一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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サツマイモが持つアミラーゼの至適温度と生理的意義について

質問者:   その他   お芋ラバー
登録番号6049   登録日:2024-11-12
芋菓子専門店で見かけた製品説明がきっかけで抱いた疑問です。

焼き芋を作る際、サツマイモが持つアミラーゼの至適温度は55-70℃であることから、この温度帯でじっくりと調理することが推奨されるそうです。

人間目線では美味しく食べられれば良いのです。

ただ、サツマイモにとって上記の温度は致死的だと思われます。そのような至適温度である生理的意義はあるのでしょうか?サツマイモ目線でのご回答を頂けたらと思います。
お芋ラバー 様

この度は日本植物生理学会・みんなのひろばにご質問をお寄せくださりありがとうございました。
いただきました質問につきましては回答が遅くなり大変お待たせし申し訳ございません。サイエンスアドバイザーの櫻井先生よりご回答をいただきましたのでどうぞよろしくお願いいたします。

【櫻井先生のご回答】
まず、回答が大変遅くなりましたことをお詫びします。
遅れました理由は、質問者がポスドクであるという身分から考えて、研究に役立つよう、回答は専門分野に近いところまで含めようとしたためでもあります。さらに、回答者の個人的理由がこれに加わって、大変遅くなってしまいました。

回答:
みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。
質問を歓迎します。
質問者が書かれた質問文は、個々の記述に限定すれば、概ね正しいように見えます。
なお、全体を詳細に検討すると、これらの間には矛盾する点、あるいは、更に詳しい記述が必要であるという箇所が見えてきます。

[質問文]
A:  焼き芋を作る際、サツマイモが持つアミラーゼの至適温度は55-70℃であることから、この温度帯でじっくりと調理することが推奨されるそうです。
B: 人間目線では美味しく食べられれば良いのです。
C:  ただ、サツマイモにとって上記の温度は致死的だと思われます。そのような至適温度である生理的意義はあるのでしょうか?サツマイモ目線でのご回答を頂けたらと思います。

[回答:質問者の記述に関して]
酵素反応速度の温度依存性を調べる実験の一例(サツマイモが持つアミラーゼの至適温度は55-70℃であることから)に関して
質問者の記述のようにB:”人間目線では美味しく食べられれば良いのです。”が正しい回答です。
[説明]
 生化学実験で酵素反応速度の温度依存性を調べるときは、一例として次のように操作します:
 試験管(または、プラスチック容器)に基質を含む反応液を入れ、これを反応水槽などで必要にして十分な温度に保温したのち、一定量の酵素液を加えて直ちに混合。一定時間後に反応停止液を加え、基質の減少(あるいは生成物の増加)を定量する。
 
注意すべき点:実験条件下で、累積した反応生成物量と反応時間の長さの関係に注意を払うことが肝要です。
反応温度が低いと、反応速度は低いですが、酵素は長時間にわたって働くので、累積反応物量は時間と共に増加します。
一方、反応温度が高いと、反応の進行と酵素の熱失活が同時に起こります。その結果、総生産物量は、短時間の測定では、高温側が多いという結果になりますが、測定時間が長くなると、それよりも低い温度側で酵素反応速度もそれなりに高いという結果になるでしょう。陸上競技に例えれば、100メートル競走(世界記録は100mを10秒程度:1分間に0.6 kmに相当)を国際競技大会程度の速度で走れば、約42 kmのマラソンでは4,200秒、即ち約70分(約1時間10分)になります。実際は、筋肉疲労のため、マラソン選手は、短距離走競争のような高速度を、長時間わたって維持することはできないので、ペースの配分が重要になります。
酵素反応に戻ると、反応温度と酵素による累積反応物量は、短時間の反応では高温なほど速く進行しますが、反応時間が長くなるにつれて、酵素の熱失活の影響が顕著になって、そのような高い反応速度を持続できず、それよりもやや低い温度(例:40-45度程度?)で累積反応物量は最大になるという結果になるでしょう。陸上競技の距離走で、短距離走ではダッシュ力が重視されるが、長距離走では、平均速度はそれよりも低いものの、ある程度高い速度のペースで長時間にわたって、これを保ちつつ走ることが、好成績につながるようなものです。

