質問者:
教員
化学の時間
登録番号6299
登録日:2026-01-27
木材について、セルロースやリグニンの単離の論文は多数見かけますし、登録番号みんなのひろば
ヘミセルロースの単離
6085にもセルロースの抽出方法についての記載があります。しかし、ヘミセルロースの単離についてはあまり言及されていません。分解せずにヘミセルロースを高分子のまま単離(抽出)する方法はありますか。
化学の時間 様
興味深い質問、ありがとうございます。こちらの手違いにより回答が遅れてしまったことをお詫びします。長年にわたり植物生理学の立場から細胞壁の研究に携われ、現在は神奈川大学で特任教授をされている西谷和彦先生に回答をお願いしました。
【西谷先生の回答】
へミセルロースの大変重要で大きな問題点について、鋭いご質問を頂きありがとうございます。問題があまりにも大きいので、植物細胞壁の特性という観点に絞ってお答えします。
ヘミセルロースは、セルロース微繊維の表面に水素結合やファンデルワールス力で強固に吸着しています。一方、リグニンはヘミセルロースとはベンジルエーテル結合や、フェニールグリコシド結合、エステル結合などの共有結合で、セルロースとはベンジルエーテル結合やアセタール結合などの共有結合で連結し、リグニン–炭水化物複合体(LCC)として存在します。ですから、三者を分離するには共有結合と水素結合を切断しなければならず、その時点で本来のヘミセルロースの構造は崩れますので、天然に近い分子量や置換構造を保ったまま単離することは原理的に難しいことになります。
従来広く用いられてきたNaOHなどのアルカリ溶液による抽出法は水素結合やLCCを弱めてヘミセルロースを溶出させものですが、同時にグルクロノキシランなどの還元末端から鎖が順次分解するβ脱離反応や脱アセチル化が起こりやすく、分子量低下や構造変化を招きます。β脱離反応を防ぐために水素化ホウ素ナトリウムなどで多糖の還元末端のヘミアセタールを還元しておく方法もありますが、それ自体、多糖を変化させます。高濃度のアルカリ溶液を用いて低温で短時間に抽出する方法は寧ろ分解が少なく抽出効率も高い場合もあるようですが高濃度のアルカリ溶媒の除去が問題です。薬品を使わない熱水抽出(ハイドロサーマル処理)という方法もよく使われますが、高温下でヘミセルロース自身のアセチル基から生成する酢酸などにより加水分解が進み、オリゴ糖やフルフラールへ分解しやすい点が欠点です。その他、いろいろな方法が工夫されていますが、完全な方法はないようです。
これらの弱点を補う方法として、近年、深共晶溶媒による抽出法が期待されています。この方法は、コリン塩化物などの水素結合受容体と有機酸や尿素などの水素結合供与体からなる溶媒で、強い水素結合相互作用により細胞壁を膨潤させ、リグニンとの相互作用や細胞壁内の水素結合ネットワークを緩めてヘミセルロースを可溶化する方法です。DESに用いる化合物は低揮発性で比較的安全で、溶媒調製が簡単で再利用も可能です。似た原理の抽出法としてイオン液体を用いる方法がありますが、それよりもコスト面・環境面で有利とされています。木質バイオリファイナリーにおける新しい分離技術として期待されていますが、水素結合を切るだけでは溶出しないので、溶出するということは何らかの分解が起こっていると考えるべきです。実際にDES中でもβ脱離や加水分解反応による低分子化が起こることが報告されていますので、この方法もまだ、多く改善される点があり完全な方法ではありません。しかし、旧来のアルカリ法や熱水抽出法を補う方法として期待されます。
ヘミセルロースのアセチル基などの修飾基の分解を抑えて単離する方法として、特定のグリコシド結合を認識する酵素で特異的に切断して溶出する方法があります。比較的大きな断片が可溶化できる酵素があれば、有用な断片を未変性のまま取り出すことは原理的に可能です。リグニンのみを特異的に分解する酵素があれば理想的ですが、それは難しいようです。
ということで、分解せずにヘミセルロースを未変性の高分子のまま単離(抽出)する方法は残念ながら、まだ無いとお答えする以外にありません。上記の方法をうまく組み合わせて、完全な形に拘らず、利用しやすい形で単離する方法を目指すのが現実的かと思います。
