質問者:
自営業
Marumaru
登録番号6133
登録日:2025-04-01
「桜とは何か」佐藤俊樹 河出書房 2025 のp.47で、「接ぎ木で殖やしたい木の枝を別の木の枝や株(台木)に接ぐが、接がれた方の遺伝子が混ざることがある。・・・この場合、多くは染井吉野になるが、いくつかは大島桜になる。」と書かれています。みんなのひろば
桜の接ぎ木で台木と穂木の遺伝子は混ざるのか
サクラの接ぎ木において、台木と穂木の遺伝子情報は混ざるのものでしょうか。また、混ざるとしたらどれくらいの頻度で起こるものかお教え下さい。
Marumaru 様
この度は日本植物生理学会・みんなのひろばにご質問をお寄せくださりありがとうございました。
いただきましたご質問につきましては、植物の接木研究で世界をリードされている京都大学大学院理学研究科教授 野田口理孝先生にご回答いただきました。
【野田口先生からの回答】
サクラの染井吉野は接木(接ぎ木)で増殖されていますので、遺伝情報が台木と混ざることも一定の頻度では起こっていることが予想されます。サクラの接木でどこまで調べられたことがあるかは分かりませんが、接木により2種の植物の遺伝情報が混ざることは知られています。一つの細胞の中で2種の植物に由来する遺伝情報が混ざる場合と、個々の細胞は2種の植物に由来はするが個体内の組織が2種の植物細胞が混合したキメラとなる場合があります。
まず、一つの細胞中に2種の植物に由来する遺伝情報が混ざる場合については、片方の植物の核ゲノムとオルガネラゲノム(葉緑体ゲノムとミトコンドリアゲノム)に、もう片方の植物のオルガネラゲノムが混合する場合が知られます。また、片方の植物の核ゲノムとオルガネラゲノムに、もう片方の核ゲノムが混合する場合が知られます。植物の接木をすると、2種の植物が接触する接木の境界面でこれらの現象が一定の頻度で起こります。この実験は、草本性のタバコを用いて行われました。タバコの接木苗を一つ作れば、接木面ではそのようなゲノム情報の混ざった細胞が数個以上はできるようです。ただし、そうした細胞を単離するためには、2種の植物のゲノムにそれぞれ異なる薬剤耐性遺伝子を導入しておいて、2種類の薬剤を含んだ寒天培地の上で、接木部位の組織スライスを培養し、偶発的にゲノムが混じった細胞を、細胞分裂を繰り返し起こして単離するといった技術が必要となります。そのような操作なく、偶発的にゲノムの混ざった細胞を植物体として得ることは、なかなか難しいのではないかと推察します。
次に、接木によって2種の植物の細胞が混合したキメラについて説明します。層キメラが有名です。植物はL1、L2、L3と3つの層構造を持ち、L1は表皮をなす表層、L2はその内側の層、L3はさらに内側の層となります。層キメラとは、例えばL1は片方の植物の細胞からなり、L2とL3がもう片方の植物の細胞からなるといった、層によって植物の由来が異なるキメラ植物のことをいいます。例えば、白茄子と赤茄子を接木して、皮の色だけ交換する場合や、果樹においても層キメラ植物が知られています。このような層キメラはどのように出現するのでしょうか。接木をして傷ついた組織を拡大して観察すると、2種の植物から新しく形成された細胞が、傷口を埋めるように入り組んで作られている様子を見ることができます。傷口にできる新たな細胞群はカルスと呼ばれ、傷を再生するために作られた赤ん坊のような未分化の細胞です。この細胞群は、組織の再生に用いられますが、時として新しい芽を作ることがあります。そうした新しい芽ができる際に2種の植物の細胞が混じり込むと、層ごとに種類の異なる層キメラが生まれることがあるという訳です。こうして生まれた層キメラは、挿木や接木によってクローン繁殖すれば維持することができます。ただし、次世代の種子をとって育てると、層キメラではなくなってしまいます。種子をなす生殖細胞が、L2細胞に由来するからです。すなわち、層キメラ植物の次世代は、L2細胞をなす側の植物になります。
なお、穂木と台木の間で、どちらがどちらに混ざるのかという方向性に偏りがあるのかは不明です。どちらも起こります。
=====
以上、ご参考になりましたでしょうか。まだまだ謎の多い接木現象ですが、両方向から混ざり得るなど大変興味深いことが起こっているのですね。
