一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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頸細胞とは?

質問者:   高校生   ヒロ
登録番号6094   登録日:2025-02-03
裸子植物の受精の過程で、卵細胞と精子の間に頸細胞という細胞があり、その役割をネットで調べても出てこないので教えて頂けないでしょか?
ヒロ 様

この度はみんなのひろばQ&Aコーナーへご質問ありがとうござました。
ご質問への回答は、ソテツの受精の分子機構を研究されている東京大学理学系研究科 博士課程大学院生の外山侑穂さんにご回答いただきました。
以下、回答になります。

【外山先生の回答】
ヒロ様
陸上植物において、雌側の配偶子である卵を擁する造卵器は、1つの始原細胞から発生します。造卵器は主に卵細胞を含む腹部(venter)と、その上部に形成される頸部(neck)という2つの主要部分からなります。
裸子植物の頸細胞(neck cell)もこの頸部(neck)に形成される細胞です。頸部の発達様式や細胞数は植物によって異なるもののコケやシダなどにも同様に頸部は存在しており、頚部の先端の細胞が垂直方向に分裂し、その分裂面が分離することで運動性の精子の通り道が形成されます。
裸子植物では、運動性の精子を作り出すイチョウやソテツでは頸部に4つの頸細胞が形成され、4つの細胞の間に精子がぎりぎり通れるだけの隙間ができ、その隙間を精子が通過することで精子は卵細胞に到達できます。閉じた胚珠の中で起きるこの精子通過の現象を顕微鏡下で捉えることは非常に難しいですが、「種子の中の海」のムービーの中では、ソテツの精子が実際に頸細胞の間を通過する様子を見ることができます。(https://www.kagakueizo.org/movie/education/128/
一方で裸子植物の中でも運動性の精子をつくらず、花粉管が非運動性の精細胞を卵細胞まで送り届ける受精様式をもつ針葉樹やマオウなどの植物がありますが、これらの裸子植物にも頸細胞は形成されます。しかしながらこれらの頸細胞はイチョウやソテツとは異なり細胞数が多く分裂面はやや無秩序であり、花粉管はこの頸細胞の間をかいくぐり、あるいは頸細胞の退化によってつくられた通り道を通って卵細胞までたどり着きます。このような機能は、発達過程は異なるものの、被子植物の花粉管が胚珠に到達する過程で通過する伝達組織(transmitting tissue)の機能と類似しています。
また、被子植物には頸細胞と呼ばれる細胞はないものの、始原細胞からの胚嚢の発達過程を裸子植物の造卵器と照らし合わせると、卵細胞に隣接して形成される助細胞が裸子植物の頸細胞と相同な細胞ではないかとする説があります。被子植物の助細胞は、精細胞をもつ花粉管を卵細胞へ誘引するためにLUREなどのペプチドを分泌するなどの特徴が知られています。このことから裸子植物の頸細胞も単なる精子や花粉管の通り道となるだけでなく、それらを卵細胞へと誘引する何らかの因子を分泌する機能も持つのではないかという仮説もありますが、未だ検証されていません。     
現在の頸細胞の機能に関する知見は、主に光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いた植物組織の形態的観察に基づいています。今後の研究では、分子生理的な側面から頸細胞の機能を解明することが期待されます。

参考文献
1. Sokoloff, Dmitry D., and Margarita V. Remizowa. 2021. “Diversity, Development and Evolution of Archegonia in Land Plants.” Botanical Journal of the Linnean Society. Linnean Society of London 195 (3): 380–419.
→主に参考にしたのはこちらの総説です。
2. Wang, Di, Yan Lu, Min Zhang, Zhaogeng Lu, Kaige Luo, Fangmei Cheng, and Li Wang. 2014. “Structure and Function of the Neck Cell during Fertilization in Ginkgo Biloba L.” Trees 28 (4): 995–1005.
→イチョウの頸細胞の観察が詳細にされています
3. Mao, Danyang, Han Tang, Nan Xiao, and Li Wang. 2022. “Uncovering the Secrets of Secretory Fluids During the Reproductive Process in Ginkgo Biloba.” Critical Reviews in Plant Sciences 41 (2): 161–75.
→イチョウの受精過程に関する総説です。
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いかがでしたでしょうか。最後の参考文献は、研究者が発表するいわゆる専門的な論文になりまだ難しいかもしれません。私たち研究者はこうした過去の研究成果からヒントを得て次の研究を進めています。
また回答文中のムービーはご覧いただけましたか。すごいですね!

当コーナーでは植物のふしぎに関する質問をお受けしており、こうしたことに関する疑問などございましたら今後またご利用ください。
外山 侑穂(東京大学理学系研究科)
JSPP広報委員長
藤田 知道
回答日:2025-02-17