーナーを拝見させていただいております。みんなのひろば
パフィオペディルム・リーミアヌムの花弁について
今回は少し疑問に思ったことがありましたので質問しました。
本日、観葉植物専門店にてパフィオペディルム・リーミアヌムを見つけ、そのあまりにもエキゾチックで個性的な花弁に一目惚れして購入しました。
よく見てみると上下の花弁は大きくて丸みがあり、加えて下方は食虫植物のようにくるっとお椀のような形をしています。
対して左右に広がっている花弁は縁がふさふさしていて、水玉のような不思議な柄があります。言い方は悪いですがテキトーな端切れを上からボンドで引っ付けたように見えます。
見れば見るほど本当に不思議で珍妙な形の花でずっと見てしまいます。同時に進化の過程でどうしてこのようなデザインの花になったのか疑問が湧いてきました。
よければパフィオペディルム・リーミアヌムの花びらがどうしてこのような形になったのか教えて頂けないでしょうか?
よろしくお願いしますっ。
おのせ様
Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問にお答えする前に、まず、植物にとって「花」とはなんぞやということを植物学の観点から説明いたします。「花」は植物(種子植物)にとって次世代に繋ぐ最も大切な器官です。花は生殖成長が行われる場所です。ここで、受粉そして受精が行われて、子房の中に次世代を担う植物体の胚が種子の中につくられます。したがって、植物にとっては、まず受粉が滞りなく行われる必要があります。植物は長い進化の過程で、受粉がうまくいくように、それぞれ仕組みを作り上げてきました。受粉は様々な様式でおこなわれます。本コーナーで「受粉」で検索していただくと、沢山の関連質問がありますのでぜひ読んでください。その様式の一つに送粉者(pollinators)による方法があります。主として昆虫が送粉者になります。昆虫が送粉者となる花を虫媒花といいます。
そこで、ご質問に関係するのですが、パフィオペデラムも類縁のシペリペヂュウム(Cyperipedium)属のラン(アツモリソウやクマガイソウなど)も同じ様な花の形をしています。両者とも虫媒花です。正面のお椀の様な形をしている部分は唇弁(シンベン:Lip)で、両横(左右)のエプロンの様な部分は側花弁といい、この3つは内花被に相当します。内花被の後ろ側に、左右に垂れ下がっているのは側萼片、背側にあるのは背萼片でこの3つは外花被に相当します。また、唇弁の口部の奥の蓋の様な構造は仮雄蕊で、その裏側に花粉嚢(葯)が二つあります。そして中心に柱頭(雌蕊の先端)が短い蕊柱が繋がっています。
送粉者によって花粉を媒介してもらっている植物は、昆虫を惹きつけるために様々な工夫をしています。花の色、形、香り(匂い)、蜜などです。ランの花はどれも他の花に比べて変わった格好をしていますね。それも、送粉者を呼び寄せるのに役だっています。
オフリス(Ophrys)属のランの花は雌のハチ(bee)の格好をしていて、それに釣られて雄蜂が交尾をしようとやってくるが、うまくいかずあちこち動き回る間に花粉を体につけてしまい、今度は別の花にいって、受粉をすることになります。さらに、このランは雄蜂を誘引するフェロモン様物質まで分泌するのです。パフィオペデラムやシペリペヂュウムの花は蜜も特別の香りも出しませんが、その形状と模様あるいは色彩が送粉者を引き寄せると思われます。パフィオペデラムはハナアブ(hoverflies)が、シペリペヂュウムはハチ(bee)が主た送粉者のようです。
では唇弁はどの様に役立っているのか。花に誘われてやってきたハナブやハチは唇弁の縁に止まると、滑って袋の底に落ちます。ウツボカズラのような食虫植物では、袋の底に落ちた昆虫はそこで捕捉され、溶かされて栄養源にされますが、ランの唇弁ではそういうことは起こりません。昆虫は外に戻る時、花粉嚢を擦って花粉を体にまぶすことになります。そして、外に出てから他の花を訪れた時、その花に受粉させます。
つまり、進化の過程でパフィオペデラムやシペリペヂュウムの花は受粉のために、ポリネーターを誘い込む装置の一部として唇弁を持つようになったのでしょう。なぜ、そんな形状になったのかということは、他の生物のさまざまな形状がなぜそのように出来上がってきたのかという問いに答えるのと同じで、推理するにしても大変難しい問題です。植物の花だけでなく、生物は実に多様な形態がみられます。これらを1つ1つ、よくよく観察してみると、どれもなぜそうなっているのかという不思議さを感じますね。その形がその生物にとって、どんな役割を果たしているか(機能をもっている)ということは解明できるでしょうが、その役割のために、進化の過程でどうしてそんな形が作られなければならなかったかということは、解明には程遠い問題だと思います。
唇弁での昆虫の動きについては、シペリペヂュウムの花での記載がありますので(*)、以下に紹介しておきます。パフィオペデラムでも同じようだと思います。
唇弁と仮雄蕊の縁は滑りやすい斜面があり、花を訪れて唇弁の中に落ちたハチは、巻き込んだ唇弁の縁と巻き込んだ側萼片のために容易に唇弁の口唇部からは逃げ出せません。しかし、唇弁の内壁の表面は毛が生えており、それが唇弁内の蕊柱のそれぞれの側の基部にある小さな通気孔への梯子となっている。もし、ハチがこの逃亡経路をとる場合は、ハチは柱頭及び花粉嚢のどれか1つの下を通過しなければならない。この時、体についていた花粉(他の花から付いてきた)を柱頭に渡して受粉させることもできるし、新しくこの花からの花粉を纏って、他の花を訪れもします。