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興味深い質問、ありがとうございます。こちらの手違いにより回答が遅れてしまったことをお詫びします。長年にわたり植物生理学の立場から細胞壁の研究に携われ、現在は神奈川大学で特任教授をされている西谷和彦先生に回答をお願いしました。
【西谷先生の回答】
へミセルロースの大変重要で大きな問題点について、鋭いご質問を頂きありがとうございます。問題があまりにも大きいので、植物細胞壁の特性という観点に絞ってお答えします。
ヘミセルロースは、セルロース微繊維の表面に水素結合やファンデルワールス力で強固に吸着しています。一方、リグニンはヘミセルロースとはベンジルエーテル結合や、フェニールグリコシド結合、エステル結合などの共有結合で、セルロースとはベンジルエーテル結合やアセタール結合などの共有結合で連結し、リグニン–炭水化物複合体(LCC)として存在します。ですから、三者を分離するには共有結合と水素結合を切断しなければならず、その時点で本来のヘミセルロースの構造は崩れますので、天然に近い分子量や置換構造を保ったまま単離することは原理的に難しいことになります。
従来広く用いられてきたNaOHなどのアルカリ溶液による抽出法は水素結合やLCCを弱めてヘミセルロースを溶出させものですが、同時にグルクロノキシランなどの還元末端から鎖が順次分解するβ脱離反応や脱アセチル化が起こりやすく、分子量低下や構造変化を招きます。β脱離反応を防ぐために水素化ホウ素ナトリウムなどで多糖の還元末端のヘミアセタールを還元しておく方法もありますが、それ自体、多糖を変化させます。高濃度のアルカリ溶液を用いて低温で短時間に抽出する方法は寧ろ分解が少なく抽出効率も高い場合もあるようですが高濃度のアルカリ溶媒の除去が問題です。薬品を使わない熱水抽出(ハイドロサーマル処理)という方法もよく使われますが、高温下でヘミセルロース自身のアセチル基から生成する酢酸などにより加水分解が進み、オリゴ糖やフルフラールへ分解しやすい点が欠点です。その他、いろいろな方法が工夫されていますが、完全な方法はないようです。
これらの弱点を補う方法として、近年、深共晶溶媒による抽出法が期待されています。この方法は、コリン塩化物などの水素結合受容体と有機酸や尿素などの水素結合供与体からなる溶媒で、強い水素結合相互作用により細胞壁を膨潤させ、リグニンとの相互作用や細胞壁内の水素結合ネットワークを緩めてヘミセルロースを可溶化する方法です。DESに用いる化合物は低揮発性で比較的安全で、溶媒調製が簡単で再利用も可能です。似た原理の抽出法としてイオン液体を用いる方法がありますが、それよりもコスト面・環境面で有利とされています。木質バイオリファイナリーにおける新しい分離技術として期待されていますが、水素結合を切るだけでは溶出しないので、溶出するということは何らかの分解が起こっていると考えるべきです。実際にDES中でもβ脱離や加水分解反応による低分子化が起こることが報告されていますので、この方法もまだ、多く改善される点があり完全な方法ではありません。しかし、旧来のアルカリ法や熱水抽出法を補う方法として期待されます。
ヘミセルロースのアセチル基などの修飾基の分解を抑えて単離する方法として、特定のグリコシド結合を認識する酵素で特異的に切断して溶出する方法があります。比較的大きな断片が可溶化できる酵素があれば、有用な断片を未変性のまま取り出すことは原理的に可能です。リグニンのみを特異的に分解する酵素があれば理想的ですが、それは難しいようです。
ということで、分解せずにヘミセルロースを未変性の高分子のまま単離(抽出)する方法は残念ながら、まだ無いとお答えする以外にありません。上記の方法をうまく組み合わせて、完全な形に拘らず、利用しやすい形で単離する方法を目指すのが現実的かと思います。
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西谷 和彦(神奈川大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
長谷 あきら
回答日:2026-03-12
長谷 あきら
回答日:2026-03-12
