質問者:
高校生
こーちゃん
登録番号6017
登録日:2024-09-16
僕はお茶やコーヒーが好きで、よく飲むのですが、お茶やコーヒーにはカフェインだけではなく、タンニンという物質も含まれているということを最近知りました。気になって、タンニンについて少し調べてみたのですが、唾液に含まれるアミラーゼの働きを弱めたり、植物界に普遍的に存在するということが分かりました。その際に、疑問に思ったことがあるので、質問させていただきました。みんなのひろば
タンニンは種子の発芽を抑制するのか。
生物の授業で、種子の休眠打破のプロセスの中で、アミラーゼが胚乳に含まれるデンプンを糖に分解するということを習いました。では、タンニンを含んだ水溶液中で種子を発芽させると、種子の発芽は抑制されるのでしょうか。
論文などを探してみたのですが、人の体に含まれる唾液アミラーゼにタンニンがどう働くかについての論文は見つかったものの、種子に含まれるアミラーゼにタンニンがどう影響するかについては見つけることが出来ませんでした。また、ヒトの体内で分泌されるアミラーゼと、植物で分泌されるアミラーゼでは、異なる働きを持つのではないかと思ったので質問させていただきました。
ご多忙の身とは思いますが、何卒よろしくお願いします。
こーちゃん 様
植物Q&Aへの質問ありがとうございます。回答が遅れたことをお詫びします。タンニン(カテキン)と発芽の関係について興味をもたれたとのこと、非常に面白い視点だと思いました。私自身はタンニンのことに詳しくないので、種子の発芽制御をご専門に研究され、実際にタンニンの発芽阻害についても調べられたことがある、明治大学農学部教授の川上直人先生に回答をお願いしたところ、詳細かつ丁寧な回答をいただきました。
【川上先生からの回答】
ご質問ありがとうございます。タンニンと種子発芽の関係、私も以前から興味を持っていましたので、うれしい質問です。タンニンは「皮を鞣す」性質を持つ植物由来の物質の総称で、実体はポリフェノール化合物です。お茶のタンニンについては、登録番号4237に記載がありますが、主成分はカテキンと言われています。このため、ここではカテキン類に関する話をします。ちなみに、カテキン類は花の色素成分として知られるアントシアニンと類縁のフラボノイド化合物で、合成経路は途中まで共通しています。お茶の葉や種子に含まれるタンニンは、実際にはカテキンとカテキンが複数分子重合したプロアントシアニジンとの混合物で、重合が進むほど水に溶けにくくなります。
まず一つ目のご質問への回答ですが、1950〜60年代に単子葉植物のコムギの種子胚を用い、お茶から抽出したカテキンが発芽を抑制することが報告され、他の植物の種子でも、カテキン類が発芽を抑制する効果を持つことが報告されています。一方で、発芽への影響が認められない種や系統、逆に特定の条件では発芽促進作用が認められる種があることも報告されています。これらの研究では、カテキン類を水溶液として、外部から種子に与えています。種子の胚や胚乳は種皮に覆われており、種皮は死んだ細胞からなる組織です。このため、外部から与えた化合物が胚や胚乳まで到達しないと、発芽への影響は認められないでしょう。カテキン類の効果が認められない種や系統では、胚や胚乳にカテキン類が届いていないのかもしれません。また、種子の生理状態がカテキン類に対する胚の感受性に影響するという報告もあります。まとめると、現時点ではどの植物種でも同じとは言えませんが、外部から種子に与えたカテキン類は、発芽に影響すると言えます。
ところで、種子の色は種や系統によって様々ですが、赤茶色や黒っぽい色をしたものが多いですよね。この色は、カテキン類が高度に酸化重合した不溶性の物質に由来しますが、カテキン類は種皮に蓄積する色素の前駆物質です。植物や系統によって割合は異なりますが、種皮には重合度の少ない、水溶性のカテキン類もかなり含まれています。コーヒー豆は、まさにコーヒーノキの種子です。では、種子自身が合成して、種皮に存在するカテキン類や色素は、種子の休眠や発芽に関わっているでしょうか?
