質問者:
会社員
プルプラ
登録番号5967
登録日:2024-07-24
植物のタネは、成熟すると休眠(一次休眠)状態になり、タネを採取してすぐに蒔いても2~3か月の間は、発芽しない。タネは後熟(成熟後の乾燥)することにより含水量が低下し、休眠が解除され、適した気温と水と酸素があると発芽する。タネの一次休眠
以上のように理解しているのですが、そもそもすべての植物が一次休眠をするものなのでしょうか。それとも、特定の植物は休眠をしないのでしょうか。もし、休眠をしない植物があるのであれば、その特徴は何かあるのでしょうか。
よろしくお願い致します。
プルプラ 様
日本植物生理学会、みんなのひろば、植物Q&Aのコーナーへご質問いただきありがとうございました。また回答をお待ちいただきありがとうございます。ご質問への回答は、種子の発芽制御の仕組みを詳細に研究されている明治大学農学部 教授 川上直人先生にお願いいたしました。
【川上先生からの回答】
ご質問、ありがとうございます。生物学用語としての種子は、胚珠が発達・成熟して種皮に囲まれたものを指します。一方、普段私達が「タネ」と呼んでいるものには、種子そのものではなく、果実(コムギのタネ(穎果)など)や、さらに他の付属物が付随する果実(籾殻に包まれたイネの穎果など)もあります。実際、植物自身がタネを母体から旅立たせる(散布する)ときは、種子であったり、果実であったり、さらに付属物を持っていたりします。公園でよく見かけるケヤキなどは、果実と枯れ葉を付けた小さな枝先をそのまま散布します。枯れ葉を翼のかわりにして、少しでも遠くに飛ばそうとしているのでしょうか。
さて、ちょっと脱線しましたが、種子の休眠は、このような「散布体」において観察される現象です。そこで、私からの回答ではプルプラさんに倣い、種子を含む散布体を「タネ」と表現します。植物種を意味する「種」と、「種子」と言う用語の混乱を避ける狙いもあります。ただし、生物学的な種子を特定する場合には、「種子」という用語を使わせてください。もう一つ、休眠を定義させてください。タネの休眠とは、発芽に適した条件が揃っていても発芽しない状態のことです。このため、たとえば光があれば発芽するけれど、暗闇では発芽しないタネは、休眠状態ではありません。あと、「後熟」は完熟したタネが休眠を低下させる過程を指します。散布後の完熟種子の水分がさらに低下することもありますが、種子の含水量の低下と後熟は切り離して考えられています。後熟は、一般に乾燥種子の状態で進行します。
前置きが長くなりました。まず一つ目のご質問に端的に答えると、全ての植物種のタネが一次休眠を持つわけではありません。たとえば、休眠の性質が調べられた熱帯雨林の植物のうち、ほぼ半数の種は休眠を持たないタネを付けます。年間を通して降水量が多く、気温も高くて変動の少ない地域では、タネは休眠しても良いけれど、必ずしも休眠する必要が無いのでしょう。熱帯雨林よりも年平均気温や降水量が低下し、一年の間に雨季と乾季、あるいは気温の変化がある地域では、休眠を持つタネを付ける種の割合が顕著に高くなります。たとえば、温帯性落葉樹林では、9割程度の種のタネが一次休眠を持ちます。一方、日本だと沖縄・奄美地方を中心に、汽水域に生育するマングローブのタネは一次休眠を持たず、母樹に付いたまま「胎生発芽」することが知られています。一次休眠を持たないタネを付ける植物は、一年中成長しやすい環境に生育する種に多い傾向があると言えるでしょう。
とは言え、タネの休眠を介した植物の生存戦略は種によって様々です。四季がはっきりしている地域にも、一次休眠を持たないタネを付ける種が、割合としては小さいながら生育しています。たとえば、河原に生育するカワラニガナのタネは、春から秋にかけて散布されたとき、一次休眠を持ちませんが、夏には発芽せず、秋に発芽することが知られています。これは、発芽の適温がちょうど秋の気温に一致しており、夏の高温が発芽を抑制するためと考えられています。一つの個体が、一次休眠を持つタネと持たないタネ、あるいは一次休眠の強さが異なるタネを付ける種があります。これを、異型性と言います。有名なのは、「ひっつきむし」のオナモミでしょうか。オナモミは、一つの果実の中に二つの種子を上下に付けますが、下位のやや大きい種子は休眠性が深く、上位の小さめの種子は休眠が浅いことが知られています。ニセアカシアでは、種皮が水を通しにくいために発芽しない休眠種子と、種皮の透水性が高い非休眠種子を、一つの個体が産生します。このような異型性は、発芽の時期を分散させる効果がありますので、環境変動(攪乱)が起こりやすい場所で生育する植物が一斉に発芽した後、洪水などによって絶滅してしまうことを防ぐ効果があると言われています。
