質問者:
大学生
のぞみ
登録番号0845
登録日:2006-07-05
初めてご質問させて頂きます。二酸化炭素の吸収源
二酸化炭素を吸収する働きとしては、草本と木本のどちらのほうが効率よく吸収するのでしょうか?
また、地球温暖化を防止するためには、どちらがよく貢献してくれるのでしょうか?
草本と木本の違いとともに教えて頂けませんでしょうか。
のぞみ 様
草本、木本植物による二酸化炭素固定速度の見積もりは地球環境にとって重要な問題です。これについて、草原、森林それぞれについて、これまでにもこのコーナーで詳しく議論されています。その一つ(質問登録番号421に対する回答)を以下に採録しますので、これを読んでそれぞれの植物による光合成の地球環境への寄与について考えて下さい。
植物による二酸化炭素(CO2)の固定量(光合成量)は、固定した量から、植物体の成長、維持のために光合成産物を消費した量を差し引いた純固定量が、地球環境への影響などを評価するために用いられています。温帯常緑森林、温帯落葉森林、(自然の)温帯草原、農耕地での二酸化炭素純固定量の(地球全体での)平均値は、年間1平方メートル当り、それぞれ0.53, 0.50, 0.23, 0.28 kg 炭素と見積もられています(Whittakerら)。
農耕地での値は、充分に管理され、肥料なども与えられた環境で、一年生植物(作物)が二酸化炭素を固定している量に相当しますが、これが(自然の)草原と比べてあまり高くないのは、播種してから耕地を緑が覆い光合成が最大になるまでの間、面積あたりの光合成が低いためです。従って、道路の法面に植えられた草本植物による二酸化炭素固定量は、そこに植えられた植物種、その後の管理にもよりますが、播種後、数年を経て緑が地表面を全部覆う様になれば、温帯地域の森林の約2分の1程度と考えてよいと思います。
ご質問の中に“草本植物の葉の面積が小さいため、光合成量が少ないのではないか”とありますが、1平方メートル当りの葉の面積は温帯の常緑森林、落葉森林、温帯草原で平均してそれぞれ12, 5, 3.6平方メートルであり、森林に比べ草原の葉面積が極端に低いわけではありません。
地球環境に及ぼす二酸化炭素の影響から見て、二酸化炭素の年当りの純固定量ばかりでなく、二酸化炭素固定によって生産された有機物がどれだけの期間、植物体として、また、地中で有機物として保持されているか、についても考慮する必要があります。森林では二酸化炭素の固定産物は樹木に十年以上の単位で保持され、また樹木は草本に比べリグニンなど分解されにくい成分を多量に含んでいるため、例え樹木が台風などで倒れても簡単に微生物で分解されず、土壌有機物(腐植)として長い期間、有機物の形で保持されています。これに比べ、草本類は木本類に比べリグニン含量が低く、枯れた草は樹木と比べると微生物などで二酸化炭素に分解されやすく、土壌有機物として保持される期間が短くなります。そのため1年単位で考えた場合、草原の二酸化炭素の純固定量は森林の約2分の1ですが、10年以上の単位で考えた場合、大気の二酸化炭素濃度を低下させる(持続)効果は2分の1よりも低くなります。
以上は非常に一般的な、地球全体での二酸化炭素固定・循環の状態ですが、農水省で日本の草地、牧草地などでの二酸化炭素固定について広く研究をされてこられた袴田 共之 氏(現、浜松ホトニクス顧問)から、以下の詳細な解説を頂きましたので、ご覧下さい。
上に述べられた関係は、世界全体を代表するデーター、いわば世界の平均値を示していると考えてよいと思います。実際には、いろんな条件によりかなりの幅があって、場所が変わり、管理方法が変わると様子が違ってきます。そのような検討から法面の管理の可能性なども見えてきますので、以下ではそれをみておきましょう。
まず、草地の生態系をめぐる炭素の循環を測定したひとつの例を見てみます。自然草原の研究例で、土壌へ添加された炭素と土壌呼吸量とはほとんど等しくバランスしていることを示します(佐久間敏雄・梅田安治編著「土の自然史」p.178、北海道大学図書刊行会(1998))。
自然草原においては草本の落葉や根から毎年新たに土壌に追加される量(0.42 kg 炭素/m2/年)とほぼ等しい量の炭素が土壌呼吸として放出されます。それでも土壌中では毎年少しずつの炭素がフルボ酸、ヒューミン、腐植酸という分解しにくい土壌有機物に変化し、その蓄積量はそれぞれ2.3, 3.8, 3.8 kg 炭素/m2となっています。これらの炭素の滞留時間は数百年から数千年であり、ほとんど分解しないといってよいほどです。そして、土壌有機物のうちでは、生きた根や落葉などの分解しやすいもの(それぞれ,0.8, 0.5 kg炭素/m2)に比べ、これら難分解性のものが大変多いのです。分解しにくいため、すこしずつ添加されたものが年数を重ねるに伴って蓄積したのです。しかしながら、これらからも僅かずつですが、分解して土壌呼吸となって放出されていきます。
