質問者:
一般
U
登録番号6302
登録日:2026-02-01
ハルニレが好きでよく葉を押し花にしてコレクションしているのですが、コレクションしている過程でハルニレの個体により葉の分厚さが違うことに気が付きました。みんなのひろば
ニレの葉の厚さについて
薄い葉もあれば分厚いものもあり個人の観察の結果ですが、分厚い程虫による葉の食害が減っているようでした。
この葉の厚さというのはその土地に栄養が豊富か否かで変化するものなのか、寒暖差や太陽光の量によるのものなのか、食害の多さによるもの(去年は食害が多かったから今年は分厚い葉にしよう!という感じ)なのか等々どういった理由で葉の厚さが決まっている・変化しているのかが気になり質問させて頂きました。
ご回答頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。
U様
日本植物生理学会・みんなのひろば・「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。
葉の厚さが生育「光」環境によって異なることは良く知られており、日向の「陽葉」の方が日陰の「陰葉」よりも厚くなります。陽葉と陰葉に関しては、植物Q&Aにすでにいくつか回答がありますのでそれをご覧ください(たとえば、登録番号1165, 2366, 4839, 6075)。
陽葉と陰葉の形成には光環境が重要です。葉が形成される最中の光環境だけではなくそれ以前の光環境も効いてきます。太平洋側(茨城県北茨城市・小川学術参考林)のブナで「いたずら実験」をしたことがあります。落葉後にブナの冬芽を解剖すると次のシーズンの葉は細胞分裂をすでに終えています。日当たりのよい枝の冬芽には柵状組織の細胞層の数が2層の「陽葉」が準備されています。これらの葉が次のシーズンに展開する際に、枝に寒冷紗で作った袋をかけ、シーズン中に強い光にさらされないようにしました。枝は小さな冬芽をつけました。芽の中の葉を解剖すると柵状組織の細胞層数が1層の「陰葉」が準備されていました(Uemura et al. 2000)。太平洋側とわざわざ書いたのは、日本海側のブナの陽葉の柵状組織の細胞層数が1層のものがあるためです。「いたずら実験」は面白かったですが、やたらと時間を食うので一年生草本植物シロザを使った研究を進めました。成熟葉が明るい環境にあれば、展開中の葉が暗い環境にあっても柵状組織の細胞層数が2層の「陽葉」が作られます。逆に、成熟葉が暗い環境にあれば、展開中の若い葉が明るい環境にあっても「陰葉」が準備されます(Yano and Terashima 2001)。このように成熟葉の環境あるいは光合成生産が「陽葉」と「陰葉」の柵状組織の細胞層数を決めています。展開途中の葉には成熟葉からの情報が伝達されているのです。それでは、展開中の葉の光環境は効かないのでしょうか?実はたいへんよく効きます。葉の葉緑体の性質はおもにその葉の光環境が決めているようです。
食害について。たとえばお茶を例にとるとわかりやすいかもしれません。日当たりのよい場所で栽培したお茶はいがらっぽく苦くなります。一方、玉露などの甘みのある高級茶は寒冷紗の日陰で栽培します。苦みの成分はタンニンで昆虫の腸で作用し消化を妨げます。また、細胞壁を丈夫にするリグニンも陽葉の方が沢山含んでいます(乾燥重量当たりの物質量)。リグニンは丈夫で堅いので昆虫は好みません。タンニンやリグニンは量的防御物質と呼ばれており、厚い陽葉の方が食害が少ないというUさんの観察は正しいと思います。
植物が昆虫に食われると、その物理的な傷害と昆虫の唾液などが引き金となり、ダメージを受けたことを植物体内の近隣もしくは遠方の細胞に伝えます(全身性制御、登録番号4580をご覧ください)。情報を受信した細胞では害虫抵抗性物質を作ります。また、揮発性の匂い物質を放出し、その昆虫の天敵である昆虫を呼び寄せる場合もあります。昆虫側でも害虫抵抗物質の合成を阻害する仕組みをもつものがあります。まさに、植物と昆虫の生存をかけた分子レベルの緻密な攻防です(上村2025)。Uさんのお考えのように、食害の多かった翌年は防御物質を沢山作ることも落葉樹で明らかにされています。この「記憶」にはDNAのメチル化によるエピゲノミクスも関わっているのかもしれません。最近20年間のこの分野の研究の勢いを考えれば、まもなくこれらの分子機構がより詳細に明らかになるでしょう。
植物-害虫相互作用の分子機構について、東京理科大学上村卓矢先生の最新の解説を紹介します。なお、「植物科学の最前線」は、日本植物学会の日本語総説集です。残念ながら樹木については触れられていません。
上村卓矢(2025)植物-害虫相互作用の分子基盤。植物科学の最前線 16:196-203.
