質問者:
公務員
かなた
登録番号6117
登録日:2025-03-05
初めまして。みんなのひろば
CAM植物は環境負荷低減効果が低いのでしょうか。
とある市内の緑の創出を目的として、建築計画に対する緑化相談などを受けています。
最近は常緑キリンソウのようなメンテナンスもしやすい植物が流行っており、設計者からの提案なども受けることが多いですが、、
ベンケイソウ科は環境負荷低減効果が見込めないため、なるべく樹木を植えていただくようにお願いをしています。
植物生理学の本を読んでいても、「ベンケイソウ型有機代謝(CAM)植物」は夜間にCO2を固定し、昼間は気孔を開けないとの記載が見られるため、昼間は酸素放出もできないことから環境負荷低減効果は薄いものだと考えていたのですが、、
光合成により酸素を作ること=環境負荷低減効果と考えるのであれば、
CO2の吸収を昼夜どちらに行うにせよ、c3植物もCAM植物も光合成を行えるのは昼間だけなので、同じ日照時間で同量の葉緑体における環境負荷低減効果はもしかするとどちらも同じなのでは?と思いました。
樹木と比較した場合、葉っぱのサイズやボリュームが全然違うため総量では大きく差が出るかと思いますが、
CAM植物自体が環境負荷低減効果が低いと言っていいものか、植物生理学の観点でお教えていただきたくご質問させていただきました。
かなた 様
日本植物学会、みんなのひろば「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。
CAM植物の環境負荷低減効果を評価しようというのは正しいと思います。CAM植物の研究者は、事あるごとにCAM植物は生産性ポテンシャルが高いのでもっと研究しなければならないと宣伝しています。
光合成の炭素代謝には、Calvin・Benson・Bassham(CBB)回路のみを使うC3(イネ、コムギ、多くの樹木)、これに加えてCO2濃縮経路をもつC4(トウモロコシ、ソルガム、サトウキビ、スベリヒユなど)、夜間に気孔を開いてCO2を固定しこれをリンゴ酸の形でいったん液胞に蓄え、昼間に気孔を閉じてリンゴ酸の脱炭酸によってCO2を取り出し再固定するCAM(サボテン、リュウゼツランなど)があります。
1分子のCO2を固定するのにATPやNADPHを何個使うのかを計算すると、C3植物は、CO2の飽和濃度下でATP3個とNADPH2個です。もっとも通常のCO2濃度では、CO2固定反応をつかさどる酵素(ルビスコ)のCO2固定反応がO2付加反応によって阻害されます。O2が付加した際に生成するホスホグリコール酸はCBB経路を阻害するのでこれを速やかに解毒しなければなりません。さらに、ホスホグリコール酸にもエネルギーを使って固定した炭素が含まれますので、これをなるべ大量に回収するような経路が働くようになりました。これが葉緑体、ペロキシゾーム、ミトコンドリアの3種類の細胞小器官による光呼吸経路です。この経路の駆動にはかなりエネルギーを使います。特に高温環境や、乾燥して気孔が閉じ気味で葉の内部のCO2濃度が低い場合には、O2付加反応が相対的に大きくなるので光呼吸経路の駆動に使われるエネルギーが増大します。一方、C4植物はCO2濃縮経路を備えており、ルビスコに高濃度のCO2を供給するのでO2付加反応や光呼吸はほとんど起こりません。しかし、濃縮経路には2個のATPが余分に使われます。かけ流しの湯ではありませんが、ルビスコの周りに溢れるレベルのCO2を供給するにはATP2個では不足で、この1.3倍程度が使われているようです。CAM植物では有機酸の準備や液胞へのリンゴ酸の輸送にエネルギーが必要となります。
寒冷で湿潤な土地はほぼC3植物によって占められています。このような環境では、C3光合成がもっとも高い効率で行われています。乾燥環境で高温となる場合にはC3とC4が共存し、乾燥や高温がすすむとC4が多くなります。さらに乾燥が厳しくなるとCAMも多くなります。地球上の様々な環境で、C3、C4、CAM植物が共存しています。異なる炭素代謝系の植物が共存するような環境では、これらの代謝経路の効率にそれほどの差はないと考えられます。
