一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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玉ねぎの催涙成分について

質問者:   教員   わんこ
登録番号6099   登録日:2025-02-05
玉ねぎが目にしみるのはなぜか、というコラムを書こうとし、調べていたところ、2006年の「タマネギの目にしみる物質は何ですか?」というQ&Aにたどり着きました。硫化アリルの一種であるアリシンが、目にしみる原因であるということが書いてありました。また、他にも検索を重ねていくと、2013年にイグノーベル賞を受賞した玉ねぎに関する研究以後では、syn-プロパンチアール-S-オキシドが涙の原因であるという文献を目にするようになりました。
玉ねぎの催涙成分は、アリシンであるのか、syn-プロパンチアール-S-オキシドであるのか、現在の見解をお聞かせいただきたいです。よろしくお願いいたします。
わんこ様

Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。

ご質問への回答としては、タマネギの催涙分子は syn-propanethial-S-oxide(syn-プロパンチアール-S -オキシド:PTSO)です。
本コーナー登録番号0613(2006年)の回答には、当時の新しい知見は含まれていなかったと言えます。19年も前には、このような分子の研究は植物科学の分野ではあまり取り上げられていなかったのかもしれません。しかし、他分野の研究を調べてみると、タマネギの催涙分子(Lachrymatory Facor: LF)は「PTSO」であるという研究論文(*1)はすでに、1971年に発表されています。この分子自体の化学式は1956年に決定されていたそうですが、構造式は長い間明らかにされなかった。さらに、PTSOの生成機構は不明でした。
登録番号0613の回答の中にも書かれているように、ネギ属(Allium)の植物であるネギ(A.fistulosum)、ニラ(A.tuberosum)、タマネギ(A.cepa)、ラッキョ(A.Chinense)、ニンニク(A.sativum)(*2)等々にはアリイン(alliin)とよばれる低分子の硫黄化合物が含まれていますが、これはシステインスルフォキシド(cysteinsulfoxide : CSO)で、植物の外敵への防御などのための物質です。植物組織が昆虫の咬傷などで傷がつくと、細胞質に存在するCSOが、液胞に局在しているアリイナーゼ(allinase)という酵素と混じり合うことよってアリシンが合成されます。アリシンはタマネギの辛味成分ですが、若干の揮発性がありますので、LFでもあると見做されていたのかもしれません。
現在明らかになっていることは、タマネギでは、アリイン(トランス-1-プロペニル-L-システインスルフォキシド:PRENOCSO)からはアリイナーゼの働きで、さまざまなアリシン様の含硫化合物ができることと、アリイナーゼの作用で最初できるのはプロペンスルフォン酸で、これがアリシン様化合物合成の直接の基質となります。さらに、PTSOはこのプロペンスルフォン酸から作られるのですが、この反応を触媒するのは Lachrymatory Factor Synthase (催涙因子合成酵素、LFS)という別の酵素です。
 プロペンスルフォン酸は非常に不安定で、瞬きする間に大半が失われるし、PTSOも他の物質(スルフェン酸など)と直接反応してなくなるので、PTSOの生成反応機構の解明はきわめて難渋したようです。ハウス食品グループの基礎研究部の研究者と東大大学院農学生命研究科の研究者らが協力して取り組んで、2023年イグノーベル賞を受賞しました。
ここでは詳しい研究内容については説明いたしませんが、WEB上でいくつかの分かり易い解説がありますので、紹介しておきます(*3)ほかにも多数の関連記載があります。

*1  M. H. Brodnitz, J. V. Pascale; Thiopropanal S-oxide: A lachrymatory factor in onions. Agric. Food Chem., 19, 269–272 (1971).
*2 ニンニクでは、鱗茎内細胞にアリインが維管束細胞にアリイナーゼが局在する様です。
*3 タマネギ催涙因子合成酵素の発見とその関連研究、今 井 真 介 「日本食品工学会誌」, Vol. 16, No. 2, pp. 181 - 184, June. 2015
   タマネギ催涙分子生成の複雑なプロセスを解明:食成分変化の解読へ福音 発表者多数 東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 
    https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20191125-1.html
【詳説】2013年イグノーベル化学賞!「涙のでないタマネギ開発」 Chemi Station
    https://www.chem-station.com/blog/2013/09/onion.html
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-02-14