質問者:
高校生
お魎
登録番号6021
登録日:2024-09-19
電子を移動させる箱として,呼吸ではNAD+とFADが使われ,光合成ではNADP+が使われると習いました.みんなのひろば
呼吸と光合成ではたらく電子伝達体について
そこで疑問に思ったのですが,なぜ3種類もあるのでしょうか.
NAD+とNADP+は1分子あたり1個のプロトンと2個の電子を持てるのに対して,FADは1分子あたりそれぞれ2個のプロトンと電子を持てるので,全てFADで完結できれば更に反応効率が上がると考えました.
よって,電子受容体はFADのみの1種類で良いと考えたのですが,これでは何か不都合が生じるのでしょうか.
お魎さん
みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。
質問を歓迎します。
「前書き」
生物のことを多面的に考えようとしている、なかなか鋭い質問ですね。これらの問題を深く理解するには、熱力学(ねつりきがく)の基礎知識が不可欠です。これらの問題について大学で学ぶ機会がありましたら、全体像を捉えることを念頭に、学んでください。
「回答」
生物は、与えられた環境の中で生存し、命の糸を次世代に引き継ぐことが必要です。そのためには、親から引き継いだ遺伝子産物を用いて、環境中のエネルギーを利用して、生存のための様々な反応を行っています。
環境中のエネルギー源としては、化学エネルギーが主要なものですが、有機化合物をその目的で利用するに当たっては、原料と最終産物の間のエネルギーの落差を利用するもの(例:乳酸発酵やアルコール発酵における糖類の嫌気的分解)、有機化合物を分解したのち、電子伝達系(呼吸鎖)を通して酸化的に分解することによりATPを合成するもの(酸化的リン酸化といって多くの動物や植物のミトコンドリアが行い、また、好気的微生物などが行っている)が目につきます。このほかに、光エネルギーを酸化還元エネルギーに変換して利用する光合成生物や、無機化合物の酸化によるエネルギー落差を利用する化学独立栄養生物もあります。
(この質問は、植物生理化学の基本に係るもので、関連した質問に対する過去の回答が参考になるので、深く知るには、「みんなのひろば”植物Q&A”」下記登録番号をご覧ください:登録番号5641 電子伝達系、登録番号5644 光リン酸化で作られたATPの行方、登録番号5392 光合成細菌の電子伝達体その後、登録番号4372 植物の生育と夜温の関係)
生物界で用いられている電子伝達体には多種類があり、それらをどのように選んで使うかに関しては、進化の過程で生物ごとに任意に選ばれた組み合わせが使われ、うまい組合せを選んだものが生存競争に勝って、生存しているように思われます。生物界には電子伝達系に酸化還元電位の近いFAD、FMN、ユビキノン、鉄-硫黄クラスターなどを複合体の形で結合していますが、進化の過程の方向性は必然的ではありませんし、またこれらの電子伝達体を結合しているタンパク質にはアミノ酸配列に、多少の差があるので、当然のことながら同じFADを持つ複合体であっていても、生物種間で酸化還元電位に多少の差があることでしょう。また、ユビキノンの一部は生体膜中の脂質に溶けた状態にあり、複合体間の電子の伝達に役立っています。
さらに、ある1対の電子伝達体間の酸化還元の実際の方向は、標準的酸化還元電位(教科書に示されているのは酸化体と還元体の比が1であるときのもの)だけではなく、環境中の実際の濃度比によっても影響を受けます。例えば、シトクロムcでは、還元型対酸化型のモル比が1の時は、pH7における酸化還元電位が約+0.25V ですが、モル比が還元型側に偏って、10、100となると、酸化還元電位が約+0.19v、+0.13Vになり、細胞中の酸化還元電位も次第に低くなって行き、このように還元側の方向の反応が何段階か積み重なると、一部の生物はCO2を同化できるレベルの還元力を生み出すことができます。これが、化学合成細菌の反応(無機化合物中の酸化還元電位の差を利用してCO2を同化する反応)の大要です。