*Phillip Cribb The Genus Cypripedium , A Botanical Magazine Monograph. The Botanic Gardens, Kew, in association with Timber Press, 1997
Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問にお答えする前に、まず、植物にとって「花」とはなんぞやということを植物学の観点から説明いたします。「花」は植物(種子植物)にとって次世代に繋ぐ最も大切な器官です。花は生殖成長が行われる場所です。ここで、受粉そして受精が行われて、子房の中に次世代を担う植物体の胚が種子の中につくられます。したがって、植物にとっては、まず受粉が滞りなく行われる必要があります。植物は長い進化の過程で、受粉がうまくいくように、それぞれ仕組みを作り上げてきました。受粉は様々な様式でおこなわれます。本コーナーで「受粉」で検索していただくと、沢山の関連質問がありますのでぜひ読んでください。その様式の一つに送粉者(pollinators)による方法があります。主として昆虫が送粉者になります。昆虫が送粉者となる花を虫媒花といいます。
そこで、ご質問に関係するのですが、パフィオペデラムも類縁のシペリペヂュウム(Cyperipedium)属のラン(アツモリソウやクマガイソウなど)も同じ様な花の形をしています。両者とも虫媒花です。正面のお椀の様な形をしている部分は唇弁(シンベン:Lip)で、両横(左右)のエプロンの様な部分は側花弁といい、この3つは内花被に相当します。内花被の後ろ側に、左右に垂れ下がっているのは側萼片、背側にあるのは背萼片でこの3つは外花被に相当します。また、唇弁の口部の奥の蓋の様な構造は仮雄蕊で、その裏側に花粉嚢(葯)が二つあります。そして中心に柱頭(雌蕊の先端)が短い蕊柱が繋がっています。
送粉者によって花粉を媒介してもらっている植物は、昆虫を惹きつけるために様々な工夫をしています。花の色、形、香り(匂い)、蜜などです。ランの花はどれも他の花に比べて変わった格好をしていますね。それも、送粉者を呼び寄せるのに役だっています。
オフリス(Ophrys)属のランの花は雌のハチ(bee)の格好をしていて、それに釣られて雄蜂が交尾をしようとやってくるが、うまくいかずあちこち動き回る間に花粉を体につけてしまい、今度は別の花にいって、受粉をすることになります。さらに、このランは雄蜂を誘引するフェロモン様物質まで分泌するのです。パフィオペデラムやシペリペヂュウムの花は蜜も特別の香りも出しませんが、その形状と模様あるいは色彩が送粉者を引き寄せると思われます。パフィオペデラムはハナアブ(hoverflies)が、シペリペヂュウムはハチ(bee)が主た送粉者のようです。
では唇弁はどの様に役立っているのか。花に誘われてやってきたハナブやハチは唇弁の縁に止まると、滑って袋の底に落ちます。ウツボカズラのような食虫植物では、袋の底に落ちた昆虫はそこで捕捉され、溶かされて栄養源にされますが、ランの唇弁ではそういうことは起こりません。昆虫は外に戻る時、花粉嚢を擦って花粉を体にまぶすことになります。そして、外に出てから他の花を訪れた時、その花に受粉させます。
つまり、進化の過程でパフィオペデラムやシペリペヂュウムの花は受粉のために、ポリネーターを誘い込む装置の一部として唇弁を持つようになったのでしょう。なぜ、そんな形状になったのかということは、他の生物のさまざまな形状がなぜそのように出来上がってきたのかという問いに答えるのと同じで、推理するにしても大変難しい問題です。植物の花だけでなく、生物は実に多様な形態がみられます。これらを1つ1つ、よくよく観察してみると、どれもなぜそうなっているのかという不思議さを感じますね。その形がその生物にとって、どんな役割を果たしているか(機能をもっている)ということは解明できるでしょうが、その役割のために、進化の過程でどうしてそんな形が作られなければならなかったかということは、解明には程遠い問題だと思います。
唇弁での昆虫の動きについては、シペリペヂュウムの花での記載がありますので(*)、以下に紹介しておきます。パフィオペデラムでも同じようだと思います。
唇弁と仮雄蕊の縁は滑りやすい斜面があり、花を訪れて唇弁の中に落ちたハチは、巻き込んだ唇弁の縁と巻き込んだ側萼片のために容易に唇弁の口唇部からは逃げ出せません。しかし、唇弁の内壁の表面は毛が生えており、それが唇弁内の蕊柱のそれぞれの側の基部にある小さな通気孔への梯子となっている。もし、ハチがこの逃亡経路をとる場合は、ハチは柱頭及び花粉嚢のどれか1つの下を通過しなければならない。この時、体についていた花粉(他の花から付いてきた)を柱頭に渡して受粉させることもできるし、新しくこの花からの花粉を纏って、他の花を訪れもします。
*Phillip Cribb The Genus Cypripedium , A Botanical Magazine Monograph. The Botanic Gardens, Kew, in association with Timber Press, 1997
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-07-19