一次休眠を持たないわけではありませんが、一般に作物のタネは、その祖先野生種のタネに比べ、休眠が浅いと言われています。これは、タネを播いたときに一斉に発芽してくれないと生育がばらつき、作物の生産効率に大きく影響するので、休眠の浅い系統が選抜されてきたのが要因と考えられています。育種選抜によって、いわばヒトと共進化した栽培種のタネは、休眠しなくても生き残れるのかもしれません。一方、一次休眠が弱いタネでは、雨が降ると母体上で発芽する「穂発芽」が誘導され、タネの品質が大きく劣化してしまいます。この穂発芽は、とくにタネをそのまま、あるいは加工して食品とする穀類で、時に深刻な被害をもたらします。
一つの種の中でも、一次休眠の深さには系統によって多様性があります。ご質問にある「休眠をしない植物の特徴」に上手く答えられませんが、系統間に見られる休眠の深さの違いを利用して、タネの休眠を遺伝的に制御する遺伝子が複数見出されています。コムギでは、穂発芽しにくい品種の育成に休眠遺伝子を分子マーカーとして利用するなど、様々な検討がなされています。休眠遺伝子の働きは、野生植物と栽培植物で類似している例が示され、共通性が高いと考えられますが、解析はまだ一部に留まっています。また、タネの休眠のしくみは、種によって実に多様です。ここで詳しく説明することは避けますが、胚が未熟あるいは未分化なために発芽しない「形態的休眠」、種皮が水を通さないために発芽しない「物理的休眠」、内外の環境要因に対する感受性などの生理的な要因で発芽しない「生理的休眠」、そして複数の要因を併せ持つタイプの休眠もあります(登録番号4385もご覧下さい)。今後も様々な遺伝子、そして休眠をコントロールする仕組みが明らかになると期待されます。穂発芽したタネや、雨が降らなくても胎生発芽するようなタネは、乾燥すると死んでしまいます。また多くの場合、タネは保存期間の長さに応じて休眠性を低下させますが、保存期間が長くなると、タネも老化して発芽しにくくなったり、芽生えに異常が出たりします。このため、一次休眠の深さは、穀類に限らず、野菜などの採種の現場でも大変重要です。収穫までは休眠していて、収穫したら速やかに休眠を失ってくれるようなタネが、人間にとって理想です。タネの休眠は、地球上の様々な環境で植物が生き残ることを可能とした植物の適応戦略の一つなのですが、いやはや、ヒトはわがままですね。
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以上、ご参考になりましたでしょうか。種子1つとってもさまざまな植物で多様な適応戦略が垣間見れてとても興味深いですね。また植物の不思議がありましたらこのコーナーをぜひご利用ください。
日本植物生理学会、みんなのひろば、植物Q&Aのコーナーへご質問いただきありがとうございました。また回答をお待ちいただきありがとうございます。ご質問への回答は、種子の発芽制御の仕組みを詳細に研究されている明治大学農学部 教授 川上直人先生にお願いいたしました。
【川上先生からの回答】
ご質問、ありがとうございます。生物学用語としての種子は、胚珠が発達・成熟して種皮に囲まれたものを指します。一方、普段私達が「タネ」と呼んでいるものには、種子そのものではなく、果実(コムギのタネ(穎果)など)や、さらに他の付属物が付随する果実(籾殻に包まれたイネの穎果など)もあります。実際、植物自身がタネを母体から旅立たせる(散布する)ときは、種子であったり、果実であったり、さらに付属物を持っていたりします。公園でよく見かけるケヤキなどは、果実と枯れ葉を付けた小さな枝先をそのまま散布します。枯れ葉を翼のかわりにして、少しでも遠くに飛ばそうとしているのでしょうか。
さて、ちょっと脱線しましたが、種子の休眠は、このような「散布体」において観察される現象です。そこで、私からの回答ではプルプラさんに倣い、種子を含む散布体を「タネ」と表現します。植物種を意味する「種」と、「種子」と言う用語の混乱を避ける狙いもあります。ただし、生物学的な種子を特定する場合には、「種子」という用語を使わせてください。もう一つ、休眠を定義させてください。タネの休眠とは、発芽に適した条件が揃っていても発芽しない状態のことです。このため、たとえば光があれば発芽するけれど、暗闇では発芽しないタネは、休眠状態ではありません。あと、「後熟」は完熟したタネが休眠を低下させる過程を指します。散布後の完熟種子の水分がさらに低下することもありますが、種子の含水量の低下と後熟は切り離して考えられています。後熟は、一般に乾燥種子の状態で進行します。