このように、世界で観測された例を見ますと、概して自然草原では、バランスしつつも土壌中に難分解性の土壌有機物を蓄積しているのが草原生態系の特徴です。ところが、バランスするかしないか、土壌に炭素をどれだけ蓄積するかなどは、ところによって違うことがあり、特に人工の放牧草地では様子が大きく違っています(木村眞人・波多野隆介編著「土壌圏と地球温暖化」p.109、名古屋大学出版会(2005))。
人工の放牧草地の著しい特徴は、草本の地上部、地下部から土壌に添加される量(それぞれ、0.3, 0.6 kg 炭素/m2/年)より、無機質土壌からの呼吸量がかなり多く(1.0 kg 炭素/m2/年)、他の部分からの呼吸を含めるとさらに多くなる(1.1 kg 炭素/m2/年)ということです。人工草地の場合には、このように土壌呼吸量が植物による固定量より多いことがむしろ普通です。これは、草地を作る時の耕起や牧草の収穫、肥料など管理作業の影響、それに放牧が行われると糞尿が落とされたりすることも影響して土壌微生物が活発になり土壌呼吸が多くなるためと考えられています。このように、固定量と土壌呼吸量との割合は、土壌の種類、草地のいろいろな管理方法によって異なるのです。
これらのことから、草地の炭素固定を考えるにあたって重要なことは、草本が固定した二酸化炭素を土壌呼吸によりたくさん分解して呼吸として空中に放出してしまう状況から、少しでも多く土壌有機物として土壌中に固定するように変える方策を考えることです。このことは、実は草地だけでなく農業全体に共通することです。
世界中をみると草原地帯の土壌には、炭素含量が多く黒い色をしたものが多いのです。北アメリカ中央部のプレーリー土壌、ウクライナからヨーロッパロシア南部のチェルノーゼム土壌、アルゼンチンなどのパンパ土壌などです。どれも穀倉地帯ですが、元来、自然草原が広がっていた地帯です。草地生態系への炭素の固定と呼吸とがほぼバランスしつつも、土壌中の分解しにくい有機物(腐植)として少しずつ蓄積したものが黒く見えるようになったのです。この地帯を黒土地帯とよぶ所以です。日本の黒ぼく土は火山灰に由来する土壌ですが、これもススキや芝、ササなどのイネ科植物がなければ、あのように黒い色、つまり炭素の多いことを示す色にはならなかったことがわかっています。
ですから、その炭素蓄積メカニズムを人為的に促進することができれば、いわゆる持続可能な草地(農耕地、そして道路の法面も)管理技術として地球温暖化の緩和に貢献でき、それらは、地球温暖化防止のために京都議定書の課題の先に展開されるであろう対策のひとつとして期待されます。その技術の多くは、今後の課題として新たな開発が待たれています。
袴田 共之(浜松ホトニクス顧問)
草本、木本植物による二酸化炭素固定速度の見積もりは地球環境にとって重要な問題です。これについて、草原、森林それぞれについて、これまでにもこのコーナーで詳しく議論されています。その一つ(質問登録番号421に対する回答)を以下に採録しますので、これを読んでそれぞれの植物による光合成の地球環境への寄与について考えて下さい。
植物による二酸化炭素(CO2)の固定量(光合成量)は、固定した量から、植物体の成長、維持のために光合成産物を消費した量を差し引いた純固定量が、地球環境への影響などを評価するために用いられています。温帯常緑森林、温帯落葉森林、(自然の)温帯草原、農耕地での二酸化炭素純固定量の(地球全体での)平均値は、年間1平方メートル当り、それぞれ0.53, 0.50, 0.23, 0.28 kg 炭素と見積もられています(Whittakerら)。
農耕地での値は、充分に管理され、肥料なども与えられた環境で、一年生植物(作物)が二酸化炭素を固定している量に相当しますが、これが(自然の)草原と比べてあまり高くないのは、播種してから耕地を緑が覆い光合成が最大になるまでの間、面積あたりの光合成が低いためです。従って、道路の法面に植えられた草本植物による二酸化炭素固定量は、そこに植えられた植物種、その後の管理にもよりますが、播種後、数年を経て緑が地表面を全部覆う様になれば、温帯地域の森林の約2分の1程度と考えてよいと思います。
ご質問の中に“草本植物の葉の面積が小さいため、光合成量が少ないのではないか”とありますが、1平方メートル当りの葉の面積は温帯の常緑森林、落葉森林、温帯草原で平均してそれぞれ12, 5, 3.6平方メートルであり、森林に比べ草原の葉面積が極端に低いわけではありません。
地球環境に及ぼす二酸化炭素の影響から見て、二酸化炭素の年当りの純固定量ばかりでなく、二酸化炭素固定によって生産された有機物がどれだけの期間、植物体として、また、地中で有機物として保持されているか、についても考慮する必要があります。森林では二酸化炭素の固定産物は樹木に十年以上の単位で保持され、また樹木は草本に比べリグニンなど分解されにくい成分を多量に含んでいるため、例え樹木が台風などで倒れても簡単に微生物で分解されず、土壌有機物(腐植)として長い期間、有機物の形で保持されています。これに比べ、草本類は木本類に比べリグニン含量が低く、枯れた草は樹木と比べると微生物などで二酸化炭素に分解されやすく、土壌有機物として保持される期間が短くなります。そのため1年単位で考えた場合、草原の二酸化炭素の純固定量は森林の約2分の1ですが、10年以上の単位で考えた場合、大気の二酸化炭素濃度を低下させる(持続)効果は2分の1よりも低くなります。
