質問者:
教員
hiko-p
登録番号0907
登録日:2006-07-18
高校生物Ⅱの植物の窒素同化の学習において、周辺内容として硝化作用、窒素固定、脱窒素について授業します。窒素固定について
硝化作用は呼吸と化学合成を目的とし好気的条件で起こりやすい。
窒素固定は窒素化合物を得ることを目的とし、前出の根粒菌のレグヘモグロビンのこともありますし、嫌気的条件で起こりやすい。
脱窒素は有機物の酸化のために酸素を得ることを目的にしており、水田など嫌気的条件で起こりやすい。
このような理解でよいでしょうか。
また、このように簡単にまとめられるものでしょうか。
アゾトバクターは窒素固定を行うということですが、好気性細菌です。
好気的条件で窒素固定できるのでしょうか。
理解が違っているのか、なにか特別な仕組みがあるのでしょうか。
hiko-p 様
地球上での炭素の循環(植物光合成によるCO2固定と他の生物によるCO2への分解:炭素として年に約11億トン)に次いで重要な窒素の循環(N2の結合体窒素への固定と結合体窒素のN2への分解:窒素として年に約2.5 億トン)にも生物が大きく関与し、この循環過程は窒素肥料の効率や環境浄化にも大きく関与しています。
1)窒素固定反応と酸素との関係から考えてみます。生物によらないでN2をNH3(アンモニア)に還元する窒素固定反応は20世紀になって初めて工業的にできるようになりましたが、それでも触媒と高温、高圧を必要とします。生物はこの窒素固定反応を常温、常圧で進行させていますが、これにはATP、還元力の強いフェレドキシン(鉄イオウ蛋白質)、そして、窒素固定反応を触媒するニトロゲナーゼが必要です。ご質問にあります、アゾトバクター、根粒菌は共に酸素呼吸によって窒素固定反応に必要なATPを生産しています。しかし、ニトロゲナーゼは酸素があると不安定になり、酸素によって窒素固定反応は阻害されます。この矛盾をどのように解決し、これらの菌は窒素固定しているのでしょうか?アゾトバクターの場合、細菌の表面(原形質膜)に酸素呼吸系が結合し、ここで酸素を消費してATPを生産していますが、細胞表面に拡散してくる酸素がここで全部消費され、小さな細菌の内部に酸素が侵入しないようにしています。ニトロゲナーゼは酸素のない細胞の内部に局在し、ここで細胞の表面で生産されたATPを用いて窒素固定を行っています。根粒菌はダイズの根など、レグヘモグロビンを含む根粒細胞に共生していますが、レグヘモグロビンは酸素を強く捉えることができるため、根粒細胞の中の全酸素濃度(レグヘモグロビンー結合酸素+遊離酸素)は高いのですが、遊離酸素はゼロに近い濃度(~10-7 M)です。(ヒトの血液の場合、血液を水に置き換えますと、全酸素濃度はヘモグロビンを含む血液の僅か2.5%に低下しますが、遊離酸素の濃度は約100倍になります。この様に(レグ)ヘモグロビンは全酸素濃度を高めますが、遊離の酸素濃度を極端に低下させます。)根粒菌の原形質膜の呼吸系はこの低濃度の遊離酸素を消費してATPを生産しています。そしてアゾトバクターと同様、このATPを利用して遊離酸素のない細胞内部に局在するニトロゲナーゼによって窒素固定を進行させています。この様に小さな細菌でATP生産と窒素固定を離れたところで進行させ、酸素の必要性と酸素感受性の高いニトロゲナーゼ反応を両立させています。光合成をするシアノバクテリアにも窒素固定をする種があります。光合成によって発生する酸素が窒素固定を阻害するため、窒素固定専用の細胞(ヘテロシスト)にニトロゲナーゼを局在させ、光合成を行っている細胞からATPと 還元力をもらって、窒素固定を行っています。好気性の窒素固定菌は以上の様にして、酸素が窒素固定を阻害しないようにしています。嫌気性の窒素固定細菌は窒素固定に必要なATPを発酵など,酸素呼吸以外の系路によって生産しています。