この質問の非光合成生物に関する部分は、糖類などの有機化合物を酸化的に分解して得られるエネルギーをどのように生存のためのエネルギー(この場合は、ATP)に変換しているかに関連しており、この一連の反応を酸化的リン酸化反応(光合成生物の場合は光リン酸化反応)と言います。(回答が高度になりますが、一応説明します:この反応は、酸素呼吸ができる真核生物のミトコンドリアや、好気的呼吸を行う一部の微生物などで行われています。(注:ATP合成の仕組みは、P. Mitchelが提唱した化学浸透説によって説明され、ミトコンドリア内膜や葉緑体チラコイド膜、好気的呼吸を行う微生物内膜では、酸化還元のエネルギーは、呼吸鎖を通した酸化還元反応によって生体膜内外のH+イオンの電気化学的エネルギー(H+駆動力とも呼ばれる)に変換され、そのエネルギーを使って、ATP合成酵素が下記の反応を触媒するというものです:ADP+Pi(無機リン酸)―>ATP+H2O)
(注:反応の推進力はH+イオンの電気化学的エネルギーによる)。(なお、光合成生物は、光化学反応系によって、光エネルギーを酸化還元エネルギーに変換し、その一部を、類似の電子伝達系を含む反応機構によってATP合成に利用しており、この反応を光リン酸化と言いますが、ここでは説明は省略)
さて、質問に戻り、この問題を理解するには酸化還元電位と生体エネルギー変換についての基礎知識が欠かせません。水力発電では、ダムに貯めた水を導水管を通して下流の水力発電所に落下させることによって、水の位置エネルギーを電気エネルギーに変換しています。
酸化的リン酸化では、電子は酸化還元電位の差によるエネルギーを持ち、このエネルギーを利用してATP合成酵素が下記の反応を触媒します:
酸化還元反応のエネルギー ―> H+イオンの電気化学的エネルギー ―> ATP
酸化還元のエネルギーの利用をして生活している生物には様々なものがありますが、細かく見ると、生物界には似たような構造と機能を持った低分子が複数種類あり、それを生物種ごとに、種々の反応に使い分けている例は数多くあります。
まず、(生化学的)標準酸化還元電位(pH 7.0が標準状態)は、遊離のFAD(酸化型)/FADH2(還元型)では約-0.22Vだが、これらがタンパク質に結合したものは約-0.1V 程度のものが多く、また、NAD+/NADHならびにNADP+/NADPHは約-0.32Vです。どちらも酸化還元反応に使われる補酵素ですが、遊離の状態では、前者の方が酸化還元電位が高く、後者の方が低いという差があり、酸化還元反応に伴う電子の移動は、後者(電位の低い方)から前者(高い方)の側に進みやすくなっています(注:電子は負の電荷を持つので、電位の低い側から高い側に移動するのが、エネルギー論的に言ってエネルギー低下の方向であり、自発的に起こりやすい反応です)。
酸化側に進むかそれとも還元側に進むかは、例えば、ミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)で、複合体IはNAD+/NADH(生化学的標準酸化還元電位は約-0.32V)を介してピルビン酸やリンゴ酸などを酸化して、ユビキノンを還元します。複合体Iは補酵素FMN(フラビンモノヌクレオチド)やFe-S(クラスター)を結合しているタンパク質複合体です。また、ミトコンドリアは、複合体IIを持ち、これはコハク酸を酸化してユビキノン(酸化還元電位は約+0.1V)を還元します。複合体IIはFMNとFAD(フラビンアデニンヌクレオチド)を結合しており、酸化還元に係る部分はリボフラビンであり、化学構造的に共通な部分があります。(生化学的酸化還元電位は、生物種および酵素によって幅があります。複合体IとIIの間には酸化還元電位にして0.32ないし0.42V程度の差がありますから、エネルギー的にNAD+/NADHの方がFMN/ FMNH2(またはFAD/ FADH2 FADH2)よりも電子を失いやすい(酸化されやすい:電子を他の電子伝達体に与えやすい)傾向があります。生物はこの電位の落差を利用して、H+のエネルギー的落差(H+駆動力とも呼ばれ、Δμ- H+と略記される)に変換し、これを利用して生体膜にあるATP合成酵素(H+-ATPアーゼとも呼ばれる)が次の反応を触媒します:ADP+Pi+(H+駆動力の投入)=ATP+H2O。