以上は非常に一般的な、地球全体での二酸化炭素固定・循環の状態ですが、農水省で日本の草地、牧草地などでの二酸化炭素固定について広く研究をされてこられた袴田 共之 氏(現、浜松ホトニクス顧問)から、以下の詳細な解説を頂きましたので、ご覧下さい。
上に述べられた関係は、世界全体を代表するデーター、いわば世界の平均値を示していると考えてよいと思います。実際には、いろんな条件によりかなりの幅があって、場所が変わり、管理方法が変わると様子が違ってきます。そのような検討から法面の管理の可能性なども見えてきますので、以下ではそれをみておきましょう。
まず、草地の生態系をめぐる炭素の循環を測定したひとつの例を見てみます。自然草原の研究例で、土壌へ添加された炭素と土壌呼吸量とはほとんど等しくバランスしていることを示します(佐久間敏雄・梅田安治編著「土の自然史」p.178、北海道大学図書刊行会(1998))。
自然草原においては草本の落葉や根から毎年新たに土壌に追加される量(0.42 kg 炭素/m2/年)とほぼ等しい量の炭素が土壌呼吸として放出されます。それでも土壌中では毎年少しずつの炭素がフルボ酸、ヒューミン、腐植酸という分解しにくい土壌有機物に変化し、その蓄積量はそれぞれ2.3, 3.8, 3.8 kg 炭素/m2となっています。これらの炭素の滞留時間は数百年から数千年であり、ほとんど分解しないといってよいほどです。そして、土壌有機物のうちでは、生きた根や落葉などの分解しやすいもの(それぞれ,0.8, 0.5 kg炭素/m2)に比べ、これら難分解性のものが大変多いのです。分解しにくいため、すこしずつ添加されたものが年数を重ねるに伴って蓄積したのです。しかしながら、これらからも僅かずつですが、分解して土壌呼吸となって放出されていきます。
このように、世界で観測された例を見ますと、概して自然草原では、バランスしつつも土壌中に難分解性の土壌有機物を蓄積しているのが草原生態系の特徴です。ところが、バランスするかしないか、土壌に炭素をどれだけ蓄積するかなどは、ところによって違うことがあり、特に人工の放牧草地では様子が大きく違っています(木村眞人・波多野隆介編著「土壌圏と地球温暖化」p.109、名古屋大学出版会(2005))。
人工の放牧草地の著しい特徴は、草本の地上部、地下部から土壌に添加される量(それぞれ、0.3, 0.6 kg 炭素/m2/年)より、無機質土壌からの呼吸量がかなり多く(1.0 kg 炭素/m2/年)、他の部分からの呼吸を含めるとさらに多くなる(1.1 kg 炭素/m2/年)ということです。人工草地の場合には、このように土壌呼吸量が植物による固定量より多いことがむしろ普通です。これは、草地を作る時の耕起や牧草の収穫、肥料など管理作業の影響、それに放牧が行われると糞尿が落とされたりすることも影響して土壌微生物が活発になり土壌呼吸が多くなるためと考えられています。このように、固定量と土壌呼吸量との割合は、土壌の種類、草地のいろいろな管理方法によって異なるのです。
これらのことから、草地の炭素固定を考えるにあたって重要なことは、草本が固定した二酸化炭素を土壌呼吸によりたくさん分解して呼吸として空中に放出してしまう状況から、少しでも多く土壌有機物として土壌中に固定するように変える方策を考えることです。このことは、実は草地だけでなく農業全体に共通することです。
世界中をみると草原地帯の土壌には、炭素含量が多く黒い色をしたものが多いのです。北アメリカ中央部のプレーリー土壌、ウクライナからヨーロッパロシア南部のチェルノーゼム土壌、アルゼンチンなどのパンパ土壌などです。どれも穀倉地帯ですが、元来、自然草原が広がっていた地帯です。草地生態系への炭素の固定と呼吸とがほぼバランスしつつも、土壌中の分解しにくい有機物(腐植)として少しずつ蓄積したものが黒く見えるようになったのです。この地帯を黒土地帯とよぶ所以です。日本の黒ぼく土は火山灰に由来する土壌ですが、これもススキや芝、ササなどのイネ科植物がなければ、あのように黒い色、つまり炭素の多いことを示す色にはならなかったことがわかっています。
ですから、その炭素蓄積メカニズムを人為的に促進することができれば、いわゆる持続可能な草地(農耕地、そして道路の法面も)管理技術として地球温暖化の緩和に貢献でき、それらは、地球温暖化防止のために京都議定書の課題の先に展開されるであろう対策のひとつとして期待されます。その技術の多くは、今後の課題として新たな開発が待たれています。
袴田 共之(浜松ホトニクス顧問)
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2006-07-05
浅田 浩二
回答日:2006-07-05