質問者:
一般
片山
登録番号6255
登録日:2025-09-02
半農村地帯に住んでおり、良く植物を観察しています。みんなのひろば
葉緑素(体)分解の温度依存性
「みんなのひろば」では、葉の葉緑素について、いろいろな情報を教えて頂いていますが、梅や桃の実の緑も葉緑素によるものと聞いています。今年は異常気象(高温,少雨)のせいか、実の緑色がいつまでも抜けないに様に感じました。温度と葉緑素(体)分解の関係についてどのようなことが分っているのでしょうか?
片山 様
日本植物生理学会・みんなのひろば・「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。
回答が遅くなり申し訳ありません。このご質問について、まず、クロロフィル分解の専門家である北大低温研究所の伊藤寿先生に訊ねたところ、次のようなコメントをいただきました。「果実でも葉でも、クロロフィル分解を誘導する効果的な分子はエチレンですので、果実が緑のままで熟さない場合、エチレンの合成がうまく行われていないと予想できます。バナナやトマトに関する研究は多くあります。モモにおいてもエチレンと登熟の関係を示す論文があるようです。ただ、温度とクロロフィル分解を直接結び付けた研究については、見つけることができませんでした。」
ここから先は担当者寺島の文章です。
クロロフィル分解の意義は、葉の場合ですと落葉にともなう窒素栄養の貯蔵や再利用のためであると考えられています(落葉の意義については登録番号3626や登録番号5843をご覧ください)。葉緑体の中で、クロロフィルは単独には存在せず、葉緑体の光化学系IおよびIIのクロロフィルタンパク質複合体にはめこまれています。クロロフィルが単独に存在すると、光を受けた場合に活性酸素を発生しやすいためです。活性酸素については、「活性酸素」の名付親、浅田浩二先生の解説(登録番号0464や登録番号1118)をご覧ください)。クロロフィルタンパク質は、葉緑体に大量にあるので窒素資源として極めて重要です。通常、タンパク質の分解はタンパク質分解酵素がおこないますが、クロロフィルがタンパク質にはめ込まれているとタンパク質分解酵素がはたらくことができないようです。そこでまずクロロフィルが分解されます。分解過程でも、光を吸収し活性酸素を生成するような中間代謝産物を生じないような仕組みになっているようです。葉緑体にはクロロフィル/a/と/b/とが含まれます。クロロフィル/b/はクロロフィル/a/から作られ、それを担うクロロフィル/a/酸素添加酵素(オキシゲナーゼ)は、田中歩らによって1998年に見出されました(Tanaka et al. 1998)。クロロフィルの分解の際にも、クロロフィル/b/は一旦クロロフィル/a/に戻され、それからは同じ分解経路で分解されます。詳しくは伊藤先生の解説(伊藤 2025)をご覧ください。
現在、モモは人のために栽培されています。しかし、生態学的には、果実の変色には赤色で動物を誘因し種子を散布させるという意味があります(登録番号1668や登録番号4314も参照してください)。果実の成熟において重要な役割をはたす植物ホルモンであるエチレンがクロロフィル分解に関与するのは、果実の成熟と同調したクロロフィル分解のためだと思われます。したがって、クロロフィル分解の温度依存性は、果実成熟の温度依存性に支配されるのではないでしょうか。
羽山ら(2007)は、3年間にわたって気温の異なる茨城と熊本においてモモの成熟を比較しました。成熟の時期は温度によって早まるものの、成熟期間そのものは気温によって変化しませんでした。モモにおける種々の高温障害については、たとえば(藤井 2021)に詳しく述べられています。ここでは青色波長で測定したクロロフィルの分解(緑退)が、成熟の指標として用いられています。
参考論文(以下の論文は全て一般の方にも参照可能です。)
伊藤 寿(2025)秋の紅葉とクロロフィルの分解 /低温科学/ 83: 189-199
羽山 裕子 ら (2007)果実発育期間中の気温がモモ‘あかつき’果実の発育に及ぼす影響./園芸学研究/ 6:201-207.
藤井 雄一郎(2021)岡山県のモモ栽培における気象変動が生理障害発生に及ぼす影響の把握と対策技術の開発. /岡山県農林水産総合センター農業研究所研究報告/ 12:47-118.