生物ではNH3からアミノ酸に、更に蛋白質になって多種、多様な機能をもつようになるわけですが、ほんの僅か工業的に固定される窒素を除けば、地球の全ての生物のアミノ酸、蛋白質は、この好気性、嫌気性の窒素固定菌が固定したNH3に由来しています。現在までのところ、原核生物のみがN2を固定することができ、窒素を固定できない細菌、全ての真核生物は窒素固定細菌が固定したNH3に依存して生存していることになります。
2)硝化作用はNH3を酸素によって酸化しNO2-(亜硝酸塩)にする細菌、さらにNO2-をNO3-(硝酸塩)に酸化する細菌によって進行し、この酸化の過程で得られるエネルギーを利用して(光エネルギーを使わないで)CO2を固定しています(化学栄養細菌)。この反応の進行には酸素が必要であり、好気的環境でよく生育します。昔は、この細菌の作用による硝酸塩生産が、鉄砲の火薬原料を得る唯一の方法でした。
3)脱窒作用はNO3- → NO → N2O → N2の順に硝酸塩が還元され、脱窒菌は最終的にN2O, または、N2を放出します。これらの中間体が嫌気呼吸の電子受容体となって基質(有機物)を酸化しエネルギーを生産するため、嫌気的環境によく生育します。地球全体では脱窒作用は窒素固定と同じ速度で進行しているはずであり、脱窒作用がバランスよく進行しなければ河川、湖沼、海洋などに結合窒素が残ることにあり、環境汚染の原因になります。一方、農耕地に窒素肥料として硝酸塩を施用すると、水田のように嫌気的な環境では脱窒菌によって硝酸塩がN2として失われ、窒素肥料としての効果が低下します。そのため、水田では(他の理由もありますが)窒素肥料としてアンモニウム塩を用いています。
なお、NO(一酸化窒素)は動物でアルギニンから合成され、血管の拡張などのシグナル分子になっています。植物でもNOが生成し、シグナル分子なっていると考えられていますが、植物体内での合成経路はまだ確定的ではありません。
4)植物、細菌、カビは硝酸塩をアンモニウム塩に還元する系をもち、こうして得られたアンモニウム塩からアミノ酸を合成しています。これは硝酸塩同化とよばれる経路で硝化作用の逆反応ですが、動物にこの経路はありません。
地球上での炭素の循環(植物光合成によるCO2固定と他の生物によるCO2への分解:炭素として年に約11億トン)に次いで重要な窒素の循環(N2の結合体窒素への固定と結合体窒素のN2への分解:窒素として年に約2.5 億トン)にも生物が大きく関与し、この循環過程は窒素肥料の効率や環境浄化にも大きく関与しています。
1)窒素固定反応と酸素との関係から考えてみます。生物によらないでN2をNH3(アンモニア)に還元する窒素固定反応は20世紀になって初めて工業的にできるようになりましたが、それでも触媒と高温、高圧を必要とします。生物はこの窒素固定反応を常温、常圧で進行させていますが、これにはATP、還元力の強いフェレドキシン(鉄イオウ蛋白質)、そして、窒素固定反応を触媒するニトロゲナーゼが必要です。ご質問にあります、アゾトバクター、根粒菌は共に酸素呼吸によって窒素固定反応に必要なATPを生産しています。しかし、ニトロゲナーゼは酸素があると不安定になり、酸素によって窒素固定反応は阻害されます。この矛盾をどのように解決し、これらの菌は窒素固定しているのでしょうか?アゾトバクターの場合、細菌の表面(原形質膜)に酸素呼吸系が結合し、ここで酸素を消費してATPを生産していますが、細胞表面に拡散してくる酸素がここで全部消費され、小さな細菌の内部に酸素が侵入しないようにしています。ニトロゲナーゼは酸素のない細胞の内部に局在し、ここで細胞の表面で生産されたATPを用いて窒素固定を行っています。