一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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アロステリック酵素について

質問者:   教員   hammar
登録番号5981   登録日:2024-08-02
いつもお世話になっております。

最近は生化学、特に植物の中ではたらく様々な酵素やその活性の制御に関心が湧いており、自分なりに調べていく中で、植物だけでなく動物や細菌にも存在している「アスパラギン酸カルバモイル転移酵素(ATCase)」にたどりつきました。

この酵素はアロステリック酵素で、CTPが制御鎖に結合することで不活性化されるとありました。

さて、ここでいう「不活性化」とは、基質との親和性を下げることを示しているのでしょうか?それとも基質との親和性に変化は無く、基質と結合後の酵素としての能力が下がることを言っているのでしょうか?

あまりしっくりくる説明に出会えませんでしたので、こちらで質問させていただきました。
よろしくお願いいたします。
hammar 様

みんなのひろば 植物Q&Aへようこそ、質問を歓迎します。
「不活性化」はいろいろな場面で使える便利な言葉ですが、反面、それが具体的に何を指すのかに関しては、その場その場で考える必要があります。
アロステリック効果とは、酵素の活性が酵素の直接の基質または産物ではない他の化合物によって影響を受けることを指します。酵素の活性に対する低分子化合物の作用としては、競争阻害と言って、コハク酸を酸化する酵素スクシネートデヒドロゲナーゼが基質類似化合物のマロン酸によって阻害されるという有名な例があります。これとは異なり、例えば、酵素アスパラギン酸カルバモイル転移酵素はアスパラギン酸をリン酸化してβ―アスパルチルリン酸を作りますが、この酵素活性はリシンによって阻害されます。リシンは、代謝系で、アスパラギン酸を出発物質とする最終産物ですが、この酵素の直接の産物ではなく、生合成系の最終産物です。この酵素が、酵素の直接的産物でなく、一連の代謝系の最終的産物であるリシンによって阻害されることは、生物個体にとって、リシンを必要量だけ合成すると同時に、その過剰生産(アスパラギン酸の消費に直結する)を抑えるのに有効です。
アロステリック効果は、酵素の直接的基質や産物(化学物質)のどちらでもないものが、酵素の活性中心以外の部位に結合し、活性に影響を与えることを指します。
この質問は答えるのに難しい質問で、なぜなら、質問者が科学情報にどの程度アクセスすることができるかによって回答が異なってくるからです。この回答は、質問者が生化学についての知識をある程度持っており、研究機関に属さない人が、大学卒業後の学問の進歩をどのように獲得していくかについて意識しながらまとめたものです。
Step 1.大学レベルの、生化学、植物生理学の教科書を読んで、学問の全体像を把握する。酵素の活性制御について、アロステリック効果、フィードバック調節について触れているレベルのものであることが必要。
Step 2.学会が出している専門家向けの和文雑誌、「生化学」(日本生化学会)、「科学と生物」(日本農芸化学会、)、「光合成研究」(日本光合成学会)、あるいは、一般誌「日経サイエンス」などで、全般的学問の動向に関する知識を深めることも有効。
大学や研究所では、欧文で書かれた雑誌や総説誌が読めるが、一般社会人には、こうした書籍へのアクセスは困難であろう。
また、世界の学術情報を過去の報告を含めて網羅的に集めた学術情報データベース(Web of Science, Science Directなど)が使えれば関連分野に関する情報を検索できるが、研究機関はこれらを閲覧するために巨額のライセンス料を支払っており、契約により、これを利用できる利用者の範囲はデータベース提供機関によって厳しく制限されているので、一般人の利用は、実質的に不可能であろう。

3A: そこで、インターネットを利用して「アスパラギン酸カルバモイル転移酵素(アスパラギン酸トランスカルバモイラーゼ)」で検索して、情報を集める。
多くの情報一覧画面が出てくるが、使用者の総合的能力を発揮してその中から、疑問に対する回答として適当だと思われるものを選ぶ。
運がいいことに、PDBj(日本タンパク質構造データバンク)のサイトが、酵素アスパラギン酸トランスカルバモイラーゼ取り上げている(下記参照):
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[PDBjについて]
タンパク質(protein)はいろんな生命現象に関わっている生体分子の一種で、かたちも機能もさまざまです。タンパク質の「かたち」はその機能と関連があり、かたちを詳しく知ることは生命のしくみをより良く理解することにつながります。現在、最先端の機器を用いてタンパク質の「かたち」を解明する研究が世界各地で行われています。得られた「かたち」のデータはPDB(タンパク質構造データバンク)に登録する決まりになっていて、チェックを受けて登録されたデータは誰でも無料で自由に利用できます。このPDBを運営しているグループがBiosynthesis(国際タンパク質構造データバンク)で、PDBj<https://pdbj.org/>(日本タンパク質構造データバンク)はそのグループの一員です。
運が良ければ、目的とするタンパク質に関する情報が収録されているので、それを利用する:
「使用例」PDBjのページに入る:PDBj (下記参照)
以下は、 Molecule of the Month | PDBj numon<https://numon.pdbj.org/mom/>の学習サイトである
*右上の「日本語」を選択
「研究者の方はコチラ」ボタン直下の検索窓に
アスパラギン酸 または Aspartate Transcarbamoylaseを入力して、拡大鏡アイコンをクリック
*すると、215番 アスパラギン酸トランスカルバモイル転移酵素の説明記事が出てくる。

このように、運が良ければ、このような情報が一括して得られる。
(利用するには慣れが必要だが、情報が得られた場合は、利用できるはずだという決意のもとに、ご自身で取り組んでください)

PDBj numon › mom
215. Aspartate Transcarbamoylase ... Key biosynthetic enzymes are regulated by their ultimate products through allosteric motions. For more details, please refer ...