巨視的な生産性の測定値も、これらの植物の生産性に大差がないということを示しています。キリンソウは小さいですが、リュウゼツランやウチワサボテンなどはサイズも十分大きくなります。Nobel(1991)の論文では、各光合成経路に必要なエネルギーの議論とともに、生産性も比較してあります。以下の純生産速度は1年間の光合成速度(総生産速度)から植物体の呼吸速度を差し引いた量で、植物体乾燥重量で表してあります。一年生草本の場合には収穫時のバイオマスそのものが純生産になります(厳密には枯れて落ちた葉などの重さなども足す)。Nobelの論文では、CAMのデータは地上部のみの評価になっています。地下部の生産も考慮すると、2割程度は大きくなるでしょう。C4植物のサトウキビ、ソルガム、トウモロコシ、C3のサトウダイコン、アブラヤシ、マツ、などの純一次生産のデータに、特に農地で栽培した場合のリュウゼツラン(Agave属、テキーラの原料)やウチワサボテンのデータは負けていません。なお、日本のイネの純生産の最高記録は2.6 kg乾燥重量 m-2 year-1です(岩城英夫 1979)。もっともこれは集約的な農業をやっていた時代の記録で、持続可能農法でどこまでこれに迫れるのかは今後の課題です。日本にも二期作をおこなっている地域があり、世界にはイネの三期作などが可能な地域もありますので、年間で考えるとイネは非常に生産性の高い作物と言えます。
純一次生産は一般には土地面積あたりで表します。ご質問には樹木の話も出てきますので、一言。大木で構成される森林では総生産速度は大きいですが、呼吸速度も大きく、純生産速度は若い森林には及ばない場合があります。この問題については登録番号3335をご覧ください。以下のデータはNobel(1991)から抜粋したものです。
純一次生産量 (kg 乾燥重量 m-2 year-1)
C3
サトウダイコン 3.0-3.4
アブラヤシ 4.0
キャッサバ 3.3-4.5
コムギ 3.0
スギ 4.4
C4
サトウキビ 5.0-6.7
ソルガム 4.7
トウモロコシ 2.6-4.0
CAM 地上部の生産性(地下部は評価していない、単位は kg 乾燥重量 m-2 year-1)
Agave mapisaga 2.5
A. tequilana 2.5
パイナップル 3.5
ウチワサボテン 1.8-2.0
栽培CAMの地上部の生産性 単位はkg 乾燥重量 m-2 year-1
A. salmiana 4.2
ウチワサボテン 4.5
参考文献
Nobel, P. (1991) Achievable productivities of certain CAM plants: basis for high values compared with C3 and C4 plants. New Phytol. 119: 183-205.
(https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1111/j.1469-8137.1991.tb01022.x)
岩城英夫 編著 (1979)「群落の機能と生産」 朝倉書店
日本植物学会、みんなのひろば「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。
CAM植物の環境負荷低減効果を評価しようというのは正しいと思います。CAM植物の研究者は、事あるごとにCAM植物は生産性ポテンシャルが高いのでもっと研究しなければならないと宣伝しています。
光合成の炭素代謝には、Calvin・Benson・Bassham(CBB)回路のみを使うC3(イネ、コムギ、多くの樹木)、これに加えてCO2濃縮経路をもつC4(トウモロコシ、ソルガム、サトウキビ、スベリヒユなど)、夜間に気孔を開いてCO2を固定しこれをリンゴ酸の形でいったん液胞に蓄え、昼間に気孔を閉じてリンゴ酸の脱炭酸によってCO2を取り出し再固定するCAM(サボテン、リュウゼツランなど)があります。
1分子のCO2を固定するのにATPやNADPHを何個使うのかを計算すると、C3植物は、CO2の飽和濃度下でATP3個とNADPH2個です。もっとも通常のCO2濃度では、CO2固定反応をつかさどる酵素(ルビスコ)のCO2固定反応がO2付加反応によって阻害されます。O2が付加した際に生成するホスホグリコール酸はCBB経路を阻害するのでこれを速やかに解毒しなければなりません。さらに、ホスホグリコール酸にもエネルギーを使って固定した炭素が含まれますので、これをなるべ大量に回収するような経路が働くようになりました。これが葉緑体、ペロキシゾーム、ミトコンドリアの3種類の細胞小器官による光呼吸経路です。この経路の駆動にはかなりエネルギーを使います。特に高温環境や、乾燥して気孔が閉じ気味で葉の内部のCO2濃度が低い場合には、O2付加反応が相対的に大きくなるので光呼吸経路の駆動に使われるエネルギーが増大します。一方、C4植物はCO2濃縮経路を備えており、ルビスコに高濃度のCO2を供給するのでO2付加反応や光呼吸はほとんど起こりません。しかし、濃縮経路には2個のATPが余分に使われます。かけ流しの湯ではありませんが、ルビスコの周りに溢れるレベルのCO2を供給するにはATP2個では不足で、この1.3倍程度が使われているようです。CAM植物では有機酸の準備や液胞へのリンゴ酸の輸送にエネルギーが必要となります。