(要約:FMN,FADのように似たような補酵素が出てきますが、これらは、多くの場合、遊離状態ではなく、タンパク質に結合しており、進化の過程で、どちらかが選ばれた結果だということになります)
酸化還元のエネルギーは、電気工学的にも、化学的酸化還元反応でも、「電気量」x「電位差」であらわされます。
電気工学を例にとると、1クーロンの電気量が、1ボルトの電位差を移動するときに失う電気エネルギーは、1ジュール(1J)と定義されています。同じ電気量が電位差100ボルトの電位差を移動するときは、100Jの仕事をすることができます。
生化学でも、酸化還元のエネルギーは同様で、NADHが電子伝達系(複合体Iと呼ばれる)を通って酸化されることにより、FADH2(更には還元型ユビキノン:UQH2)を生じるときは(複合体IIの反応)、2価の酸化還元反応なので、標準的には1モル当たり約2X0.32~0.42J=0.64~0.84Jのエネルギーを失うことになり、このエネルギーをうまく使えば、ATP合成をはじめとする多様な反応に利用することができます。現実的には、FADやUQの量は限られているので、電子は、更にシトクロムb/c1複合体(複合体III)を経てシトクロムcに渡され、これがシトクロムc酸化酵素(複合体IV)を経て、O2(+0.82V)に渡されH2Oとなります。NADHの電子がこのようにしてすべてO2に渡されたとき、グルコース1モル当たり何モルのATPができるか(酸化的リン酸化と呼ばれる)に関しては、未だ生化学の分野でも確定していませんが、合計して約30-40モル程度だと推定されています。
[要約]:酸化還元電位差に基づくエネルギーは、呼吸鎖を通って、最終的にはO2に渡されてH2Oとなるが、この時、[NADH+ H+]1モル当たり何モルのATPが合成されるかは、未だ確定していない。その理由は、最後の反応であるATP合成酵素(H+ATPaseともよばれる)が1モルのATP合成に何モルのH+を必要とするかが、確定していないためです(3H+が必要だ、4H+が必要だ、いや、その中間だという諸説があります)。総括としてグルコース1モルが解糖系により嫌気的発酵によって分解されて乳酸やエタノールとなるとき合成されるATPは正味2モルだが、呼吸鎖を通って酸化的リン酸化系を経てH2OとCO2に分解されるときは、これに加えて正味30-40モル程度のATPが合成されるだろう、ということになります。
みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。
質問を歓迎します。
「前書き」
生物のことを多面的に考えようとしている、なかなか鋭い質問ですね。これらの問題を深く理解するには、熱力学(ねつりきがく)の基礎知識が不可欠です。これらの問題について大学で学ぶ機会がありましたら、全体像を捉えることを念頭に、学んでください。
「回答」
生物は、与えられた環境の中で生存し、命の糸を次世代に引き継ぐことが必要です。そのためには、親から引き継いだ遺伝子産物を用いて、環境中のエネルギーを利用して、生存のための様々な反応を行っています。
環境中のエネルギー源としては、化学エネルギーが主要なものですが、有機化合物をその目的で利用するに当たっては、原料と最終産物の間のエネルギーの落差を利用するもの(例:乳酸発酵やアルコール発酵における糖類の嫌気的分解)、有機化合物を分解したのち、電子伝達系(呼吸鎖)を通して酸化的に分解することによりATPを合成するもの(酸化的リン酸化といって多くの動物や植物のミトコンドリアが行い、また、好気的微生物などが行っている)が目につきます。このほかに、光エネルギーを酸化還元エネルギーに変換して利用する光合成生物や、無機化合物の酸化によるエネルギー落差を利用する化学独立栄養生物もあります。
(この質問は、植物生理化学の基本に係るもので、関連した質問に対する過去の回答が参考になるので、深く知るには、「みんなのひろば”植物Q&A”」下記登録番号をご覧ください:登録番号5641 電子伝達系、登録番号5644 光リン酸化で作られたATPの行方、登録番号5392 光合成細菌の電子伝達体その後、登録番号4372 植物の生育と夜温の関係)