一般向けコンテンツhttps://numon.pdbj.org/contents-reg/
こども向けコンテンツhttps://numon.pdbj.org/contents-chi/
今月の分子<https://numon.pdbj.org/mom/>
· PDBj 入門<https://numon.pdbj.org/>
· 今月の分子<https://numon.pdbj.org/mom/>
· 215<https://numon.pdbj.org/mom/215?l=ja>
 ここには、「情報番号215」として、酵素アスパラギン酸トランスカルバモイラーゼの活性について、日本語の解説が一括して出ている。
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これとは別に、運が良ければ、百科事典の引用サイトにたどり着ける
参考
アスパラギン酸カルバモイル転移酵素(読み)あすぱらぎんさんかるばもいるてんいこうそ
世界大百科事典(旧版)内のアスパラギン酸カルバモイル転移酵素に言及している部分
【酵素】より
…フィードバック阻害は,先に知られていた酵素合成の抑制,すなわちリプレッションとは本質的に異なり,特定の酵素分子と特定の最初生成物との特異的相互作用に由来している。パーディーらの研究の結果,たとえば図10,図11に示すアスパラギン酸カルバモイル転移酵素(ATCアーゼ)の場合には,最終産物であるCTP(シチジン三リン酸)が,初発段階の反応を触媒するATCアーゼの調節サブユニットに存在している制御中心に結合し,酵素タンパク質の高次構造変化を介して酵素の活性が調節されると、いうしくみが判明した。ちょうどオペロン説を発表したJ.モノーがこのような現象に興味を示し,基質とは構造が異なる物質による活性の調節という意味で,アロステリック効果allosteric effectsという名を与えた。…
 このようにとても優れているフィードバック制御ですが、残念ながら欠点もあります。
フィードバック制御は、その名の通り「与えた操作量の結果を見て(フィードバックして)から修正」するため、制御を乱す様々な外的要因が発生しても、その影響が現れてからでなければ修正を行えません。
”風が吹いてきた”または”制御対象の性質に変化が生じた”などの外的要因が生じても、それにより温度変化が生じなければ修正することができないということになります。
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分野は限定されるが、学術的データを一般人も利用できる形で、無料で公開しているデータベースもある:
全ゲノム情報が公表されている生物については、KEGG (Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes)を利用する。
[利用法]
3B:KEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes)
 既に解明された特定の生物のゲノム情報を編集して、公開している。
アクセス法:(取扱いに慣れるには、時間がかかるかもしれません)
1) インターネットでKEGGと入力すると、KEGGのサイトが出るので、
*ページの中段のKEGG 生物種の生物種コード(複数可) 欄に、例[ath]と入力しGOをクリック
2) すると、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana、(種子植物で最初に全ゲノム塩基配列が決定されたもの)の関連情報にアクセスできる。
英語版のページ(画面上部のEnglishのリンクで切り替え)では、ページ中段にKEGG Organisms と表示されているので、Enter organisms code(s))欄に、例[ath]と入力しGOをクリックする。
* Arabidopsis thaliana (thale cress)のページに入るので、Search genes(検索窓)に「aspartate」と入力して、GOをクリック。
3) すると、GenomeNetのページに入り、一覧表「Total 19 hits」 が出てくる:
*上から4行目の
(ATIG62800)をクリックすると、次のページに入る:
4) AT1G62800<https://www.genome.jp/entry/ath:AT1G62800> のページ;ASP4 | (RefSeq) aspartate aminotransferase 4 | K14454 aspartate aminotransferase, cytoplasmic [EC:2.6.1.1]に入る:
5)Pathway 4行目のath00330をクリックして、入る:
すると代謝マップArginine and proline metabolism が出てくるが、マップの左、上から1/3あたりにArginineがあり、右中段に赤字で2.6.1.1酵素aspartate aminotransferaseが示されている。
この代謝マップから以下のことが分かる:アスパラギン酸からアルギニンを合成する反応には多くの酵素、多くの基質が関係しており、また、代謝経路は網の目のように複雑に絡み合っており、したがって、これらを統合的に調節するにはアロステリック酵素をはじめ、多くの因子が関係していることが分かる。
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なお、イネのジャポニカ種(osa)についての情報は、上記「Enter organism」欄に、「osa」と入力して、同様に情報を得る。

以上です。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-09-11