一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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自家不和合性におけるイレギュラーの可能性

質問者:   高校生   アクチン上キネシン様の生物
登録番号6187   登録日:2025-06-02
突飛な質問であることは自覚していますがお答えしただけると幸いです。
授業で自家不和合性をした際、詳しくは説明していただけなかったため、キャンベルを読んだところ動物に於ける免疫での自己非自己の仕組みと同じと書いていましたがその仕組みについては書いていませんでした。(何回か見直したので見落としはないと思います。)
そのためこのサイトの登録番号0833 番の質問を見たのですが、
AaBb個体において、めしべ側がAB、おしべ側がabの様な減数分裂が起きた際に自家不和合性に矛盾が生じることはありますか?
確率的にはほぼ0であることは分かっていますが教えていただけると幸いです。
そして図々しいとは思いますが、もし理解が異なっていた場合、再度説明して頂けませんか。お願いします。
アクチン上キネシン様の生物 様

このたびは、日本植物生理学会「みんなのひろばQ&A」にご質問いただき、ありがとうございました。また回答までお待たせして申し訳ございませんでした。

今回いただきましたご質問については、植物の生殖、特に自家不和合性の研究において第一人者である、東北大学の渡辺正夫先生にご協力をお願いしました。渡辺先生より、自家不和合性についてとても詳しく解説いただいています。
少し難しいところがあるかもしれませんが、ご自身で調べながら読み進めていただけますと、アクチン上キネシン様の生物さんの理解がぐんと深まるのではないかと思います。

それでは、以下が回答になります。

【渡辺先生の回答】

アクチン上キネシン様の生物 さんへ

 植物Q&Aに質問頂き、ありがとうございます。アブラナ科植物の自家不和合性を研究している東北大の渡辺と言います。渡辺から疑問の点について回答します。

 手元にキャンベルの教科書がないので、どの様な説明がされているか、分かりませんが、自家不和合性について、順番を追って説明します。

 いくつかの例外を除いて、自家不和合性は1つの遺伝子座(遺伝子が染色体上に存在する位置)で制御されています。この遺伝子座上に3つ以上の対立遺伝子が存在していることから、S複対立遺伝子系で自家不和合性が制御されているともいわれます。高校で学ぶ遺伝学の場合、顕性対立遺伝子(A)と潜性対立遺伝子(a)の2つの対立遺伝子という事例がほとんどかと思います。そのため、AA, Aaの表現型はAとなり、aaはaとなりますね。ところが、自家不和合性の場合、3つ以上、実際にハクサイ、カブの仲間の場合、30-50種類くらいのS対立遺伝子があります。それぞれの対立遺伝子をS1, S2, S3, .... Snと表記をします。ですから、質問にあるA, Bという2つの遺伝子座で制御されていることは希なので、Aか、Bのどちらか1つのS遺伝子座にある遺伝子で自家不和合性が制御されているとイメージするということです。

 次に、自家不和合性というくらいですから、野原に生えているカブの仲間を1個体取ってみると、S対立遺伝子はヘテロ接合体になります。つまり、S1S2とか、S3S5のようになります。ここでは、説明のために、S1S2という組合せの植物体を考えます。自家不和合性はめしべと花粉とでS対立遺伝子が一致したとき、もっとわかりやすく言えば、S対立遺伝子の番号が一致したら、不和合性となり、種子が形成されません。花粉は減数分裂した単数体(n)なので、花粉にはS1か、S2のいずれかの不和合性を制御する対立遺伝子が含まれます。それに対して、花粉と相互作用を起こすめしべは卵細胞などを除いて、減数分裂をしていないので、二倍体(2n)のままです。つまり、めしべ先端で花粉を受容する柱頭などは、S1S2というS1とS2両方の性質を示します。このような理由から自分の花粉(S1または、S2)を自分のめしべに交雑すると、花粉とめしべでS対立遺伝子が一致することから自家不和合性になります。

 実際にはS対立遺伝子間で顕潜性、共顕性などがあり、複雑なのですが、それらについてはここではふれません。顕潜性が起きて潜性になると、そのS対立遺伝子が機能しなくなると思われるかもしれないですが、潜性のS対立遺伝子のホモ接合体でも自家不和合性という性質は失いません。

 大事なポイントは、花粉は減数するので単数体で2つのS対立遺伝子のうち、どちらかのS対立遺伝子を持っています。一方、めしべは二倍体なので、2つのS対立遺伝子の両方を持っています。だから、自家受粉をすると、不和合性になるということです。これで理解が進んだでしょうか。

 ここまで回答を書きながら、質問者の「アクチン上キネシン様の生物」さんが、何故、2つの遺伝子座モデル(AaBb個体)からスタートしたのだろうかと、考えて見ました。もしかしたら、Aを例えば、花粉側で機能する自家不和合性因子、Bをめしべ側で機能する自家不和合性因子と考えたのではないかと思うようになりました。最初のところで、自家不和合性の遺伝学モデルを説明するとき、1遺伝子座S複対立遺伝子系で制御されているといいました。このモデルは、1900年代前半に構築されました。2000年以降になって、色々な自家不和合性を制御しているS遺伝子の実態が解明されてきました。

 渡辺が研究しているアブラナ科植物の自家不和合性を例に挙げると、花粉側におけるS遺伝子と雌しべ側のS遺伝子は染色体上で極めて近接した位置に存在していて、雌雄のS遺伝子は1つのユニットを形成していることから、S対立遺伝子のことをSハプロタイプと呼ぶこともあります。つまり、遺伝学のモデルで考えると、1遺伝子座ですが、その遺伝子座上には花粉側におけるS遺伝子と雌しべ側のS遺伝子がセットで存在していて、同じS番号の時、不和合性になるということが分かってきました。雌雄のS遺伝子はセットで遺伝するので、「アクチン上キネシン様の生物」さんが考えているような2遺伝子のモデルではなく、アブラナ科植物の自家不和合性の場合、1遺伝子座で制御されているということになります。

 ちなみに、アブラナ科植物の自家不和合性の場合、花粉側のS遺伝子の実態(認識物質)は50個くらいのアミノ酸から構成される小さなタンパク質です。一方、めしべ側の認識物質は花粉の小さなタンパク質と結合でき(結合する部分を受容体といいます)、結合情報を細胞内に伝達するタンパク質から構成されています。このように、同じS対立遺伝子(同じS番号)の場合は、花粉由来の小さなタンパク質とめしべ側の受容体が結合できるので、自家不和合性になることが証明されています。もちろん、これだけで自家不和合性の全てを説明できるわけではないので、日夜研究を続けています。

東北大学大学院生命科学研究科
 教授 渡辺正夫
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以上となります。いかがでしたか。

本コーナーでは、植物に関する"ふしぎ"や素朴な疑問をお受けしています。また何か気になることがあれば、どうぞお気軽にご質問ください。今後とも「みんなのひろばQ&A」をよろしくお願いいたします。
渡辺 正夫(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPP広報委員長
藤田 知道
回答日:2025-07-02