面白いことに、多くの植物種で、種皮の色が濃いほど休眠性が強いことが知られています。コムギは中東の比較的乾燥した地域が起源地と言われ、多湿な気候を持つ日本で育てると、種子が収穫前に穂に付いたまま発芽してしまうことがあります。これを穂発芽と言いますが、発芽した種子ではα-アミラーゼが合成され、小麦粉の主成分であるデンプンを分解してしまいます。α-アミラーゼは活性が強く、小麦粉に曳いても活性を保つため、パンやうどんを作る最中にもデンプンを分解して、品質を大きく劣化させてしまうことが問題になっています。コムギは、種皮色が薄い「白粒」系統と、赤茶色が濃い「赤粒」系統がありますが、白粒系統は穂発芽しやすく、多湿な日本では赤粒系統しか育てていません。赤粒系統の種子にはカテキン類が含まれていますが、白粒系統の種子には含まれていません。これは、白粒系統のコムギでは、カテキン類を合成する酵素が働いていないためです。では、種子の休眠性は、種子自身が合成して種皮にためているカテキン類によって強化されているのでしょうか?この因果関係は、まだ明確になっていません。カテキン類が酸化重合した不溶性の色素は種皮を物理的にやや厚く、強くするといわれており、固い種皮は胚の成長、つまり発芽を抑制しますので、色素が休眠を高めている可能性もあります。まとめると、1)カテキン類は種子の発芽を抑制する効果を持つ、2)休眠性の強弱と種皮色、種皮におけるカテキン類の有無には関連がある、3)カテキン類そのものが休眠の強さをもたらしているかどうかは、未だ不明、となります。
さて、二つ目のご質問ですが、タンニンあるいはカテキン類が植物自身のアミラーゼ活性を阻害するかどうかについては、私も文献を見つけることが出来ませんでした。比較的簡便な実験で調べられそうですが、意外ですね。ただ、カテキン以外のα-アミラーゼ阻害剤では、種によって、あるいはα-アミラーゼの種類によって阻害効果が異なることが知られています。このため、カテキン類の効果も、きちんと調べてみないと分からない、というのが回答になります。でも、ここで終わるとちょっと寂しいので、種子の発芽とカテキン類、そしてアミラーゼ活性の関係を別の視点から考えてみましょう。植物のアミラーゼと発芽の実験には、オオムギやコムギなどの穀類種子がよく用いられます。発芽の過程では胚で合成された植物ホルモン、ジベレリンが胚乳の最外層を構成する糊粉層に運ばれて働き、α-アミラーゼ合成を誘導します。α-アミラーゼは胚乳に向けて分泌されてデンプンを分解し、分解産物の糖は芽生えの成長に利用されます。では、α-アミラーゼによるデンプンの分解は、種子の休眠打破や、発芽に必要なのでしょうか?
話を進める前に、「発芽」を定義させてください。厳密な意味での発芽のプロセスは、種子が水を吸収したときから始まり、根の先端が種皮を突き破って出てきた段階で完了します。この後は、芽生えの成長として区別します。ちなみに、カテキン類は芽生えの成長を阻害する効果を持ちます。さて、コムギの種子から胚乳を取り除き、胚だけを切り出して水を与えると、胚は根や葉を伸ばして成長します。このため、α-アミラーゼによる胚乳のデンプン分解、そして胚への糖の供給は、発芽に必要でないと言えます。ほとんどの種において、種子の胚にはショ糖が蓄積しており、多くの場合、ラフィノースなど別の糖も含んでいます。実際、発芽には胚乳のデンプン由来の糖ではなく、胚に蓄積した糖類が利用されます。α-アミラーゼによるデンプンの分解は発芽が完了した後に活発化し、胚乳からの供給された糖は、主に芽生えの初期成長に利用されます。このため、カテキン類が種子のα-アミラーゼを阻害したとしても、発芽には影響しないと考えられます。カテキン類はデンプン分解とは別の、何らかの反応に影響して、発芽を阻害すると考えられます。まだまだ、分からないことが沢山残っています。今後の研究の進展が楽しみです。