寒冷で湿潤な土地はほぼC3植物によって占められています。このような環境では、C3光合成がもっとも高い効率で行われています。乾燥環境で高温となる場合にはC3とC4が共存し、乾燥や高温がすすむとC4が多くなります。さらに乾燥が厳しくなるとCAMも多くなります。地球上の様々な環境で、C3、C4、CAM植物が共存しています。異なる炭素代謝系の植物が共存するような環境では、これらの代謝経路の効率にそれほどの差はないと考えられます。
巨視的な生産性の測定値も、これらの植物の生産性に大差がないということを示しています。キリンソウは小さいですが、リュウゼツランやウチワサボテンなどはサイズも十分大きくなります。Nobel(1991)の論文では、各光合成経路に必要なエネルギーの議論とともに、生産性も比較してあります。以下の純生産速度は1年間の光合成速度(総生産速度)から植物体の呼吸速度を差し引いた量で、植物体乾燥重量で表してあります。一年生草本の場合には収穫時のバイオマスそのものが純生産になります(厳密には枯れて落ちた葉などの重さなども足す)。Nobelの論文では、CAMのデータは地上部のみの評価になっています。地下部の生産も考慮すると、2割程度は大きくなるでしょう。C4植物のサトウキビ、ソルガム、トウモロコシ、C3のサトウダイコン、アブラヤシ、マツ、などの純一次生産のデータに、特に農地で栽培した場合のリュウゼツラン(Agave属、テキーラの原料)やウチワサボテンのデータは負けていません。なお、日本のイネの純生産の最高記録は2.6 kg乾燥重量 m-2 year-1です(岩城英夫 1979)。もっともこれは集約的な農業をやっていた時代の記録で、持続可能農法でどこまでこれに迫れるのかは今後の課題です。日本にも二期作をおこなっている地域があり、世界にはイネの三期作などが可能な地域もありますので、年間で考えるとイネは非常に生産性の高い作物と言えます。
純一次生産は一般には土地面積あたりで表します。ご質問には樹木の話も出てきますので、一言。大木で構成される森林では総生産速度は大きいですが、呼吸速度も大きく、純生産速度は若い森林には及ばない場合があります。この問題については登録番号3335をご覧ください。以下のデータはNobel(1991)から抜粋したものです。
純一次生産量 (kg 乾燥重量 m-2 year-1)
C3
サトウダイコン 3.0-3.4
アブラヤシ 4.0
キャッサバ 3.3-4.5
コムギ 3.0
スギ 4.4
C4
サトウキビ 5.0-6.7
ソルガム 4.7
トウモロコシ 2.6-4.0
CAM 地上部の生産性(地下部は評価していない、単位は kg 乾燥重量 m-2 year-1)
Agave mapisaga 2.5
A. tequilana 2.5
パイナップル 3.5
ウチワサボテン 1.8-2.0
栽培CAMの地上部の生産性 単位はkg 乾燥重量 m-2 year-1
A. salmiana 4.2
ウチワサボテン 4.5
参考文献
Nobel, P. (1991) Achievable productivities of certain CAM plants: basis for high values compared with C3 and C4 plants. New Phytol. 119: 183-205.
(https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1111/j.1469-8137.1991.tb01022.x)
岩城英夫 編著 (1979)「群落の機能と生産」 朝倉書店
寺島 一郎(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-03-28