質問者:
一般
もっち
登録番号6136
登録日:2025-04-08
フクジュソウの毒性について調べていたところ、「全草毒」と書かれていました。しかし、フクジュソウの花には多くの昆虫が集まり、花粉を食べている様子も見られます。それを見て、「毒があるはずなのに、昆虫は大丈夫なのだろうか?」と不思議に思いました。みんなのひろば
全草毒の毒の範囲について
その後、昆虫の中には進化の過程で植物の毒に対する耐性を獲得した種も多く、毒のある植物を食べても平気な場合があると知りました。おそらくフクジュソウに集まる昆虫も、そうした耐性を持っているのだろうと考えました。
しかし一方で、「花粉に毒があることで、植物にとって何かメリットがあるのだろうか?」とも思い、もしかすると花粉には毒が含まれていないのかもしれないと感じました。
そこで質問です。フクジュソウの「全草毒」とは、具体的に植物のどの部分までを指すのでしょうか? 花粉にも毒が含まれているのでしょうか? ご教示いただけると幸いです。
もっち 様
この度は日本植物生理学会・みんなのひろばにご質問をお寄せくださりありがとうございました。
いただきましたご質問につきましては、植物が持つ多様な代謝物の合成や機能などの研究がご専門の京都大学 生存圏研究所 名誉教授 矢﨑一史先生にご回答いただきました。
【矢﨑先生からの回答】
今回のご質問ですが、生態学的なご興味からの質問と拝察しました。お話のレベルを分けて、順番に説明します。
一般に「植物の毒性」という場合には、人間にとっての毒性のことをさしています。一方、人など動物にとって毒性を示す化合物でも、昆虫にとっては毒とならないものもたくさんあります。人にとって猛毒のニコチンを貯めるタバコの葉が、スズメガの幼虫にとっては食材であるというのが良い例です。また、人にとって致死的な毒を有するトリカブトでさえ、アブラムシがつきますし、ハエやハチの仲間がトリカブトを加害することが知られています。逆に、人にとって大きな毒性を示さなくても、昆虫などにとって強烈な毒となる化合物もあります。農薬がその良い例です。野菜などの栽培現場で使われる農薬は、人と虫という生物種の違いで、100倍も1000倍も毒性発揮の機構が違う化合物を使っているわけです。こうした生物種による毒性の差を「選択毒性」といいます。
さて、フクジュソウ(キンポウゲ科)の持つ有毒成分は、シマリンやシマロールに代表されるトリテルペン化合物で、強心配糖体と呼ばれるグループです。これらは人間にとっては心臓機能に影響する有毒成分ですが、それが昆虫にとって毒成分となるかは別問題です。
次に「全草毒とは植物のどの部分までを指すのか」ですが、この「全草毒」という表現は、花、茎、葉、果実、根などの部位により含量の高低はあれども、大まかにどこにでも有毒成分が含まれている場合にこういいます。また単に花といっても、花弁、雄しべ、雌しべ、蜜腺などさまざまな「組織」から形成されていますが、フクジュソウのように本来食品ではないものの場合、各組織の有毒成分の含量を調べた例はほとんどないのが実情です。ただ、花粉は脂質やタンパク含量が高く、ミツバチをはじめとして花粉食をする昆虫もいます。選択毒性から考えて、昆虫は自分にとって毒性を示さない植物の花粉を利用していると考えられます。だからフクジュソウに訪花する昆虫がいて、進化上それらの種が生き残っていると考えられます。
花粉ではないですが、有毒成分を含む花から集めた蜂蜜によって人が中毒を起こしたという例は世界中で報告されています。これも選択毒性から考えるとありうる話です。
花粉に毒を持つことの植物にとってのメリットですが、トリカブトの花では蜜の方で似たような報告があります。トリカブトの蜜には毒成分(アコニチン)が含まれています。その含量が高くなるとハチの訪花頻度が低下するのだそうですが、送粉を助けるマルハナバチの方がこの毒性に対して寛容なので、送粉に役立たないハチを毒で選別しているのでは、という解釈がされています。