生物界で用いられている電子伝達体には多種類があり、それらをどのように選んで使うかに関しては、進化の過程で生物ごとに任意に選ばれた組み合わせが使われ、うまい組合せを選んだものが生存競争に勝って、生存しているように思われます。生物界には電子伝達系に酸化還元電位の近いFAD、FMN、ユビキノン、鉄-硫黄クラスターなどを複合体の形で結合していますが、進化の過程の方向性は必然的ではありませんし、またこれらの電子伝達体を結合しているタンパク質にはアミノ酸配列に、多少の差があるので、当然のことながら同じFADを持つ複合体であっていても、生物種間で酸化還元電位に多少の差があることでしょう。また、ユビキノンの一部は生体膜中の脂質に溶けた状態にあり、複合体間の電子の伝達に役立っています。
さらに、ある1対の電子伝達体間の酸化還元の実際の方向は、標準的酸化還元電位(教科書に示されているのは酸化体と還元体の比が1であるときのもの)だけではなく、環境中の実際の濃度比によっても影響を受けます。例えば、シトクロムcでは、還元型対酸化型のモル比が1の時は、pH7における酸化還元電位が約+0.25V ですが、モル比が還元型側に偏って、10、100となると、酸化還元電位が約+0.19v、+0.13Vになり、細胞中の酸化還元電位も次第に低くなって行き、このように還元側の方向の反応が何段階か積み重なると、一部の生物はCO2を同化できるレベルの還元力を生み出すことができます。これが、化学合成細菌の反応(無機化合物中の酸化還元電位の差を利用してCO2を同化する反応)の大要です。
この質問の非光合成生物に関する部分は、糖類などの有機化合物を酸化的に分解して得られるエネルギーをどのように生存のためのエネルギー(この場合は、ATP)に変換しているかに関連しており、この一連の反応を酸化的リン酸化反応(光合成生物の場合は光リン酸化反応)と言います。(回答が高度になりますが、一応説明します:この反応は、酸素呼吸ができる真核生物のミトコンドリアや、好気的呼吸を行う一部の微生物などで行われています。(注:ATP合成の仕組みは、P. Mitchelが提唱した化学浸透説によって説明され、ミトコンドリア内膜や葉緑体チラコイド膜、好気的呼吸を行う微生物内膜では、酸化還元のエネルギーは、呼吸鎖を通した酸化還元反応によって生体膜内外のH+イオンの電気化学的エネルギー(H+駆動力とも呼ばれる)に変換され、そのエネルギーを使って、ATP合成酵素が下記の反応を触媒するというものです:ADP+Pi(無機リン酸)―>ATP+H2O)
(注:反応の推進力はH+イオンの電気化学的エネルギーによる)。(なお、光合成生物は、光化学反応系によって、光エネルギーを酸化還元エネルギーに変換し、その一部を、類似の電子伝達系を含む反応機構によってATP合成に利用しており、この反応を光リン酸化と言いますが、ここでは説明は省略)
さて、質問に戻り、この問題を理解するには酸化還元電位と生体エネルギー変換についての基礎知識が欠かせません。水力発電では、ダムに貯めた水を導水管を通して下流の水力発電所に落下させることによって、水の位置エネルギーを電気エネルギーに変換しています。
酸化的リン酸化では、電子は酸化還元電位の差によるエネルギーを持ち、このエネルギーを利用してATP合成酵素が下記の反応を触媒します:
酸化還元反応のエネルギー ―> H+イオンの電気化学的エネルギー ―> ATP
酸化還元のエネルギーの利用をして生活している生物には様々なものがありますが、細かく見ると、生物界には似たような構造と機能を持った低分子が複数種類あり、それを生物種ごとに、種々の反応に使い分けている例は数多くあります。
まず、(生化学的)標準酸化還元電位(pH 7.0が標準状態)は、遊離のFAD(酸化型)/FADH2(還元型)では約-0.22Vだが、これらがタンパク質に結合したものは約-0.1V 程度のものが多く、また、NAD+/NADHならびにNADP+/NADPHは約-0.32Vです。どちらも酸化還元反応に使われる補酵素ですが、遊離の状態では、前者の方が酸化還元電位が高く、後者の方が低いという差があり、酸化還元反応に伴う電子の移動は、後者(電位の低い方)から前者(高い方)の側に進みやすくなっています(注:電子は負の電荷を持つので、電位の低い側から高い側に移動するのが、エネルギー論的に言ってエネルギー低下の方向であり、自発的に起こりやすい反応です)。
