一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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根に酸素を与える灌水の科学的根拠有無について

質問者:   会社員   わぁい
登録番号6284   登録日:2025-11-25
園芸用品のうち「粒を撒くだけで持続的に根に酸素が供給される」というものがあるそうです。この手の製品は過酸化カルシウムが主成分であり、それが土壌中で過酸化水素→酸素と分解されることをもって根に酸素が与えられるという仕組みのようです。

ところで、過酸化水素はオキシドールとして薬局などでも簡単に購入が可能ですが、これを薄めて樹木に灌水時などにかけることは、この製品と同じように根腐れなどを防ぐ効果が見込めるのでしょうか?それとも薄めるとはいえ直接オキシドールを植物にかけることは葉などを痛めることになり却って逆効果となるのでしょうか?

実験などに基づいた科学的根拠があれば是非お聞かせいただきたいです。また、オキシドール灌水が科学的に効果があるとして、その適当な濃度はどの程度かなども情報があればお聞かせください。
わぁい さま

みんなのひろば、植物Q&Aに質問をお寄せくださりありがとうございます。回答が遅くなってすみません。

過去に同様の質問があり、オキシドールの殺菌作用について回答されています(登録番号3883,オキシドール希釈水の潅水について)。土壌微生物に対する影響についてはこの回答をご参照ください。今回は、土壌の酸素濃度を上げるための過酸化水素(H2O2)水の灌水について回答させていただきます。

2018年の総説(文献1)によると、H2O2水で灌水して土壌中の酸素濃度を上げ、農作物の収量を上げる研究は、多様な畑作物(穀類、野菜、果樹)で行われています。H2O2水で灌水するとH2O2濃度に伴って土壌中の酸素濃度が上昇しますが、作物の生育が改良される濃度は170~800 mg/L(ppm)です(トウモロコシ、ダイズ、カボチャ、ワタ、メロン)。それ以上の高濃度では根が傷害を受け、生育は阻害されます。ただし、H2O2の最適濃度は、植物種、土壌の性質、灌水方法によって異なります。根腐れを起こしやすいキュウリ、ズッキーニ、トマトでは、13.6 ppm H2O2で根の発達が阻害されると報告されています。

H2O2水の灌水方法として、表面散布と地中散布の2種類が報告されています。地中散布の実験結果は、コムギで詳細に報告されています(文献2)。細かくなりますが、内容を要約します。この研究では、深さ40 cmのポットに土壌を入れ、灌水装置を使って土壌表面から15 cmの深さにH2O2水(600,800, 1000 ppm)を与えています。H2O2添加の40-60時間後には、ポット中の土壌全体の酸素濃度が最大値(添加前の1.3~1.5)に達しますが、4日後には元のレベルに戻っています。このようなH2O2添加を全生育期間(7ヶ月)に14回行うと、収量は、600, 800 ppmでそれぞれ15%, 25%増加、1000 ppmで3%減少しました。確かに効果はあるようですが、実際に畑で同様のことを行うのは難しいでしょうね。

H2O2水の土壌表面への散布は手軽にできますが、最適なH2O2濃度はやはり植物種と土壌の性質で異なるでしょう。地中散布に比べると、土壌中に浸み込むH2O2の量はかなり少ないと思われます。また、H2O2は揮発性なので、散布の途中で空気中に拡散し、葉から吸収される可能性が考えられます。

植物にとってH2O2はシグナルとして働いています。ひとつは病原体に対する防御機構(過敏感反応)で、病原体に感染すると防御のため自らH2O2を産生します。もうひとつは気孔の閉鎖で、水分不足や乾燥状態に陥ると、孔辺細胞内でH2O2を産生します。蒸散流に乗って根から地上部にH2O2が流入したり、気孔から葉内にH2O2が取り込まれると、これらの反応が誘発される可能性があります。

ご質問の樹木への灌水ですが、樹齢3年のアボカドでは、1000 ppm H2O2水を地中散布すると、葉の面積(総葉面積)と木部道管の直径が大きくなり、地上部の乾燥重量も増大したそうです(文献3)。上述のコムギの実験同様、大型のコンテナーに土壌を入れ、灌水10回に1回H2O2水を与えています(灌水は一日2-4回)。

樹木にH2O2水を表面散布するとしたら、H2O2濃度と散布頻度を色々試してみる必要があります。大きい樹木だと根が深く張っているので、水分吸収・養分吸収を活発に行っている部位にH2O2を行き渡らせるのは難しいかもしれません。むしろ、市販されている緩効性の過酸化カルシウム粒剤の方が手っ取り早いかもしれません。

なお、土壌酸素供給剤として過酸化水素水が市販されています。メーカーの説明によると、酸素供給にも使えますが、希釈率を下げて殺菌剤として使うケースが多いようです。
H2O2水の灌水に関する日本語の学術論文は見つかりませんでした。

文献1 Ben-Noah, I., Friedman, S.P. (2018) Review and evaluation of root respiration and of natural and agricultural processes of soil aeration.
Vadose Zone Journal 17, 1–47.
文献2 Wang, Y., Shi, W., Jing, B. and Liu, L. (2024) Modulation of soil aeration and antioxidant defenses with hydrogen peroxide improves the growth of winter wheat (Triticum aestivum L.) plants.
Journal of Cleaner Production*,* 435, 140565.
文献3 Gil M, Pilar M, Ferreyra E, Raúl, Barrera M, Cristián, Zúñiga E, Carlos, and Gurovich R, Luis. (2009). Effect of injecting hydrogen peroxide into heavy clay loam soil on plant water status, net CO2 Assimilation, biomass, and vascular anatomy of avocado trees.
Chilean Journal of Agricultural Research, 69, 97-106
宮尾 光恵(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2025-12-16