一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

ニリンソウのがく片の数の変異について

質問者:   教員   arijigoku
登録番号6291   登録日:2025-12-13
生徒がニリンソウのがく片の数の変異を調べたところ、5枚のものを標準として4~8枚の変異があるものを見つけました。
さらに、その変異が二輪のうち一輪目に多いことに気が付きました。50株くらいの調査ですが、ほとんどが一輪目で、二輪目は5枚のものでした。
少ない調査で確信には至っていませんが、「変異が一輪目に多い」ということが一般的な事実なのかどうか教えてください。
また、この件に関して研究していらっしゃる研究者の方がおりましたら紹介していただければ幸いです。
arijigoku 様

 興味深い質問、ありがとうございます。回答が年をまたいでしまい申し訳ありませんでした。この問題を実際に研究されている大阪大学大学院の北沢美帆先生に回答をお願いしたところ、大変詳しい回答をご用意いただけました。少し長くなりますが、以下に転記いたします。

【北沢先生の回答】
 私もイチリンソウ属を中心にキンポウゲ科の花器官の数のばらつき*1を調査したことがあり、ニリンソウの二輪目の花被片数*2は一輪目に比べてあまりばらつかない、という印象を持っています。一輪目と二輪目を分けてきちんと解析したことはないのですが、ばらつきに違いが生じる可能性は十分にあり、花発生のしくみからの説明も可能と考えています。

 形態のばらつきは、遺伝・環境・確率の三つの要素が絡み合って生じると考えられます。例えば、花発生が起こる場(花芽分裂組織)の大きさに応じて、生じる花器官の数が変化すると考えてみましょう(場が広ければ数が増えることは、直感的にも納得しやすいかと思います)。このとき、「花芽分裂組織のサイズと花器官数の関係は遺伝的に決まっているが、実際のサイズは温度などの環境要因によって決まる」と考えてみます。日当たりや風の当たり方などの環境要因は、個々の個体が生育するちょっとした場所の違いで変化しうるので、たとえ遺伝的背景が同じであってもばらつきが生じ得ます。さらに、生物現象には、細胞分裂の頻度や遺伝子発現の量がゆらぐような確率性が存在し、無視できないこともわかりつつあります。確率性については、日本植物学会の日本語解説BSJ-Reviewに特集がありますので、そちらもご覧いただければと思います(https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/archive.php#BSJ-Review-10A)。

 ニリンソウの一輪目と二輪目の違いは、花芽分裂組織の大きさと、花序内での位置の違いのいずれか、あるいは両方によって説明できるのではないかと思います。まず一つ目ですが、おそらく観察されたとき、花被片数が基本の数(ニリンソウの場合は「5」)から減る花は、増える花よりも少なかったのではないかと思います。これは、花の一番外側の花器官数のばらつきによく見られる傾向です。この「5から増えることは多いが、減ることは少ない」性質があれば、花芽分裂組織の平均的な大きさが一輪目よりも二輪目で小さいとき、「一輪目では6や7なども見られるが、二輪目ではほとんどが5になる」ことが起こり得ます。分裂組織の大きさは、花期の前期と後期で異なる可能性もありますし、二つ目に挙げた花序内での位置によって異なる可能性もあります。花序内での位置については、花を取り巻く葉などの器官や花序軸との位置関係によって花器官数が変化する例が知られています。有名な例はレンプクソウで、花序の先端にある頂花は四弁花ですが、側方に着く側花は五弁花です。キツネノテブクロなどでは、側花は五弁の左右相称花であるのに対し、花序の先端にはより多くの花弁を持つ放射相称花をつけることがあります(terminal peloria)。ニリンソウの一輪目と二輪目は、花序における位置が異なります。一輪目は3葉から成る総苞の中に咲きますが、二輪目は三つの総苞片の葉腋の一つに、2葉から成る小総苞*3がつき、その先に咲きます。花発生の段階で周囲に存在する器官の違いが、花芽分裂組織の大きさや形の違い、位置情報の違いとなって、花器官数の違いをもたらす可能性があります。

 最後に、生物学の他の分野や他の学問との関係を感じてもらえればと思い、花器官数のばらつきの研究史を簡単に紹介します。キンポウゲ科などの花器官数の分布については、1900年ごろ盛んに研究されていました。これは植物に対する興味というより、ダーウィンの進化論の検討という意味合いが強かったようです。統計学者として有名で、生物学においても相関係数などで名前を目にするピアソンや、メンデルの法則の再発見で知られるド・フリースも、キンポウゲ属の花弁数の分布を調査しています。

 植物学では、キンポウゲ科植物は分類や花の進化の議論において重要な位置を占めていました。リンネの時代から、花の構造は植物分類を議論する上で重要な形質でした。進化に関しても、祖先的な花は多数の構成要素をもっていたのか、それとも少数の要素をもっていたのか、といった議論をするうえで、多数の構成要素を持ち、多様な構造を示すキンポウゲ科の花は面白い存在だったのです。

 花の発生過程、特に花弁や萼片といった花器官の発生運命を決める遺伝的しくみ(ABCモデル、高校教科書にも載っているかと思います)は1990年ごろに明らかになりました。始めに解明されたのはシロイヌナズナやキンギョソウなど真正双子葉植物のコア系統ですが、その後様々に修正されながらも、基本的な仕組みは被子植物の広い範囲に適用できることが示されました。キンポウゲ科については主にクロタネソウ属を用いた分子生物学的実験がフランスや中国のグループによって行われており、特にABCのうちBクラス遺伝子について、花の構造の多様性や数の不安定性との関わりが議論されています。

*1 この回答では、variation を「変異」ではなく「ばらつき」と表現しました。突然変異 mutation との混同を避けるためです。variation については多様性という訳語も提案されていますが、多様性は diversity の訳語としても使用されるので、私は「ばらつき」の語を愛用しています。ただし、これは私のスタイルであり、生物学・植物学において一般的な用法というわけではありません。

*2 花器官の名称について、花被の形態が二型に分化している場合、外側の花被を萼、内側の花被を花冠、構成要素をそれぞれ萼片、花弁と呼びます。花被が形態的に分化しない場合、萼片と花弁ではなく、「花被片」と呼びます。研究者によっては二型の有無によらず外側の花被の構成要素を「萼片」と呼びますが、ここでは近年の一般的な用法に従って「花被片」と呼ぶことにします(参考:登録番号1219, 2963, 3309

*3 この小さな葉について、過去の文献では、苞/苞葉 bract(葉腋に花または花序をいだく葉。苞と苞葉は同義で使われることもありますが、苞葉の集合を苞と呼ぶこともあります)、小総苞 involucel(花序の部分的構造の基部に着く葉)といった名称が使われています。ニリンソウを含むイチリンソウ属の花序の構造には種を超えた共通性があり、同属のシュウメイギクではこの部位からさらに花序が分岐していくことから、小総苞の語を採用しました(参考:登録番号3023)。
======
北沢 美帆(大阪大学大学院)
JSPPサイエンスアドバイザー
長谷 あきら
回答日:2026-01-23