質問者:
教員
HR
登録番号6086
登録日:2025-01-21
貴サイト「植物Q&A」のわかりやすい解説には、授業案作成にあたっていつも助けていただいており、感謝申し上げます。さて、今回は登録番号みんなのひろば
核相の「2n」と倍数性の「2n」の違いについて
5025「核相と倍数性について」に関連する質問です。
登録番号5025の解説では、「生物種はそれぞれ固有の数の組み合わせ(set)の染色体を生殖細胞は1組、体細胞は2組持っています。このような組み合わせを"n"で表示します。したがって卵細胞や精細胞は"n"、体細胞は"2n"ということになります。」とあり、核相は細胞に含まれる染色体数のセット数として「2n」を使うと解釈しました。一方で、「倍数性を表す時は、1組の染色体の数(基本染色体数)を"x"で表示します。…中略…。倍数体を表すときに3n、4nなどの表記は適切ではないでしょう。3倍体は2n=3x、4倍体は2n=4xです。」とあり、このときの「2n」は、倍数体の体細胞における核相を示すために用いると解釈しました。
登録番号5025の質問者、「おもち」さんの質問文には、「文献ごとに記述が一貫していないように感じられます。」とありますが、私も同感です。書籍を執筆されていらっしゃる先生によって、「n」「2n」の使い方に違いがあると感じます。高等学校で用いている生物の教科書では、動物の例になりますが「ミツバチの雌は二倍体(2n)、雄は一倍体(n)」と記載があります。また、近年の教科書からは掲載がなくなった植物の生活環に関して、生徒に副教材として購入させている資料集には「植物の胞子→配偶体→配偶子の核相はn」と記載されています。
そこで質問です。コケ植物やシダ植物の染色体の表記についてですが、配偶体を半数体として表現するときは「2n=x」、胞子体の体細胞を核相として表現するときは「2n」、配偶体の体細胞を核相として表現するときは「n」。このように「n」・「2n」を使いわければよろしいでしょうか?
登録番号5025の解説では、「生物種はそれぞれ固有の数の組み合わせ(set)の染色体を生殖細胞は1組、体細胞は2組持っています。このような組み合わせを"n"で表示します。したがって卵細胞や精細胞は"n"、体細胞は"2n"ということになります。」とあり、核相は細胞に含まれる染色体数のセット数として「2n」を使うと解釈しました。一方で、「倍数性を表す時は、1組の染色体の数(基本染色体数)を"x"で表示します。…中略…。倍数体を表すときに3n、4nなどの表記は適切ではないでしょう。3倍体は2n=3x、4倍体は2n=4xです。」とあり、このときの「2n」は、倍数体の体細胞における核相を示すために用いると解釈しました。
登録番号5025の質問者、「おもち」さんの質問文には、「文献ごとに記述が一貫していないように感じられます。」とありますが、私も同感です。書籍を執筆されていらっしゃる先生によって、「n」「2n」の使い方に違いがあると感じます。高等学校で用いている生物の教科書では、動物の例になりますが「ミツバチの雌は二倍体(2n)、雄は一倍体(n)」と記載があります。また、近年の教科書からは掲載がなくなった植物の生活環に関して、生徒に副教材として購入させている資料集には「植物の胞子→配偶体→配偶子の核相はn」と記載されています。
そこで質問です。コケ植物やシダ植物の染色体の表記についてですが、配偶体を半数体として表現するときは「2n=x」、胞子体の体細胞を核相として表現するときは「2n」、配偶体の体細胞を核相として表現するときは「n」。このように「n」・「2n」を使いわければよろしいでしょうか?