樹木の食害については「木本植物の被食防衛」共立出版(2023)という単行本があります。この本の編著者、北大名誉教授・小池孝良先生の文章をご覧ください。ハルニレについても書かれています。
小池孝良(2021)変動環境下の樹木の虫害と回避。兵庫生物16:37-41.
日本植物生理学会・みんなのひろば・「植物Q&A」に質問をお寄せくださり有難うございます。
葉の厚さが生育「光」環境によって異なることは良く知られており、日向の「陽葉」の方が日陰の「陰葉」よりも厚くなります。陽葉と陰葉に関しては、植物Q&Aにすでにいくつか回答がありますのでそれをご覧ください(たとえば、登録番号1165, 2366, 4839, 6075)。
陽葉と陰葉の形成には光環境が重要です。葉が形成される最中の光環境だけではなくそれ以前の光環境も効いてきます。太平洋側(茨城県北茨城市・小川学術参考林)のブナで「いたずら実験」をしたことがあります。落葉後にブナの冬芽を解剖すると次のシーズンの葉は細胞分裂をすでに終えています。日当たりのよい枝の冬芽には柵状組織の細胞層の数が2層の「陽葉」が準備されています。これらの葉が次のシーズンに展開する際に、枝に寒冷紗で作った袋をかけ、シーズン中に強い光にさらされないようにしました。枝は小さな冬芽をつけました。芽の中の葉を解剖すると柵状組織の細胞層数が1層の「陰葉」が準備されていました(Uemura et al. 2000)。太平洋側とわざわざ書いたのは、日本海側のブナの陽葉の柵状組織の細胞層数が1層のものがあるためです。「いたずら実験」は面白かったですが、やたらと時間を食うので一年生草本植物シロザを使った研究を進めました。成熟葉が明るい環境にあれば、展開中の葉が暗い環境にあっても柵状組織の細胞層数が2層の「陽葉」が作られます。逆に、成熟葉が暗い環境にあれば、展開中の若い葉が明るい環境にあっても「陰葉」が準備されます(Yano and Terashima 2001)。このように成熟葉の環境あるいは光合成生産が「陽葉」と「陰葉」の柵状組織の細胞層数を決めています。展開途中の葉には成熟葉からの情報が伝達されているのです。それでは、展開中の葉の光環境は効かないのでしょうか?実はたいへんよく効きます。葉の葉緑体の性質はおもにその葉の光環境が決めているようです。
食害について。たとえばお茶を例にとるとわかりやすいかもしれません。日当たりのよい場所で栽培したお茶はいがらっぽく苦くなります。一方、玉露などの甘みのある高級茶は寒冷紗の日陰で栽培します。苦みの成分はタンニンで昆虫の腸で作用し消化を妨げます。また、細胞壁を丈夫にするリグニンも陽葉の方が沢山含んでいます(乾燥重量当たりの物質量)。リグニンは丈夫で堅いので昆虫は好みません。タンニンやリグニンは量的防御物質と呼ばれており、厚い陽葉の方が食害が少ないというUさんの観察は正しいと思います。
植物が昆虫に食われると、その物理的な傷害と昆虫の唾液などが引き金となり、ダメージを受けたことを植物体内の近隣もしくは遠方の細胞に伝えます(全身性制御、登録番号4580をご覧ください)。情報を受信した細胞では害虫抵抗性物質を作ります。また、揮発性の匂い物質を放出し、その昆虫の天敵である昆虫を呼び寄せる場合もあります。昆虫側でも害虫抵抗物質の合成を阻害する仕組みをもつものがあります。まさに、植物と昆虫の生存をかけた分子レベルの緻密な攻防です(上村2025)。Uさんのお考えのように、食害の多かった翌年は防御物質を沢山作ることも落葉樹で明らかにされています。この「記憶」にはDNAのメチル化によるエピゲノミクスも関わっているのかもしれません。最近20年間のこの分野の研究の勢いを考えれば、まもなくこれらの分子機構がより詳細に明らかになるでしょう。
植物-害虫相互作用の分子機構について、東京理科大学上村卓矢先生の最新の解説を紹介します。なお、「植物科学の最前線」は、日本植物学会の日本語総説集です。残念ながら樹木については触れられていません。
上村卓矢(2025)植物-害虫相互作用の分子基盤。植物科学の最前線 16:196-203.
樹木の食害については「木本植物の被食防衛」共立出版(2023)という単行本があります。この本の編著者、北大名誉教授・小池孝良先生の文章をご覧ください。ハルニレについても書かれています。
小池孝良(2021)変動環境下の樹木の虫害と回避。兵庫生物16:37-41.
寺島 一郎(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2026-02-09