ご指摘の記述に関する補足説明並びに質問
*引用された「サツマイモが持つアミラーゼの至適温度は55-70℃であること」という記述に関して:この場合、アミラーゼの加熱時間は何分間だったのでしょうか?
*調理は、ヒトの味覚にとって「おいしい」と感じてもらえればいいので、通常、調理後のサツマイモ細胞の生死には注意を払わないことが多いでしょう。
また、ご質問の調理の「至適温度」は、植物(食品)を処理する目的に関係してきます。ご指摘のように、焼き芋を作るのは、調理技術として人間目線で美味しく食べられれば良いのであり、処理後のイモの生理的変化については、それほど注意を払わないのが一般的でしょう。

[まとめ]農学的側面からは、生のサツマイモは、根にデンプンを蓄えており、これは年を超えて春の発芽期になると、ゆっくりとではあるが、発芽の時期に間に合うような速度で分解されて、次世代の植物体を作るのに利用されます。他方、食物としての利用の方から見ると、生の芋は、細胞壁のセルロースとペクチンとの結合が強いため、未調理の物を食べたとき、多くのヒトはゴリゴリ、ジャリジャリしてまずいと感じます。また、調理法によっては、上述のセルロースとペクチンの結合が緩くなって食味が向上することに加えて、アミラーゼの働きによって麦芽糖が増えるので、食味が向上するでしょう。他方、野生の草食動物は、調理済みのものの味を知らず(また、その機会もなく)、一部の動物種は、体内に未調理のものから栄養素を相当程度吸収する手段を備えており、人が利用できないセルロースに富む、生のものを平気で食べています。家畜に餌として与えるとき、ウシ、ヒツジ、ヤギなどの反芻動物は、未加熱で、生の、あるいは干した餌を消化吸収できる機構を備えています。サイロ中で発酵させると、微生物群の働きで、餌の利用効率が上昇します。草食動物のウサギやコアラは、生の餌であっても、胃に続く結腸や盲腸が長く、そこで共存微生物の働きを借りて、長時間をかけてセルロースを消化・吸収しています。豚はこうした能力が低いので、養豚農家は、消化吸収されやすい芋や残飯などを加熱加工して与えています。
生芋において、アミラーゼの反応はサツマイモが発芽時に貯蔵デンプンを出芽・成長のための輸送可能化合物(主な初期生成物は麦芽糖)とするのに役立っています。これに対し、ヒトが芋類を食用とするときは、加熱によって細胞壁のセルロースとペクチンとの結合が弱まって柔らかくなり、更に麦芽糖も増えるので、食味が向上したと感じるので、調理法の記述としては、これで十分でしょう。
質問者が引用された加熱温度に関する記述に、植物のその後の成長過程に関する記述もあるのでしょうか?:シュートの出芽本数、出芽の時期、その後の成長過程に差があるかどうかについての記載?
食品加工に当たっては、調理時の加熱温度と時間の経過の影響も重要な選択要素で、適切な速度でじわじわと昇温すれば、上述のように、セルロースとペクチンの結合が弱くなるとともに、澱粉がマルトースに変換される時間も長くなり、逆に、急速に加熱すると酵素が働く時間が限られることになって、食味に差異が生じるでしょう。調理法として電子レンジを利用するときの記述に関しては、調理の役に立つという記述と、立たないというものもあります。このような評価に関しては、利用する機器の性能や、昇温プログラムにも差があるので、調理プログラムによって酵素の熱失活速度に差があり、アミラーゼが十分に働かないうちに酵素が熱失活してしまう可能性も考えられましょう。他方、適当な昇温プログラムで加熱すると、調理に役立つという記述もあります。
電子レンジを料理に利用するときは、昇温プログラムや、機種および利用者の操作に関して食品工場のようには厳密に確定されていないので、その効果に関して、一見バラバラな記述になるのでしょう。
以上
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以上、いかがでしょうか。短距離走、長距離走にならえた捉え方は私にもとても興味深いものでした。ご参考にしていただければ幸いです。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
JSPP広報委員長
藤田 知道
回答日:2025-01-09