一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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非硫黄紅色光合成細菌について

質問者:   高校生   P1班
登録番号6250   登録日:2025-08-25
高校の探究型学習で光合成細菌に関して研究しています。現在、市販の非硫黄紅色光合成細菌を用いて実験を行っているのですが、細菌についての情報が少なく困っています。そこで、非硫黄紅色光合成細菌の基礎知識として、有機物を電子供与体とする光合成の反応式や、光合成における二酸化炭素の吸収について教えていただきたいです。
P1班 さま

みんなのひろば、植物Q&Aに質問をお寄せくださりありがとうございます。

紅色非硫黄細菌といっても様々な種があり、生育様式(光独立栄養か光従属栄養か;嫌気性か好気性か)、利用できる有機物、細胞内代謝も多様です。また、同じ種でも由来(株、strain)で生育様式(ひいては細胞内代謝)が異なることがあります。光合成細菌の培養や有機物の利用に関しては、低温科学第67巻「光合成研究法」(2008)1-1章「光合成細菌」を参照してください(Webで公開されています。「低温科学」+「光合成研究法」で検索するとすぐに見つかります)。

1)有機物を電子供与体とする光合成の反応式
高校生物の教科書に載っている光合成の反応式、すなわち、二酸化炭素と水から炭水化物と酸素ができる、のようなものを知りたいということかと思います。残念ながら、そのようなものはありません。
紅色非硫黄細菌は、光合成以外にも、酸素呼吸、発酵、脱窒などのエネルギー代謝経路を複数併せ持っています。また、植物と異なり、光合成の電子伝達系は直線状(リニア)ではなく、循環的(サイクリック)です。これらのエネギー代謝はすべて単一の細胞内で行われており(原核生物なので細胞内器官はありません)、相互に関係し合っています。
教科書に載っている植物の光合成の反応式は、優に100を超える反応を無理矢理ひとつにまとめたものです。紅色硫黄細菌については、高校生物の参考書に反応式が載っていますが(水の代わりに硫化水素を電子供与体として利用)、そこまで単純ではありません。
かなり専門的ですが、下記の文献が参考になるかと思います(Webで公開されています)。

永島賢治
「紅色光合成細菌における反応中心への電子供与体の多様性」
光合成研究 17巻2号 29-35 (2007)

2)光合成における二酸化炭素の吸収
水中では、二酸化炭素(CO2)の拡散速度が大気中の1/10000程度です。また、CO2は水和されると重炭酸イオン(HCO3-)に、アルカリpHでは炭酸イオン(CO32-)になります。それぞれの反応のpKaは6.4と10.3なので、中性pHでは重炭酸イオンが主要なCO2溶存状態です。このため、水生の単細胞光合成生物の多くが、重炭酸イオンを吸収し、これをCO2に変換して光合成に利用します。
しかし、CO2の水和速度が遅いため(触媒定数*k*cat= 毎秒0.1回)、水生の単細胞光合成生物は炭酸脱水酵素(カルボニックアンヒドラーゼ)を利用してCO2を得ています。
炭酸脱水酵素の反応
CO2 + H2O ⇔ H+ + HCO3-
炭酸脱水酵素の反応は、CO2の自発的な水和より10の6乗~7乗倍速く、速やかに重炭酸イオンを生成します。
紅色非硫黄細菌も細胞内に炭酸脱水酵素をもっており、細胞膜中の輸送体の働きで細胞内に取り込んだ重炭酸イオンをCO2に変換し、光合成に利用します。一部の紅色非硫黄細菌(*Rhodopseudomonas palustris*)は、ペリプラズム(グラム陰性菌の細胞膜と細胞外膜に囲まれた空間)にも炭酸脱水素酵素をもっています。

まずは、現在お使いの紅色非硫黄細菌の種名を調べてみてはいかがでしょうか。
宮尾 光恵(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-09-03