=====
以上、ご参考になりましたでしょうか。昆虫と花の種類ごとにいろいろな組み合わせが残っていて面白いですね。
本コーナーでは植物のふしぎに関する質問を受け付けております。また不思議に思われたことがありましたらQ&Aコーナーをお訪ねください。
この度は日本植物生理学会・みんなのひろばにご質問をお寄せくださりありがとうございました。
いただきましたご質問につきましては、植物が持つ多様な代謝物の合成や機能などの研究がご専門の京都大学 生存圏研究所 名誉教授 矢﨑一史先生にご回答いただきました。
【矢﨑先生からの回答】
今回のご質問ですが、生態学的なご興味からの質問と拝察しました。お話のレベルを分けて、順番に説明します。
一般に「植物の毒性」という場合には、人間にとっての毒性のことをさしています。一方、人など動物にとって毒性を示す化合物でも、昆虫にとっては毒とならないものもたくさんあります。人にとって猛毒のニコチンを貯めるタバコの葉が、スズメガの幼虫にとっては食材であるというのが良い例です。また、人にとって致死的な毒を有するトリカブトでさえ、アブラムシがつきますし、ハエやハチの仲間がトリカブトを加害することが知られています。逆に、人にとって大きな毒性を示さなくても、昆虫などにとって強烈な毒となる化合物もあります。農薬がその良い例です。野菜などの栽培現場で使われる農薬は、人と虫という生物種の違いで、100倍も1000倍も毒性発揮の機構が違う化合物を使っているわけです。こうした生物種による毒性の差を「選択毒性」といいます。
さて、フクジュソウ(キンポウゲ科)の持つ有毒成分は、シマリンやシマロールに代表されるトリテルペン化合物で、強心配糖体と呼ばれるグループです。これらは人間にとっては心臓機能に影響する有毒成分ですが、それが昆虫にとって毒成分となるかは別問題です。
次に「全草毒とは植物のどの部分までを指すのか」ですが、この「全草毒」という表現は、花、茎、葉、果実、根などの部位により含量の高低はあれども、大まかにどこにでも有毒成分が含まれている場合にこういいます。また単に花といっても、花弁、雄しべ、雌しべ、蜜腺などさまざまな「組織」から形成されていますが、フクジュソウのように本来食品ではないものの場合、各組織の有毒成分の含量を調べた例はほとんどないのが実情です。ただ、花粉は脂質やタンパク含量が高く、ミツバチをはじめとして花粉食をする昆虫もいます。選択毒性から考えて、昆虫は自分にとって毒性を示さない植物の花粉を利用していると考えられます。だからフクジュソウに訪花する昆虫がいて、進化上それらの種が生き残っていると考えられます。
花粉ではないですが、有毒成分を含む花から集めた蜂蜜によって人が中毒を起こしたという例は世界中で報告されています。これも選択毒性から考えるとありうる話です。
花粉に毒を持つことの植物にとってのメリットですが、トリカブトの花では蜜の方で似たような報告があります。トリカブトの蜜には毒成分(アコニチン)が含まれています。その含量が高くなるとハチの訪花頻度が低下するのだそうですが、送粉を助けるマルハナバチの方がこの毒性に対して寛容なので、送粉に役立たないハチを毒で選別しているのでは、という解釈がされています。
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以上、ご参考になりましたでしょうか。昆虫と花の種類ごとにいろいろな組み合わせが残っていて面白いですね。
本コーナーでは植物のふしぎに関する質問を受け付けております。また不思議に思われたことがありましたらQ&Aコーナーをお訪ねください。
矢﨑 一史(京都大学生存圏研究所)
JSPP広報委員長
藤田 知道
回答日:2025-04-28
藤田 知道
回答日:2025-04-28