一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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キンエノコロの分枝する構造

質問者:   その他   植里 レム
登録番号6053   登録日:2024-11-26
初めて質問させていただきます.ただ楽しいだけで植物観察をしています.
キンエノコロを観察すると、稈の途中で分枝してその両方の先端に花序をつけていました.
この分枝する節の部分には、稈と葉鞘の間に枝が生じていましたが、稈と枝との間には更に葉のような付属物がありました.
背面は2つの稜があり、稜の背にはやや下向きの細かな刺が生じています.
長さは、同じ節から生じている葉鞘の長さよりも少し短いくらいでした.
この付属物は何なのかを調べようとしましたが手許の資料ではわかりませんでした.
名称だけでも教えていただけないでしょうか.
イネ科植物の観察を始めたばかりなので初歩的な質問ですが、どうぞよろしくお願いします.
植里 レム 様

本コーナーへの質問、ありがとうございました。
イネの花序や茎の形態形成などの研究分野を世界的に牽引されております国立遺伝学研究所の津田勝利先生から、下記の回答を頂きました。

【津田先生の回答】
大変面白い器官に着目されましたね。主稈と側枝の間にあるということと、稜が二つあるということから、この器官はprophyll(前葉)と考えられます。いろいろな植物の腋芽(側枝の幼い芽)に見られる器官で、稜を形成したり葉身を欠くなど通常葉(foliage leaf)とは性質が異なるようです。

prophyllの役割はまだはっきりとしていません。発生初期のprophyllは腋芽分裂組織とそこから生じる通常葉の原基を包み込むような形をしており、保護的な役割を持つ可能性があります(Johnston et al 2010, Tanaka et al 2015)。また、prophyllの生じる位置がその後の通常葉の発生位置に影響を与えることも知られており、葉序(植物を真上から見たときの葉の並び)を制御する働きもあるようです(Choob 2022)。

一つの個体の中でもprophyllの形が変化する例もあります。例えば地下茎を作る植物(野生イネの一種Oryza longistaminataやツユクサ科のムラサキオモトなど)では、地下茎になる腋芽は外側の葉鞘を突き破って成長しますが、この際に作られるprophyllには稜が形成されません。一方でこれらの植物の地上に向かう腋芽のprophyllは、主稈と側枝およびそれらを包む葉鞘の隙間を縫うように成長し、二つの稜が形成されます(Yoshida et al. 2016, Choob 2022)。面白いことに、地下茎になるはずの腋芽の周りをきつくテープで巻いて物理的制約を課した場合には、本来できないはずの稜が形成されたという報告もあります(Choob 2022)。したがって、稜の形成にはprophyllが成長する際の物理的刺激が関わっていると考えられます。

prophyllは被子植物に広く見られる器官である一方、prophyllが見られない植物も数多くあります。モデル植物として最も研究に用いられるシロイヌナズナでは、通常はprophyllの発達は抑制されていますが、発生が異常になる変異体ではその抑制が解除されてprophyllが形成される例もあるようです (Masiero et al 2004)。基本的に腋芽ごとにprophyllを形成するポテンシャルは持っている一方で、植物によってはその発達を抑制している例も多い、と考えられます。その形や発達度合いには多様性があるようなので、いろいろな植物で観察してみると面白そうですね。


参考文献
Tanaka et al. (2015) The Plant Cell
(https://academic.oup.com/plcell/article/27/4/1173/6101461)

Johnston et al. (2010) Genesis
(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/dvg.20622)

Choob (2022) Frontiers in Plant Science
(https://www.frontiersin.org/journals/plant-science/articles/10.3389/fpls.2022.855146/full)

Yoshida et al. (2016) Plant & Cell Physiology
(https://academic.oup.com/pcp/article/57/10/2213/2755883?login=true)

Masiero et al. (2004) Development
(https://journals.biologists.com/dev/article/131/23/5981/42680/INCOMPOSITA-a-MADS-box-gene-controlling-prophyll)
津田 勝利(国立遺伝学研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
山谷 知行
回答日:2024-12-09