この後はおまけですが、最後に休眠と発芽の関係を整理させてください。発芽に必要な条件が全て整っていても発芽しない状態を「休眠」、温度や光などの環境条件が整っていないために発芽しない状態を「休止」として区別することが出来ます。ちなみに、樹木の冬芽(花芽と葉芽)でも、外的環境(主に温度)を整えても出芽しない「自発休眠」と、環境が整わないために出芽しない環境休眠(強制休眠とも言います)に区別されます(登録番号5304をご覧下さい)。種子の休眠には様々なタイプがあり、全てに共通した話はできないのですが、乾燥種子の状態でも、時間の経過と共に休眠が失われる植物種が沢山あります。この場合、種子の中ではジベレリンの合成も、α-アミラーゼの活性もありませんが、休眠性は低下します。つまり、多くの植物種では、種子の休眠打破にアミラーゼ活性は必要でないと言えます。
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参考にしていただければ幸いです。
植物Q&Aへの質問ありがとうございます。回答が遅れたことをお詫びします。タンニン(カテキン)と発芽の関係について興味をもたれたとのこと、非常に面白い視点だと思いました。私自身はタンニンのことに詳しくないので、種子の発芽制御をご専門に研究され、実際にタンニンの発芽阻害についても調べられたことがある、明治大学農学部教授の川上直人先生に回答をお願いしたところ、詳細かつ丁寧な回答をいただきました。
【川上先生からの回答】
ご質問ありがとうございます。タンニンと種子発芽の関係、私も以前から興味を持っていましたので、うれしい質問です。タンニンは「皮を鞣す」性質を持つ植物由来の物質の総称で、実体はポリフェノール化合物です。お茶のタンニンについては、登録番号4237に記載がありますが、主成分はカテキンと言われています。このため、ここではカテキン類に関する話をします。ちなみに、カテキン類は花の色素成分として知られるアントシアニンと類縁のフラボノイド化合物で、合成経路は途中まで共通しています。お茶の葉や種子に含まれるタンニンは、実際にはカテキンとカテキンが複数分子重合したプロアントシアニジンとの混合物で、重合が進むほど水に溶けにくくなります。
まず一つ目のご質問への回答ですが、1950〜60年代に単子葉植物のコムギの種子胚を用い、お茶から抽出したカテキンが発芽を抑制することが報告され、他の植物の種子でも、カテキン類が発芽を抑制する効果を持つことが報告されています。一方で、発芽への影響が認められない種や系統、逆に特定の条件では発芽促進作用が認められる種があることも報告されています。これらの研究では、カテキン類を水溶液として、外部から種子に与えています。種子の胚や胚乳は種皮に覆われており、種皮は死んだ細胞からなる組織です。このため、外部から与えた化合物が胚や胚乳まで到達しないと、発芽への影響は認められないでしょう。カテキン類の効果が認められない種や系統では、胚や胚乳にカテキン類が届いていないのかもしれません。また、種子の生理状態がカテキン類に対する胚の感受性に影響するという報告もあります。まとめると、現時点ではどの植物種でも同じとは言えませんが、外部から種子に与えたカテキン類は、発芽に影響すると言えます。
ところで、種子の色は種や系統によって様々ですが、赤茶色や黒っぽい色をしたものが多いですよね。この色は、カテキン類が高度に酸化重合した不溶性の物質に由来しますが、カテキン類は種皮に蓄積する色素の前駆物質です。植物や系統によって割合は異なりますが、種皮には重合度の少ない、水溶性のカテキン類もかなり含まれています。コーヒー豆は、まさにコーヒーノキの種子です。では、種子自身が合成して、種皮に存在するカテキン類や色素は、種子の休眠や発芽に関わっているでしょうか?