根粒菌はダイズの根など、レグヘモグロビンを含む根粒細胞に共生していますが、レグヘモグロビンは酸素を強く捉えることができるため、根粒細胞の中の全酸素濃度(レグヘモグロビンー結合酸素+遊離酸素)は高いのですが、遊離酸素はゼロに近い濃度(~10-7 M)です。(ヒトの血液の場合、血液を水に置き換えますと、全酸素濃度はヘモグロビンを含む血液の僅か2.5%に低下しますが、遊離酸素の濃度は約100倍になります。この様に(レグ)ヘモグロビンは全酸素濃度を高めますが、遊離の酸素濃度を極端に低下させます。)根粒菌の原形質膜の呼吸系はこの低濃度の遊離酸素を消費してATPを生産しています。そしてアゾトバクターと同様、このATPを利用して遊離酸素のない細胞内部に局在するニトロゲナーゼによって窒素固定を進行させています。この様に小さな細菌でATP生産と窒素固定を離れたところで進行させ、酸素の必要性と酸素感受性の高いニトロゲナーゼ反応を両立させています。光合成をするシアノバクテリアにも窒素固定をする種があります。光合成によって発生する酸素が窒素固定を阻害するため、窒素固定専用の細胞(ヘテロシスト)にニトロゲナーゼを局在させ、光合成を行っている細胞からATPと 還元力をもらって、窒素固定を行っています。好気性の窒素固定菌は以上の様にして、酸素が窒素固定を阻害しないようにしています。嫌気性の窒素固定細菌は窒素固定に必要なATPを発酵など,酸素呼吸以外の系路によって生産しています。
生物ではNH3からアミノ酸に、更に蛋白質になって多種、多様な機能をもつようになるわけですが、ほんの僅か工業的に固定される窒素を除けば、地球の全ての生物のアミノ酸、蛋白質は、この好気性、嫌気性の窒素固定菌が固定したNH3に由来しています。現在までのところ、原核生物のみがN2を固定することができ、窒素を固定できない細菌、全ての真核生物は窒素固定細菌が固定したNH3に依存して生存していることになります。
2)硝化作用はNH3を酸素によって酸化しNO2-(亜硝酸塩)にする細菌、さらにNO2-をNO3-(硝酸塩)に酸化する細菌によって進行し、この酸化の過程で得られるエネルギーを利用して(光エネルギーを使わないで)CO2を固定しています(化学栄養細菌)。この反応の進行には酸素が必要であり、好気的環境でよく生育します。昔は、この細菌の作用による硝酸塩生産が、鉄砲の火薬原料を得る唯一の方法でした。
3)脱窒作用はNO3- → NO → N2O → N2の順に硝酸塩が還元され、脱窒菌は最終的にN2O, または、N2を放出します。これらの中間体が嫌気呼吸の電子受容体となって基質(有機物)を酸化しエネルギーを生産するため、嫌気的環境によく生育します。地球全体では脱窒作用は窒素固定と同じ速度で進行しているはずであり、脱窒作用がバランスよく進行しなければ河川、湖沼、海洋などに結合窒素が残ることにあり、環境汚染の原因になります。一方、農耕地に窒素肥料として硝酸塩を施用すると、水田のように嫌気的な環境では脱窒菌によって硝酸塩がN2として失われ、窒素肥料としての効果が低下します。そのため、水田では(他の理由もありますが)窒素肥料としてアンモニウム塩を用いています。
なお、NO(一酸化窒素)は動物でアルギニンから合成され、血管の拡張などのシグナル分子になっています。植物でもNOが生成し、シグナル分子なっていると考えられていますが、植物体内での合成経路はまだ確定的ではありません。
4)植物、細菌、カビは硝酸塩をアンモニウム塩に還元する系をもち、こうして得られたアンモニウム塩からアミノ酸を合成しています。これは硝酸塩同化とよばれる経路で硝化作用の逆反応ですが、動物にこの経路はありません。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2006-07-25
浅田 浩二
回答日:2006-07-25