一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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道端の新種

質問者:   会社員   ニチニチソウ
登録番号6235   登録日:2025-08-09
今回気になったことは、道端で植物の新種を発見することはできるのかということです。

通勤路の途中にある公園や道端などで自由に育つ植物が綺麗で、毎日それを見るのが楽しみになっています。
そんな中で、まだ誰も見つけていない植物が森林や山奥ではなく道端で発見されることはあるのかふと疑問に思いました。
教えていただけると幸いです。
ニチニチソウ様

 こんにちは。日本植物生理学会の植物Q&Aコーナーに寄せられたあなたのご質問「道端の新種」にお答えします。
新聞などで新種植物発見のニュースを見かけることがあります。それらは確かに「森林や山奥」で見つかることが多いのですが、「道端」などのごく身近な所から発見されることもあります。最近そのような例がありました。ハチジョウネジバナの発見です。2023年3月に神戸大学が発表したプレスリリースのタイトルは、「庭やベランダから新種⁉ 最も身近にみられるラン科植物「ネジバナ」の新種を発見」でした。プレスリリースによれば、この新種発見の経緯は次の通りです。

日本本土に分布するネジバナの仲間は、ネジバナの1種だけと考えられていたが、開花時期が通常のネジバナより早く、子房や花茎に毛を持たないネジバナがあることがわかり、新種である可能性が浮かび上がった。そこで、全国各地のネジバナを収集し、形態、開花時期、DNA情報などの多角的な視点から検討した結果、これらはネジバナの変異個体ではなく、新種と判明したので、ハチジョウネジバナと命名された。この新種は、ネジバナ同様、芝生や公園などの身近な環境でみることができ、庭やベランダに勝手に生えてきたものもある。

このようにして新種ハチジョウネジバナは発見されたということです。あなたが通勤の途中に見て楽しんでおられる道端でも新種が発見されることはありうると言ってもいいでしょう。身近な雑草には未発見の新種候補がたくさんあるとも言われています(本Q&Aコーナー登録番号1874をご覧ください)。しかし、新種を発見するのはとてつもなく大変です。種の問題を扱う分類学は私の専門外なので詳細を正確に述べることはできないのですが、ごく簡単に新種発見までの道のりを以下に紹介します。

日本の植物はほとんど調べつくされていて、今まで誰も見たことが無いような植物が見つかることはごく稀だそうです。新種の発見といっても、ハチジョウネジバナの例のように、一つの種と思われていたものの中に別の種とした方が適当なものがあったので、それを新種と認めたというような場合が多いようです。

一つの種から別の種を見つけ出すのも難しいことです。植物も人間と同じく個体差があるので、一つの種の中にもいろいろな変異があります。ある程度の幅の中の変異ならば種内変異として同一種として扱われますが、ある程度を超えた変異ならば別種と見なされます。ハチジョウネジバナの場合も、多くの専門家が長い年月をかけて日本中から集めた多数の標本について慎重に検討し、一つの種として括れない、二つのグループがあると結論し、従来ネジバナとされてきたものとは異なる方を新種としたのです。

では、種内変異と別種を分ける「ある程度」とは「どの程度」なのか。これは、研究者によって異なるようです。「種」の認識は研究者によって異なるのです(登録番号1237の「種とは何か?」)。どの形質に注目して分けるか、細かく分けるか大括りするか、考え方が研究者によって異なるのです。古い資料ですが、日本のタンポポの仲間をある研究者は22種に分け、別の研究者は15種としています。最新の研究では異なる見解が出されているかもしれません。従来の主に形態に基いた分類はこのような難しさを含んでいました。近年はDNA解析が用いられるようになり、分類しやすくなったようです。種とは何かについては登録番号5654「種の定義とは」もご覧ください。

さて、新種と判断したら、その先どうするか。新種を発表する人は、新種と判断した証拠となる標本を保管し、これに学名をつけます。とりあえず日本語での名前(和名)がつけられることが多いようですが、正式にはラテン語での名前をつける必要があります。ハチジョウネジバナが和名で、学名はSpiranthes hachijoensisです。学名のつけ方には厳密なルールがあります。そして、新種を見つけたという論文を書いて、発表します。発表後は、学会とか特別な委員会のようなものとかで、本当に新種なのかどうかを審査するようなことはありません。登録番号1365「学名の意味を知りたい。」によれば、命名者が「これは新種だ」と思えば、あるルールに従って命名、発表するだけで有効になります。後は他の研究者がそれに賛同してその名を使うか、それとも無視するか、だけの話です。

 新種(かもしれないもの)が道端で発見されることはありうるのですが、それを新種とみなすのはとても大変なのです。
竹能 清俊(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-08-25