一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植生の分布について

質問者:   教員   hammar
登録番号6084   登録日:2025-01-20
いつもお世話になっております。

植生の垂直分布、すなわち丘陵帯や山地帯といった区分を考えるとき、これらは実際の植生(分布している植物)に基づいて、決定されているのでしょうか。
例)標高に関係なく、照葉樹林が見られるから山地帯である。

それとも植生の分布によらず標高によって決められているのでしょうか。
例)植生に関係なく、標高が○○mだから▲▲帯である。

私は前者だと習ったのですが、先日行われたの共通テストの生物基礎では、『夏緑樹林は、九州地方や四国地方では山地帯に、東北地方では山地帯のほか丘陵帯(低地帯)にも、それぞれ分布する。』が正解になっており、疑問に思った次第です。

よろしくお願いいたします。
hammar 様

日本植物生理学会 みんなのひろば 植物Q&Aに質問をお寄せくださり有難うございます。

植生図について:
日本のほとんど全ての場所の植生は、ヨーロッパで発達した植物社会学の方法で調査されています。各植生は、群集を基本単位としてその群集を代表する表徴種や他の群集との識別に有効な識別種などにより名付けられ、正式なラテン語の学名がつけられています。

横浜国立大学名誉教授(故)宮脇昭氏編著の日本植生誌全10巻(各地方別1980-1996年刊行)は、その集大成と言えるものです。たとえば、関東地方では7000箇所で調査が行われたようです。
CiNiiによる(https://ci.nii.ac.jp/ncid/BN00535182

1973年に環境庁(当時)が生物の調査に着手し、現在では環境省の生物多様性センターが、全国の1/25000の植生図を管理更新しています。これらは、手続きをすればダウンロードできます。植生図の更新には航空写真や人工衛星のデータも積極的に使われています。以下のサイトに調査方法などについても詳しく解説してあり、その綿密さがうかがえます。3次元メッシュの日本植生図は手続きなしで落とせます。しかし、照葉樹林と夏緑樹林の色が似ていて非常に残念です。(https://www.biodic.go.jp/

低地帯、丘陵帯、山地帯、亜高山帯、高山帯について:
低地帯、丘陵帯、山地帯は標高によって区別されているようですが、亜高山帯や高山帯の定義には植物が関係します。Wikipediaの亜高山帯針葉樹林の説明には「高度は、西日本から中部地方でおよそ海抜1500 mから2500 m、北海道では下限は一般には高度数百メートルから、道東・道北の一部では海岸付近から、上限は海抜1000 mから1500 mに達する。」とあります。でも海岸付近を亜高山帯と呼ぶことには納得できません。
また、Wikipedia の「森林限界」の解説では、高山帯の定義を「森林限界と雪線にはさまれた場所」としてあります。森林限界の定義は高木の森林の有無を問題にしますので、ハイマツなどは高山帯の植物に含まれます。高緯度の地方に行くと高山帯の植物が低地に生育しています。こうしてまとめてみますと、低地帯、丘陵帯、山地帯、亜高山帯、高山帯には、異なる視点からの定義による用語を同列に使ってあるようですね。

高校の教科書では垂直分布の例に中部地方の植生が示してある場合が多いようです(これにも問題があります)。中部地方だと、低地帯・丘陵帯が照葉樹林、山地帯が夏緑樹林となります。九州や四国でも同じです。今回の共通テストの問題は、水平分布と垂直分布の関係を理解しているかを問うものだと思います。100メートル高くなると気温は0.6℃程度下がります。また、日本付近では、緯度が1°高くなると平均気温が1℃下がります(鳥谷 2022)。東北地方の海沿いでは照葉樹林帯(主に潮風につよいタブノキの林)がかなり北までのびています。この問題が「夏緑樹林」ではなくて「亜高山帯針葉樹」の分布を問う問題だったとすると大問題となったかもしれませんね。

鳥谷均(2022) 気温のおはなし 圃場管理のための気象のお話 圃場診断システム推進機構 
https://hesodim.or.jp/toritani/35) 

林田光祐 (2004)北限域のタブノキ林 森林科学 41(6):50-53.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsk/41/0/41_50/_pdf
寺島 一郎 (JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-01-27