本コーナーでは植物のふしぎに関する質問を受け付けております。また不思議に思われたことがありましたらQ&Aコーナーをお訪ねください。
この度は日本植物生理学会・みんなのひろばにご質問をお寄せくださりありがとうございました。
いただきましたご質問につきましては、植物の接木研究で世界をリードされている京都大学大学院理学研究科教授 野田口理孝先生にご回答いただきました。
【野田口先生からの回答】
サクラの染井吉野は接木(接ぎ木)で増殖されていますので、遺伝情報が台木と混ざることも一定の頻度では起こっていることが予想されます。サクラの接木でどこまで調べられたことがあるかは分かりませんが、接木により2種の植物の遺伝情報が混ざることは知られています。一つの細胞の中で2種の植物に由来する遺伝情報が混ざる場合と、個々の細胞は2種の植物に由来はするが個体内の組織が2種の植物細胞が混合したキメラとなる場合があります。
まず、一つの細胞中に2種の植物に由来する遺伝情報が混ざる場合については、片方の植物の核ゲノムとオルガネラゲノム(葉緑体ゲノムとミトコンドリアゲノム)に、もう片方の植物のオルガネラゲノムが混合する場合が知られます。また、片方の植物の核ゲノムとオルガネラゲノムに、もう片方の核ゲノムが混合する場合が知られます。植物の接木をすると、2種の植物が接触する接木の境界面でこれらの現象が一定の頻度で起こります。この実験は、草本性のタバコを用いて行われました。タバコの接木苗を一つ作れば、接木面ではそのようなゲノム情報の混ざった細胞が数個以上はできるようです。ただし、そうした細胞を単離するためには、2種の植物のゲノムにそれぞれ異なる薬剤耐性遺伝子を導入しておいて、2種類の薬剤を含んだ寒天培地の上で、接木部位の組織スライスを培養し、偶発的にゲノムが混じった細胞を、細胞分裂を繰り返し起こして単離するといった技術が必要となります。そのような操作なく、偶発的にゲノムの混ざった細胞を植物体として得ることは、なかなか難しいのではないかと推察します。
次に、接木によって2種の植物の細胞が混合したキメラについて説明します。層キメラが有名です。植物はL1、L2、L3と3つの層構造を持ち、L1は表皮をなす表層、L2はその内側の層、L3はさらに内側の層となります。層キメラとは、例えばL1は片方の植物の細胞からなり、L2とL3がもう片方の植物の細胞からなるといった、層によって植物の由来が異なるキメラ植物のことをいいます。例えば、白茄子と赤茄子を接木して、皮の色だけ交換する場合や、果樹においても層キメラ植物が知られています。このような層キメラはどのように出現するのでしょうか。接木をして傷ついた組織を拡大して観察すると、2種の植物から新しく形成された細胞が、傷口を埋めるように入り組んで作られている様子を見ることができます。傷口にできる新たな細胞群はカルスと呼ばれ、傷を再生するために作られた赤ん坊のような未分化の細胞です。この細胞群は、組織の再生に用いられますが、時として新しい芽を作ることがあります。そうした新しい芽ができる際に2種の植物の細胞が混じり込むと、層ごとに種類の異なる層キメラが生まれることがあるという訳です。こうして生まれた層キメラは、挿木や接木によってクローン繁殖すれば維持することができます。ただし、次世代の種子をとって育てると、層キメラではなくなってしまいます。種子をなす生殖細胞が、L2細胞に由来するからです。すなわち、層キメラ植物の次世代は、L2細胞をなす側の植物になります。
なお、穂木と台木の間で、どちらがどちらに混ざるのかという方向性に偏りがあるのかは不明です。どちらも起こります。
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以上、ご参考になりましたでしょうか。まだまだ謎の多い接木現象ですが、両方向から混ざり得るなど大変興味深いことが起こっているのですね。
本コーナーでは植物のふしぎに関する質問を受け付けております。また不思議に思われたことがありましたらQ&Aコーナーをお訪ねください。
野田口 理孝(京都大学大学院理学研究科)
JSPP広報委員長
藤田 知道
回答日:2025-04-28
藤田 知道
回答日:2025-04-28