HR様
Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。回答が遅くなってしまいましたがご質問の中で参照されている登録番号5025は私が担当しましたので、今回も私から回答いたします。
生物学で使われるすべての用語の意味が、研究者の間で、必ずしも全く異論がないというわけではありません。小、中、高校で使用される教科書では、共通に公認された概念の用語を使わないと、入学試験などの時に問題がおきますよね。
実は、’n,’x' の使い方については世界の研究者(特に植物細胞学、細胞遺伝学)の間では、完全に合意された見解はないといってよいかもしれません。もともと'x' の概念は、細胞学者、 C.D. Darlingtong が最初に教科書の中で、倍数体の基本染色体数を表すため使いました(Recent advances in cytology. London: J. & A. Churchill Ltd. 1937)) . しかし、その後、'n'と'x' との概念を逆にする研究者もあったり、Darligton 自身も`x' を、進化の観点を顧慮してか、その種の「先祖の基本染色体数(basic number of ancestral set of chromosome)」に変更したりしています。少し古いですが、この種の問題を扱った論文がありますので、興味がありましたら、英文ですが読んでみてください。WEB上このタイトルで検索するとみられます。
L. Peruzzi ”x” is not a bias, but a number with real biological significance. Plant Biosystems,147:1238-1241(2013)
さて前置きが長くなりましたが、標準的に使われている(少なくとも植物学において)表示法では、登録番号5025の回答と同じですが、'2n' は倍数性のレベルに関係なく体細胞の染色体数を、'n' はやはり倍数性のレベルに関係なく生殖細胞(配偶子)の染色体数を、'x' は基本(1倍体の)染色体数を表します。したがって、2倍体の体細胞は2n=2x、3倍体は2n=3x、4倍体は2n=4x、—となり、2倍体の配偶子はn=x, 3倍体は不稔、4倍体はn=2xーーとなります。登録番号5025にも書きましたが、倍数体の表示にnを用いるのは正しくないです。
'n'、’2n'はそれぞれライフサイクルにおける単相世代と複相世代の核相の表示であって、体細胞は半数性であっても'2n'、配偶子は'n' で表すようです。
シダ植物の配偶体である卵細胞(♀)と精細胞(♂)は種子植物の胚嚢と花粉管細胞に相当するので、減数分裂によってその体細胞の染色体数は半数になっています。胞子体の体細胞の染色体数は'2n' (したがって、2n=2x)です。他方、配偶体は生殖細胞と同等なので、それを構成している細胞は 'n' ですから、配偶体の細胞を普通の種子植物の体細胞(複相)と同列に見做して、2n=xというのはおかしいと思います。実際は n=x です。
自然界で最初に半数性の植物が見つかったのは、ワタ(1920年)で、以後多くの植物種でそのような例が報告されているそうです。最近では、人為的に単数性(1倍体)を作ることは、アラビドプシスなどの基礎研究用植物だけでなく、栽培植物の品種改良や遺伝解析などのために各種作出されています。この場合は 2n=x で表示されるようです。
また、ご指摘のようにハチ目の昆虫では、ミツバチのように♂が1倍体であることはよく知られています。この場合も、♂は 2n=x ということになります。ミツバチでは、精子は減数分裂を経ないで作られますが、卵子は通常個体の♀(2n=2x)で減数分裂によって作られますので、シダの配偶体の場合とはことなる様式です。
シダのような独立した配偶体や半数体(1倍体)の生物について 'n' ,'x' をどう当てはめるかはややこしい問題です。ご指摘のように、核相と倍数性を別々に扱えば分かりやすいと思います。つまり、シダの胞子体(2倍体)は核相 2n、倍数性 2xで、配偶体・配偶子(半数体)は核相 n、倍数性 x。仮に4倍体のシダがあれば、胞子体の倍数性は4xでも、配偶体は2xということになるでしょう。
ミツバチの場合は、オスの個体細胞の核相は n、倍数性は x、配偶子(精子)の核相もn、倍数性は x となりますが、体細胞は2n=xで表されます。
生徒さんに教える場合には、'n'、’x’ という記号が問題ではなく、体細胞と生殖細胞の染色体数(核相)、倍数性と染色体(数)の関係を理解してもらうことが大切だと思います。
Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。回答が遅くなってしまいましたがご質問の中で参照されている登録番号5025は私が担当しましたので、今回も私から回答いたします。
生物学で使われるすべての用語の意味が、研究者の間で、必ずしも全く異論がないというわけではありません。小、中、高校で使用される教科書では、共通に公認された概念の用語を使わないと、入学試験などの時に問題がおきますよね。
実は、’n,’x' の使い方については世界の研究者(特に植物細胞学、細胞遺伝学)の間では、完全に合意された見解はないといってよいかもしれません。もともと'x' の概念は、細胞学者、 C.D. Darlingtong が最初に教科書の中で、倍数体の基本染色体数を表すため使いました(Recent advances in cytology. London: J. & A. Churchill Ltd. 1937)) . しかし、その後、'n'と'x' との概念を逆にする研究者もあったり、Darligton 自身も`x' を、進化の観点を顧慮してか、その種の「先祖の基本染色体数(basic number of ancestral set of chromosome)」に変更したりしています。少し古いですが、この種の問題を扱った論文がありますので、興味がありましたら、英文ですが読んでみてください。WEB上このタイトルで検索するとみられます。
L. Peruzzi ”x” is not a bias, but a number with real biological significance. Plant Biosystems,147:1238-1241(2013)
さて前置きが長くなりましたが、標準的に使われている(少なくとも植物学において)表示法では、登録番号5025の回答と同じですが、'2n' は倍数性のレベルに関係なく体細胞の染色体数を、'n' はやはり倍数性のレベルに関係なく生殖細胞(配偶子)の染色体数を、'x' は基本(1倍体の)染色体数を表します。したがって、2倍体の体細胞は2n=2x、3倍体は2n=3x、4倍体は2n=4x、—となり、2倍体の配偶子はn=x, 3倍体は不稔、4倍体はn=2xーーとなります。登録番号5025にも書きましたが、倍数体の表示にnを用いるのは正しくないです。
'n'、’2n'はそれぞれライフサイクルにおける単相世代と複相世代の核相の表示であって、体細胞は半数性であっても'2n'、配偶子は'n' で表すようです。
シダ植物の配偶体である卵細胞(♀)と精細胞(♂)は種子植物の胚嚢と花粉管細胞に相当するので、減数分裂によってその体細胞の染色体数は半数になっています。胞子体の体細胞の染色体数は'2n' (したがって、2n=2x)です。他方、配偶体は生殖細胞と同等なので、それを構成している細胞は 'n' ですから、配偶体の細胞を普通の種子植物の体細胞(複相)と同列に見做して、2n=xというのはおかしいと思います。実際は n=x です。
自然界で最初に半数性の植物が見つかったのは、ワタ(1920年)で、以後多くの植物種でそのような例が報告されているそうです。最近では、人為的に単数性(1倍体)を作ることは、アラビドプシスなどの基礎研究用植物だけでなく、栽培植物の品種改良や遺伝解析などのために各種作出されています。この場合は 2n=x で表示されるようです。
また、ご指摘のようにハチ目の昆虫では、ミツバチのように♂が1倍体であることはよく知られています。この場合も、♂は 2n=x ということになります。ミツバチでは、精子は減数分裂を経ないで作られますが、卵子は通常個体の♀(2n=2x)で減数分裂によって作られますので、シダの配偶体の場合とはことなる様式です。
シダのような独立した配偶体や半数体(1倍体)の生物について 'n' ,'x' をどう当てはめるかはややこしい問題です。ご指摘のように、核相と倍数性を別々に扱えば分かりやすいと思います。つまり、シダの胞子体(2倍体)は核相 2n、倍数性 2xで、配偶体・配偶子(半数体)は核相 n、倍数性 x。仮に4倍体のシダがあれば、胞子体の倍数性は4xでも、配偶体は2xということになるでしょう。
ミツバチの場合は、オスの個体細胞の核相は n、倍数性は x、配偶子(精子)の核相もn、倍数性は x となりますが、体細胞は2n=xで表されます。
生徒さんに教える場合には、'n'、’x’ という記号が問題ではなく、体細胞と生殖細胞の染色体数(核相)、倍数性と染色体(数)の関係を理解してもらうことが大切だと思います。
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-01-30