Tanaka, A. et al. (1998) Chlorophyll /a/ oxygenase (CAO) is involved in chlorophyll /b/ formation from chlorophyll /a/. /Proceedings of National Academy of Science, USA/. 95: 12719-12723.
北海道大学低温研究所 伊藤寿先生 のアドバイスに感謝いたします。
日本植物生理学会・みんなのひろば・「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。
回答が遅くなり申し訳ありません。このご質問について、まず、クロロフィル分解の専門家である北大低温研究所の伊藤寿先生に訊ねたところ、次のようなコメントをいただきました。「果実でも葉でも、クロロフィル分解を誘導する効果的な分子はエチレンですので、果実が緑のままで熟さない場合、エチレンの合成がうまく行われていないと予想できます。バナナやトマトに関する研究は多くあります。モモにおいてもエチレンと登熟の関係を示す論文があるようです。ただ、温度とクロロフィル分解を直接結び付けた研究については、見つけることができませんでした。」
ここから先は担当者寺島の文章です。
クロロフィル分解の意義は、葉の場合ですと落葉にともなう窒素栄養の貯蔵や再利用のためであると考えられています(落葉の意義については登録番号3626や登録番号5843をご覧ください)。葉緑体の中で、クロロフィルは単独には存在せず、葉緑体の光化学系IおよびIIのクロロフィルタンパク質複合体にはめこまれています。クロロフィルが単独に存在すると、光を受けた場合に活性酸素を発生しやすいためです。活性酸素については、「活性酸素」の名付親、浅田浩二先生の解説(登録番号0464や登録番号1118)をご覧ください)。クロロフィルタンパク質は、葉緑体に大量にあるので窒素資源として極めて重要です。通常、タンパク質の分解はタンパク質分解酵素がおこないますが、クロロフィルがタンパク質にはめ込まれているとタンパク質分解酵素がはたらくことができないようです。そこでまずクロロフィルが分解されます。分解過程でも、光を吸収し活性酸素を生成するような中間代謝産物を生じないような仕組みになっているようです。葉緑体にはクロロフィル/a/と/b/とが含まれます。クロロフィル/b/はクロロフィル/a/から作られ、それを担うクロロフィル/a/酸素添加酵素(オキシゲナーゼ)は、田中歩らによって1998年に見出されました(Tanaka et al. 1998)。クロロフィルの分解の際にも、クロロフィル/b/は一旦クロロフィル/a/に戻され、それからは同じ分解経路で分解されます。詳しくは伊藤先生の解説(伊藤 2025)をご覧ください。
現在、モモは人のために栽培されています。しかし、生態学的には、果実の変色には赤色で動物を誘因し種子を散布させるという意味があります(登録番号1668や登録番号4314も参照してください)。果実の成熟において重要な役割をはたす植物ホルモンであるエチレンがクロロフィル分解に関与するのは、果実の成熟と同調したクロロフィル分解のためだと思われます。したがって、クロロフィル分解の温度依存性は、果実成熟の温度依存性に支配されるのではないでしょうか。
羽山ら(2007)は、3年間にわたって気温の異なる茨城と熊本においてモモの成熟を比較しました。成熟の時期は温度によって早まるものの、成熟期間そのものは気温によって変化しませんでした。モモにおける種々の高温障害については、たとえば(藤井 2021)に詳しく述べられています。ここでは青色波長で測定したクロロフィルの分解(緑退)が、成熟の指標として用いられています。
参考論文(以下の論文は全て一般の方にも参照可能です。)
伊藤 寿(2025)秋の紅葉とクロロフィルの分解 /低温科学/ 83: 189-199
羽山 裕子 ら (2007)果実発育期間中の気温がモモ‘あかつき’果実の発育に及ぼす影響./園芸学研究/ 6:201-207.
藤井 雄一郎(2021)岡山県のモモ栽培における気象変動が生理障害発生に及ぼす影響の把握と対策技術の開発. /岡山県農林水産総合センター農業研究所研究報告/ 12:47-118.
Tanaka, A. et al. (1998) Chlorophyll /a/ oxygenase (CAO) is involved in chlorophyll /b/ formation from chlorophyll /a/. /Proceedings of National Academy of Science, USA/. 95: 12719-12723.
北海道大学低温研究所 伊藤寿先生 のアドバイスに感謝いたします。
寺島 一郎(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-10-06
