一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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種子の休眠のばらつきについて

質問者:   高校生   はっぱ
登録番号6242   登録日:2025-08-14
種子は成熟とともに休眠し、それが冷めていくことで発芽していくと聞きました。
そこで疑問なのですが、タマネギなど同じ母体から取れた種子でも同じ時期に発芽したりしなかったりして休眠の深さにばらつきがあることがあるの思います。
休眠は、植物ホルモンのアブシシン酸とジベレリンの比で決まると調べました。その産生量や受容性に差が出ているということだと思いますが、そうした休眠解除の時期にばらつきができる仕組みはどんなもので、どこまでわかっているのか教えていただきたいです。
はっぱ 様

大変興味深い質問どうもありがとうございます。回答が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。実はこの問題には昔から興味をもっておりました。良い機会なので研究がどの程度進んでいるのか自分で調べ直しているうちに、非常に長い回答になってしまいました。一部、難しい所もあるかと思いますが、我慢して目を通していただければ幸いです。

【休眠の仕組み】
さて、種子の休眠は、種子を適切な時期(季節など)や条件下(湿度、日照など)で発芽させるための重要な仕組みと考えらます。ご指摘の通り、その仕組みのなかでジベレリンやアブシジン酸が休眠に対して拮抗的に作用することなどが明らかにされてきました。また、冬(=低温)を経験することで休眠が打破される仕組み、種子に当たる光の量や質に応じて発芽が誘導される仕組みなど、発芽時期を環境に応じて調節する様々な仕組みが分子レベルで明らかにされています。これらに関しては、教科書やネット上に情報がたくさんありますので、興味があれば調べてみてください。本コーナーでも例えば「種子の休眠」などのキーワードで検索すると様々な記事が出てきます。

※注釈※本コーナー登録番号5967の回答に詳しく説明されているように、一般に「タネ」と呼ばれるものには、一つまたは少数の種子を包んだ果実や、羽などの付属物がついた種子も含まれます(これらを総称して「散布体」と呼びます)。本稿では煩雑さを避けるため、厳密には「散布体」と呼ぶべきところで「種子」と記載している箇所がありますがご容赦ください。

【ベットヘッジ戦略】
発芽を「ばらつかせる」ことが子孫を残す上で有利かどうかについては、主に生態学的な立場から詳しく研究されており、環境変動(病原体、捕食者なども含む)の予測不可能性が高いほど、多様な種子(例えば休眠の深さや環境耐性などが異なる種子)を用意しておく戦略(ベットヘッジ戦略、リスク分散戦略)が長い目で見て有利であることが広く認められています。逆に、予測可能性が高い場合には「ばらつかせる」ことが不利になります。言い換えるなら、植物が状況に応じて「ばらつき」の大きさを調整することができれば、生存に有利になるということです。

以上は野生の植物に関する考察ですが、作物では、発芽が「ばらつく」形質は農業的見地からは「良くない」形質と見なされるので、栽培化の過程で極力排除されてきました。生理学者の立場から見ても、発芽がそろわない植物は実験材料として使いにくいという事情もあり、発芽の生理学的研究は主に作物や少数のモデル植物を対象に進められてきました。このようなわけで、発芽の時期を「ばらつかせる」ことの生態学的意義は認識されつつも、その仕組みに関する生理学的研究はまだ少ないのが実情です。

【位置情報による種子の作り分け】
休眠の深さが異なる種子を作る方法の一つとして、種子がつく花序内の位置によって種子の性質を変えるというやり方があります。実際、シソ科、イネ科を含む様々な系統の草本において、種子が作られた花序内の位置(根元か先端かなど)に応じて休眠の深さが変わることが報告されています。また、キク科のオナモミの果実内で、先端側に小さくて休眠が深い種子がひとつ、根元側には大きくて休眠が浅い種子がひとつ付きます(この現象については、ネット上で日本語の記事が色々とありますので、興味があれば検索してください)。