面白いことに、多くの植物種で、種皮の色が濃いほど休眠性が強いことが知られています。コムギは中東の比較的乾燥した地域が起源地と言われ、多湿な気候を持つ日本で育てると、種子が収穫前に穂に付いたまま発芽してしまうことがあります。これを穂発芽と言いますが、発芽した種子ではα-アミラーゼが合成され、小麦粉の主成分であるデンプンを分解してしまいます。α-アミラーゼは活性が強く、小麦粉に曳いても活性を保つため、パンやうどんを作る最中にもデンプンを分解して、品質を大きく劣化させてしまうことが問題になっています。コムギは、種皮色が薄い「白粒」系統と、赤茶色が濃い「赤粒」系統がありますが、白粒系統は穂発芽しやすく、多湿な日本では赤粒系統しか育てていません。赤粒系統の種子にはカテキン類が含まれていますが、白粒系統の種子には含まれていません。これは、白粒系統のコムギでは、カテキン類を合成する酵素が働いていないためです。では、種子の休眠性は、種子自身が合成して種皮にためているカテキン類によって強化されているのでしょうか?この因果関係は、まだ明確になっていません。カテキン類が酸化重合した不溶性の色素は種皮を物理的にやや厚く、強くするといわれており、固い種皮は胚の成長、つまり発芽を抑制しますので、色素が休眠を高めている可能性もあります。まとめると、1)カテキン類は種子の発芽を抑制する効果を持つ、2)休眠性の強弱と種皮色、種皮におけるカテキン類の有無には関連がある、3)カテキン類そのものが休眠の強さをもたらしているかどうかは、未だ不明、となります。
さて、二つ目のご質問ですが、タンニンあるいはカテキン類が植物自身のアミラーゼ活性を阻害するかどうかについては、私も文献を見つけることが出来ませんでした。比較的簡便な実験で調べられそうですが、意外ですね。ただ、カテキン以外のα-アミラーゼ阻害剤では、種によって、あるいはα-アミラーゼの種類によって阻害効果が異なることが知られています。このため、カテキン類の効果も、きちんと調べてみないと分からない、というのが回答になります。でも、ここで終わるとちょっと寂しいので、種子の発芽とカテキン類、そしてアミラーゼ活性の関係を別の視点から考えてみましょう。植物のアミラーゼと発芽の実験には、オオムギやコムギなどの穀類種子がよく用いられます。発芽の過程では胚で合成された植物ホルモン、ジベレリンが胚乳の最外層を構成する糊粉層に運ばれて働き、α-アミラーゼ合成を誘導します。α-アミラーゼは胚乳に向けて分泌されてデンプンを分解し、分解産物の糖は芽生えの成長に利用されます。では、α-アミラーゼによるデンプンの分解は、種子の休眠打破や、発芽に必要なのでしょうか?
話を進める前に、「発芽」を定義させてください。厳密な意味での発芽のプロセスは、種子が水を吸収したときから始まり、根の先端が種皮を突き破って出てきた段階で完了します。この後は、芽生えの成長として区別します。ちなみに、カテキン類は芽生えの成長を阻害する効果を持ちます。さて、コムギの種子から胚乳を取り除き、胚だけを切り出して水を与えると、胚は根や葉を伸ばして成長します。このため、α-アミラーゼによる胚乳のデンプン分解、そして胚への糖の供給は、発芽に必要でないと言えます。ほとんどの種において、種子の胚にはショ糖が蓄積しており、多くの場合、ラフィノースなど別の糖も含んでいます。実際、発芽には胚乳のデンプン由来の糖ではなく、胚に蓄積した糖類が利用されます。α-アミラーゼによるデンプンの分解は発芽が完了した後に活発化し、胚乳からの供給された糖は、主に芽生えの初期成長に利用されます。このため、カテキン類が種子のα-アミラーゼを阻害したとしても、発芽には影響しないと考えられます。カテキン類はデンプン分解とは別の、何らかの反応に影響して、発芽を阻害すると考えられます。まだまだ、分からないことが沢山残っています。今後の研究の進展が楽しみです。
この後はおまけですが、最後に休眠と発芽の関係を整理させてください。発芽に必要な条件が全て整っていても発芽しない状態を「休眠」、温度や光などの環境条件が整っていないために発芽しない状態を「休止」として区別することが出来ます。ちなみに、樹木の冬芽(花芽と葉芽)でも、外的環境(主に温度)を整えても出芽しない「自発休眠」と、環境が整わないために出芽しない環境休眠(強制休眠とも言います)に区別されます(登録番号5304をご覧下さい)。種子の休眠には様々なタイプがあり、全てに共通した話はできないのですが、乾燥種子の状態でも、時間の経過と共に休眠が失われる植物種が沢山あります。この場合、種子の中ではジベレリンの合成も、α-アミラーゼの活性もありませんが、休眠性は低下します。つまり、多くの植物種では、種子の休眠打破にアミラーゼ活性は必要でないと言えます。
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参考にしていただければ幸いです。
川上 直人(明治大学農学部)
JSPPサイエンスアドバイザー
長谷 あきら
回答日:2024-10-01
長谷 あきら
回答日:2024-10-01