前置きが長くなりました。まず一つ目のご質問に端的に答えると、全ての植物種のタネが一次休眠を持つわけではありません。たとえば、休眠の性質が調べられた熱帯雨林の植物のうち、ほぼ半数の種は休眠を持たないタネを付けます。年間を通して降水量が多く、気温も高くて変動の少ない地域では、タネは休眠しても良いけれど、必ずしも休眠する必要が無いのでしょう。熱帯雨林よりも年平均気温や降水量が低下し、一年の間に雨季と乾季、あるいは気温の変化がある地域では、休眠を持つタネを付ける種の割合が顕著に高くなります。たとえば、温帯性落葉樹林では、9割程度の種のタネが一次休眠を持ちます。一方、日本だと沖縄・奄美地方を中心に、汽水域に生育するマングローブのタネは一次休眠を持たず、母樹に付いたまま「胎生発芽」することが知られています。一次休眠を持たないタネを付ける植物は、一年中成長しやすい環境に生育する種に多い傾向があると言えるでしょう。
とは言え、タネの休眠を介した植物の生存戦略は種によって様々です。四季がはっきりしている地域にも、一次休眠を持たないタネを付ける種が、割合としては小さいながら生育しています。たとえば、河原に生育するカワラニガナのタネは、春から秋にかけて散布されたとき、一次休眠を持ちませんが、夏には発芽せず、秋に発芽することが知られています。これは、発芽の適温がちょうど秋の気温に一致しており、夏の高温が発芽を抑制するためと考えられています。一つの個体が、一次休眠を持つタネと持たないタネ、あるいは一次休眠の強さが異なるタネを付ける種があります。これを、異型性と言います。有名なのは、「ひっつきむし」のオナモミでしょうか。オナモミは、一つの果実の中に二つの種子を上下に付けますが、下位のやや大きい種子は休眠性が深く、上位の小さめの種子は休眠が浅いことが知られています。ニセアカシアでは、種皮が水を通しにくいために発芽しない休眠種子と、種皮の透水性が高い非休眠種子を、一つの個体が産生します。このような異型性は、発芽の時期を分散させる効果がありますので、環境変動(攪乱)が起こりやすい場所で生育する植物が一斉に発芽した後、洪水などによって絶滅してしまうことを防ぐ効果があると言われています。
一次休眠を持たないわけではありませんが、一般に作物のタネは、その祖先野生種のタネに比べ、休眠が浅いと言われています。これは、タネを播いたときに一斉に発芽してくれないと生育がばらつき、作物の生産効率に大きく影響するので、休眠の浅い系統が選抜されてきたのが要因と考えられています。育種選抜によって、いわばヒトと共進化した栽培種のタネは、休眠しなくても生き残れるのかもしれません。一方、一次休眠が弱いタネでは、雨が降ると母体上で発芽する「穂発芽」が誘導され、タネの品質が大きく劣化してしまいます。この穂発芽は、とくにタネをそのまま、あるいは加工して食品とする穀類で、時に深刻な被害をもたらします。
一つの種の中でも、一次休眠の深さには系統によって多様性があります。ご質問にある「休眠をしない植物の特徴」に上手く答えられませんが、系統間に見られる休眠の深さの違いを利用して、タネの休眠を遺伝的に制御する遺伝子が複数見出されています。コムギでは、穂発芽しにくい品種の育成に休眠遺伝子を分子マーカーとして利用するなど、様々な検討がなされています。休眠遺伝子の働きは、野生植物と栽培植物で類似している例が示され、共通性が高いと考えられますが、解析はまだ一部に留まっています。また、タネの休眠のしくみは、種によって実に多様です。ここで詳しく説明することは避けますが、胚が未熟あるいは未分化なために発芽しない「形態的休眠」、種皮が水を通さないために発芽しない「物理的休眠」、内外の環境要因に対する感受性などの生理的な要因で発芽しない「生理的休眠」、そして複数の要因を併せ持つタイプの休眠もあります(登録番号4385もご覧下さい)。今後も様々な遺伝子、そして休眠をコントロールする仕組みが明らかになると期待されます。穂発芽したタネや、雨が降らなくても胎生発芽するようなタネは、乾燥すると死んでしまいます。また多くの場合、タネは保存期間の長さに応じて休眠性を低下させますが、保存期間が長くなると、タネも老化して発芽しにくくなったり、芽生えに異常が出たりします。このため、一次休眠の深さは、穀類に限らず、野菜などの採種の現場でも大変重要です。収穫までは休眠していて、収穫したら速やかに休眠を失ってくれるようなタネが、人間にとって理想です。タネの休眠は、地球上の様々な環境で植物が生き残ることを可能とした植物の適応戦略の一つなのですが、いやはや、ヒトはわがままですね。
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以上、ご参考になりましたでしょうか。種子1つとってもさまざまな植物で多様な適応戦略が垣間見れてとても興味深いですね。また植物の不思議がありましたらこのコーナーをぜひご利用ください。
川上 直人(明治大学農学部)
JSPP広報委員長
藤田 知道
回答日:2024-09-30
藤田 知道
回答日:2024-09-30