ヒユ科の塩生植物などで見られる種子の二型性も、一個体のなかに性質が異なる種子がつく良い例として研究されています。これらの植物が塩ストレスを受けると、種皮の色が薄く発芽しやすい種子に加えて、種皮が黒く休眠が深い二種類の種子を作ります。前者はある程度の塩耐性を持ちすぐに発芽しますが、これが失敗した場合に備えて地中に蓄えられた小さい方の種子が、環境の改善を待って発芽することにより生存の可能性を高めるわけです。残念ながら、塩生植物が種子を作り分ける仕組みはまだ良くわかっていないようですが、少なくとも一部の例では、花序の先端と基部で作られる種子のタイプに傾向があることが報告されています。

【発生プログラム】
以上の例から見えてくるのは、植物が「発生プログラム」に従い、位置や時期を手がかりに種子の性質に幅をもたせている(あるいは複数のタイプを作り分けている)という仕組みです。「発生プログラム」においては、位置や時期の情報を細胞に伝えるシグナル分子が重要な役割を果たします。本件で言えば、何らかのシグナル分子が花序の先端から根元に向かって濃度勾配を形成し、その濃度に応じて作られる種子の運命が決まる、といった機構が想定されますが、具体的にどのようなシグナル分子が働いて種子の性質が変わるのかに迫るような研究は、まだ行われていないようです。

【確率論的な仕組み】
上に述べた仕組みとは対象的に、植物がサイコロを振るようにして種子の性質や発芽時期を「確率論的」に決めているという考え方もあります。上に紹介したヒユ科の塩生植物においても、部分的にはこのような仕組みが働いているのではないかと想像されます。これは非常に魅力的な考え方なのですが、具体的な研究が難しい分野です。とはいえ、最近では興味深い研究結果が報告されていますので、以下に紹介します。

【エピジェネティック・モザイク】
エピジェネティック修飾という言葉を聞いたことがあるでしょうか。少し難しい話になりますが、DNAの塩基配列を変化させずに遺伝子の状態や機能を変化させる化学修飾が知られており、これらをエピジェネティック修飾と呼んでいます。通常、この修飾状態は細胞分裂を経て娘細胞にも受け継がれます。さて、この修飾の一つの特徴として、適当な条件下では(例えば修飾を増やす刺激が外から入った場合)、ある細胞では修飾がON、隣の細胞ではOFF、というような「確率論的」状況が生じます。もし修飾を受けるのが種子の休眠に関わる遺伝子であれば、これらの細胞から作られる種子の休眠状態も変わります。

キンポウゲ科のコダチクリスマスローズという植物において、エピジェネティック修飾の継承が不安定化すると、ラメット(同一の親個体から栄養生殖で生じた個体)間で、種子の性質に「ばらつき」が出ることが示されました。さらにシソ科のスパイクラベンダーでは、一つの株から伸びた枝ごとにエピジェネティック修飾の状態が異なり、これに応じて種子の重さなどが変わることが報告されています。これらの観察に基づき、植物の個体はエピジェネティック修飾の状態が異なるセクターからなり(エピジェネティック・モザイク)、それによって個体内で多様性が生まれる、という説が提唱されています。ただし、これらの植物において、どのような遺伝子の修飾状態がいつどこで変化して種子の性質が変わるのか、その具体的過程は不明です。ヒユ科の塩生植物でもこのような仕組みが一部で働いているのかもしれませんが、今のところ実験的証拠は無いようです。