酸化側に進むかそれとも還元側に進むかは、例えば、ミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)で、複合体IはNAD+/NADH(生化学的標準酸化還元電位は約-0.32V)を介してピルビン酸やリンゴ酸などを酸化して、ユビキノンを還元します。複合体Iは補酵素FMN(フラビンモノヌクレオチド)やFe-S(クラスター)を結合しているタンパク質複合体です。また、ミトコンドリアは、複合体IIを持ち、これはコハク酸を酸化してユビキノン(酸化還元電位は約+0.1V)を還元します。複合体IIはFMNとFAD(フラビンアデニンヌクレオチド)を結合しており、酸化還元に係る部分はリボフラビンであり、化学構造的に共通な部分があります。(生化学的酸化還元電位は、生物種および酵素によって幅があります。複合体IとIIの間には酸化還元電位にして0.32ないし0.42V程度の差がありますから、エネルギー的にNAD+/NADHの方がFMN/ FMNH2(またはFAD/ FADH2 FADH2)よりも電子を失いやすい(酸化されやすい:電子を他の電子伝達体に与えやすい)傾向があります。生物はこの電位の落差を利用して、H+のエネルギー的落差(H+駆動力とも呼ばれ、Δμ- H+と略記される)に変換し、これを利用して生体膜にあるATP合成酵素(H+-ATPアーゼとも呼ばれる)が次の反応を触媒します:ADP+Pi+(H+駆動力の投入)=ATP+H2O。
(要約:FMN,FADのように似たような補酵素が出てきますが、これらは、多くの場合、遊離状態ではなく、タンパク質に結合しており、進化の過程で、どちらかが選ばれた結果だということになります)
酸化還元のエネルギーは、電気工学的にも、化学的酸化還元反応でも、「電気量」x「電位差」であらわされます。
電気工学を例にとると、1クーロンの電気量が、1ボルトの電位差を移動するときに失う電気エネルギーは、1ジュール(1J)と定義されています。同じ電気量が電位差100ボルトの電位差を移動するときは、100Jの仕事をすることができます。
生化学でも、酸化還元のエネルギーは同様で、NADHが電子伝達系(複合体Iと呼ばれる)を通って酸化されることにより、FADH2(更には還元型ユビキノン:UQH2)を生じるときは(複合体IIの反応)、2価の酸化還元反応なので、標準的には1モル当たり約2X0.32~0.42J=0.64~0.84Jのエネルギーを失うことになり、このエネルギーをうまく使えば、ATP合成をはじめとする多様な反応に利用することができます。現実的には、FADやUQの量は限られているので、電子は、更にシトクロムb/c1複合体(複合体III)を経てシトクロムcに渡され、これがシトクロムc酸化酵素(複合体IV)を経て、O2(+0.82V)に渡されH2Oとなります。NADHの電子がこのようにしてすべてO2に渡されたとき、グルコース1モル当たり何モルのATPができるか(酸化的リン酸化と呼ばれる)に関しては、未だ生化学の分野でも確定していませんが、合計して約30-40モル程度だと推定されています。
[要約]:酸化還元電位差に基づくエネルギーは、呼吸鎖を通って、最終的にはO2に渡されてH2Oとなるが、この時、[NADH+ H+]1モル当たり何モルのATPが合成されるかは、未だ確定していない。その理由は、最後の反応であるATP合成酵素(H+ATPaseともよばれる)が1モルのATP合成に何モルのH+を必要とするかが、確定していないためです(3H+が必要だ、4H+が必要だ、いや、その中間だという諸説があります)。総括としてグルコース1モルが解糖系により嫌気的発酵によって分解されて乳酸やエタノールとなるとき合成されるATPは正味2モルだが、呼吸鎖を通って酸化的リン酸化系を経てH2OとCO2に分解されるときは、これに加えて正味30-40モル程度のATPが合成されるだろう、ということになります。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-11-19