質問者:
高校生
ミヤジ
登録番号6066
登録日:2024-12-17
はじめまして。高校の調べ学習で葉緑体について調べているのですが、その中で疑問に思ったことを質問させていただきます。みんなのひろば
葉緑体のクロロファジーの影響について
青色光や紫外線光によるマンガンクラスターの崩壊、光合成系2のD1タンパク質の光損害によって著しく傷ついた(壊れた?)葉緑体はクロロファジーによって丸ごと分解されるとの記事が有りました。https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-review_9A6_36-45.pdf
そこで、強い光による直接の損傷で葉緑体が分解されて葉緑体が少なくなると葉っぱはエネルギーの生産量が低下するなどして、結果的に葉が枯れるほどの影響を及ぼすのではないかと考えました。これが起きるとすると葉焼けの原因は活性酸素にとどまらない思うのですが、このような影響は現実的にありえますか?ありえないなら、その理由も教えていただきたいです。
ミヤジ さま
みんなのひろば「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。まず、日本植物学会の「植物科学の最前線」の総説を読んでいただきありがとうございます。最新のまとまった知見をまずは日本語で、という場合には大変便利なサイトです。今後もご利用ください。
質問に答えるまえに、現象を整理しておきましょう。
まず、光阻害はよく見られる現象です。正常な緑葉でも、強光下では光化学系IIの反応中心を擁するD1タンパク質が破壊され、修復されています。修復には葉緑体にコードされているD1タンパク質の合成が必須です。葉緑体のタンパク質合成のみを止める阻害剤を作用させると、強光下ではD1タンパク質量が数時間で半分以下になってしまいます。もちろん葉の光合成速度も低下します。阻害剤を加えない場合にも、高温、低温、乾燥などのストレスがかかった状態ですと、修復が追いつきません。こうして光合成速度が低下することは野外ではよく見られます。このD1の阻害には活性酸素が関係しています。また、修復のためのタンパク質合成過程も活性酸素に弱いことがわかっています。この状態がこうじると葉焼けやクロロシス(壊死)がおこります。
葉は、若い葉に徐々に被陰されることや自身の加齢により老化します。最初のうちには葉緑体のストロマのタンパク質などがRCB(Rubisco containing body経路)などのはたらきで液胞に運ばれ、葉緑体の体積が徐々に小さくなります。チラコイド膜系のタンパク質なども分解されます。一般の葉の老化では、葉緑体が丸ごと分解されるのはその後になります。被陰による老化過程では、葉はかなりの段階まで光吸収のために緑色を保ちますが、最終段階では緑色がかなり薄くなり、そのころから葉緑体の数が減るようです。RCBについては、お読みになった総説に解説があります。
クロロファジーの経路は、実験としては強烈な光阻害を誘導するとすぐに起こるようで、分解機構としてはたらくことは確かですが、野外の「緑葉」では頻繁には起こっていないでしょう。少なくとも老化にともなう葉緑体の数を調べた研究のデータは葉緑体数の顕著な低下は老化の最終期に見られることを示しています。また、特に明るい場所で生育する緑葉は、表皮に紫外線フィルターであるフラボノイドを持っていることが多いので、紫外線によるマンガンクラスターの損傷はあまり起こらないと回答者は思っており、マンガンクラスターの損傷が最初に起こるとする研究者とは論争中です。
結論:光阻害による葉焼けやクロロシスの原因は、活性酸素にあります。また、ストレス条件下では慢性的にD1の修復遅延により、光合成活性の低下が見られます。生態学観点や農学の観点からも、光阻害は、植物の光合成生産を低下させる重要な要因です。元気な緑葉ではクロロファジーは頻繁には起こってはいないでしょう。
みんなのひろば「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。まず、日本植物学会の「植物科学の最前線」の総説を読んでいただきありがとうございます。最新のまとまった知見をまずは日本語で、という場合には大変便利なサイトです。今後もご利用ください。
質問に答えるまえに、現象を整理しておきましょう。
まず、光阻害はよく見られる現象です。正常な緑葉でも、強光下では光化学系IIの反応中心を擁するD1タンパク質が破壊され、修復されています。修復には葉緑体にコードされているD1タンパク質の合成が必須です。葉緑体のタンパク質合成のみを止める阻害剤を作用させると、強光下ではD1タンパク質量が数時間で半分以下になってしまいます。もちろん葉の光合成速度も低下します。阻害剤を加えない場合にも、高温、低温、乾燥などのストレスがかかった状態ですと、修復が追いつきません。こうして光合成速度が低下することは野外ではよく見られます。このD1の阻害には活性酸素が関係しています。また、修復のためのタンパク質合成過程も活性酸素に弱いことがわかっています。この状態がこうじると葉焼けやクロロシス(壊死)がおこります。
葉は、若い葉に徐々に被陰されることや自身の加齢により老化します。最初のうちには葉緑体のストロマのタンパク質などがRCB(Rubisco containing body経路)などのはたらきで液胞に運ばれ、葉緑体の体積が徐々に小さくなります。チラコイド膜系のタンパク質なども分解されます。一般の葉の老化では、葉緑体が丸ごと分解されるのはその後になります。被陰による老化過程では、葉はかなりの段階まで光吸収のために緑色を保ちますが、最終段階では緑色がかなり薄くなり、そのころから葉緑体の数が減るようです。RCBについては、お読みになった総説に解説があります。
クロロファジーの経路は、実験としては強烈な光阻害を誘導するとすぐに起こるようで、分解機構としてはたらくことは確かですが、野外の「緑葉」では頻繁には起こっていないでしょう。少なくとも老化にともなう葉緑体の数を調べた研究のデータは葉緑体数の顕著な低下は老化の最終期に見られることを示しています。また、特に明るい場所で生育する緑葉は、表皮に紫外線フィルターであるフラボノイドを持っていることが多いので、紫外線によるマンガンクラスターの損傷はあまり起こらないと回答者は思っており、マンガンクラスターの損傷が最初に起こるとする研究者とは論争中です。
結論:光阻害による葉焼けやクロロシスの原因は、活性酸素にあります。また、ストレス条件下では慢性的にD1の修復遅延により、光合成活性の低下が見られます。生態学観点や農学の観点からも、光阻害は、植物の光合成生産を低下させる重要な要因です。元気な緑葉ではクロロファジーは頻繁には起こってはいないでしょう。
寺島 一郎(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-12-25