【発芽時期のばらつきを制御する遺伝子】
以上は、はじめから性質(例えば休眠の深さ)が異なる種子を作り分けることで発芽時期を「ばらつかせる」仕組みになりますが、これとは別に、同じように作られた種子で発芽のタイミングを「ばらつかせる」仕組みが報告されました。ある研究グループが、モデル植物であるシロイヌナズナの種子の発芽時期に「ばらつき」があることに注目し、まず、種子がついた花序内や鞘内の位置とその種子が発芽する時期の間に関係がないことを示しました。この結果は、発芽時期の「ばらつき」が「確率論的」に決められている可能性を示しています。次に、「ばらつき」の幅がシロイヌナズナの系統間で異なることを見出しました。これを受け、詳しい手法は省略しますが、この差を生み出している遺伝子を特定することに成功しました。その結果は非常に興味深く、アブシジン酸に対する感受性に関わる遺伝子でした。

【発芽を指令するモデル回路】
ご存知の様にアブシジン酸は種子の休眠を促進する植物ホルモンですから、アブシジン酸に対する感受性が上がれば発芽が全体として遅くなることは何となく想像できますが、なぜ「ばらつき」まで大きくなるのでしょうか。同研究グループはこの問に答えるため、ジベレリンとアブシジン酸の間の相互作用にもとづいたモデル回路を構築し、その性質をシミュレーションにより詳しく調べました。その結果、同回路が発芽と休眠のどちらかに傾くスイッチ(双方向スイッチ)として機能し、モデル回路内でアブシジン酸に対する感受性を上げると、発芽時期の「ばらつき」が大きくなることが確認されました。

なおこのモデル回路は、はっぱさんが見つけた「休眠は、アブシシン酸とジベレリンの比で決まる」という知見を反映させた内容になっています(単純に比で決まるモデルではありませんが)。概略は以下の通りです。1)アブシジン酸;発芽阻害物質を増やし、自身を増やし、ジベレリンを減らす。2)ジベレリン;発芽阻害物質を減らし、自身を増やし、アブシジン酸を減らす。3)発芽阻害物質;その量が閾値を下回ると発芽する。4)回路を構成する各過程は自発的なノイズ(ゆらぎ)の影響を受ける。以上の関係を数式で表し、数値シミュレーションを行います。なお、モデルに組み込まれたアブシジン酸とジベレリンの相互作用は、これまでの実験生理学の結果にもとづいたものです。

【ノイズにより駆動される発芽】
上記の双方向スイッチがどの様に「ばらつき」をもたらすかをもう少し詳しく解説します。成熟した種子では全ての種子が発芽OFFの状態にあり、やがて発芽に適した条件が整い始めると(モデル的には外部からのジベレリン供給を上げていくと)スイッチはONに切り替わります。この時に、モデル回路内で対アブシジン感受性を上げると、回路は「確率論的」なノイズ(ゆらぎ)の影響を受けやすくなり、全ての種子で同時に発芽ONになるのではなく、一部の種子のみでONになるという状況が生じます。これがだらだらと続くことで集団全体としては発芽の時期に大きな幅がでます。すなわち植物は、種子に組み込まれた双方向スイッチがもつ不安定性(=ノイズ応答性)を利用して、発芽時期を「ばらつかせて」いるわけです。

【まとめ】
本稿をまとめると、発芽を「ばらつかせる」ことには生態学的な意義があり(生態学)、それを実現する生理学的な仕組みとして、1)「発生プログラム」にもとづき種子を作り分ける(発生学)、2)エピジェネティック・モザイク構造により種子の性質を変える(遺伝学)、3)休眠/発芽を切り替える双方向スイッチにノイズを拾わせる(システム生物学)、ことが提唱されています(これらの仕組みは排他的ではなく組み合わせ可です)。どの説についてもまだ不明な点が多く残されていますが、今後の研究により詳細が明らかにされることを願います。また、これらとは別の仕組みが将来明らかになるかもしれません。

最後になりますが、生理学者の盲点をつくような質問をしていただき本当にありがとうございました。私としても大変勉強になりました。特に、生態学、発生学、システム生物学、遺伝学など多方面からの取組みがなされていることを知り改めて感心しました。若い方々には、これまであまり注目されなかった生理現象に目を向け、生理学の分野をさらに広げていただければと思います。
長谷 あきら(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-10-19