質問者:
教員
額鷹
登録番号0916
登録日:2006-07-21
主に高校生や浪人生に生物を教えていますが、その中で、繰り返し質問されることの一つに光屈性のしくみがあります。みんなのひろば
光屈性のしくみに関する2つの仮説
高校の教科書の多くは、オーキシンが光の当たらない側に移動する(コロドニー・ウェント説)と説明していますが、まだ証明されていない旨、注釈がついているものもあります。
また、副読本として使われる資料集・図説の中には、オーキシンを抑制する物質が光照射側にできる説(ブルインスマ・長谷川説)を紹介しているものもあります。
高校生・浪人生にとっては、2つの仮説があるというのは実感がわかないようで、ブルインスマ・長谷川説を見かけた学生が「どちらが正しいのか/有力なのか?」と質問にくるということのようです。
で、質問なのですが、ブルインスマ・長谷川説は、コロドニー・ウェント説と同じくらい有力な仮説として教えてよいのでしょうか?
テイツ/ザイガー「植物生理学」第3版(培風館)では、ブルインスマ・長谷川説について触れられておらず、その他、何冊か調べた範囲でも出てきませんでした。
これを見ると、コロドニー・ウェント説が有力仮説であって、ブルインスマ・長谷川説は例外的な話として無視されているようにも見えます。
植物種によるという結論になるのか、両者を統合するような仮説になるのか、一方が否定されるのか、将来は分かりませんが、現時点で、どのように説明するのが良いか、教えていただければと思います。
額鷹様
光屈性に関する質問にお答えします。ながらくお待たせしてすみませんでした。回答は光屈性の研究をなさっている大阪市立大学の飯野盛利先生にお願いしました。飯野先生は阻害物質が主要因であるという立場をとっておられませんが、私としては高等学校の教科書としてはどうあるべきかという観点も考慮し、専門家として最も客観的に判断いただける方として飯野先生にお願いしました。回答は植物生理学の教科書としても妥当な内容であると考えます。
光屈性の原因としては、仮想的に考えれば5つの可能性があります。
1)成長促進物質(この場合オーキシン)が陰側でより多く合成される。
2)促進物質が光側で分解される(IAA酸化酵素などで)。
3)促進物質の合成が光側で抑えられる。
4)促進物質が光側から陰側へ移動する。
5)光側で成長阻害物質が合成される。
さらに加えれば、阻害物質がもともとある量均等に存在するとして、陰側から光側への移動、陰側での合成の抑制など机上の理屈はいろいろ考えられます。植物生理学の研究のうえからは、これまでにいろいろ検討されてきて、WENT-CHOLODONYの説が世界的に受け入れられているのが現状です。現在、私の知る限り、外国の権威ある植物生理学の教科書では阻害物質の関与については全く触れられていません。日本の、しかも高校の教科書だけがそれに言及しているのは、私自身としてはあまり賢明であると思っていません。阻害物質が全く関係ないとはいえないかもしれませんが、オーキシンが主要因であることを否定する証拠は広く確認されていません。反対に、飯野先生も指摘されているいように、分子生物学的解析はW-C説を支持する方向にあります。一つの主流をなしてきた説が否定されるためには、いろいろな方面からの証拠と、否定の結果の別人による再現、別の系や材料による確認などの報告が必要です。残念ながら、現時点では、阻害物質説は個人の提案であり、間違っている、いないの問題とは別に、W-C説を否定するものではありません。したがって、高校レベルでの扱いは、もし言及したいなら、「日本の研究者の中には、こういう考えの人もいます」と余談程度の触れ方が妥当だと思います。
ご質問の内容は、高等学校教育に携わる先生方を悩ませていることと察します。光屈性をオーキシンの横方向への移動とそれによって生じる不均等分布によって説明するコロドニー・ウェント説は、半世紀以上、教科書の中心的な記載事項になってきました。近年、長谷川博士らが、オーキシン不均等分布の関与を否定し、それに変わって、成長阻害物質(インヒビター)の不均等分布が光屈性の原因になっていることを論じて以来、教科書の記載もその影響を受け始めていると思われます。歴史的にみれば、オーキシンの不均等勾配はオーキシンの横移動によるのではなくオーキシンの光分解の差によって生じるというGalstonらの反論、また、光屈性は光成長阻害の差によって生じるというイギリスの研究者の反論(もともとはコロドニー・ウェント説より古いBlaauwの説)があり、教科書の記載も、その度に影響を受けてきました。結果的には、いずれの場合も、コロドニー・ウェント説がより妥当であるという結論になりました。今回の長谷川博士らの主張は、新たな論争を引き起こしています。私は光屈性におけるオーキシンの関与を研究し、コロドニー・ウェント説を支持してきた当事者です。この問題へ回答すべきかどうか悩みましたが、教育の現場への責任も感じますので、質問への回答を引き受けることにしました。問題の本質から説く必要がありますので、回答は長くなります。ご了承ください。
光屈性をもたらす成長反応の本質:
光は暗所で育てた胚軸などの成長を阻害します。この阻害作用に基づいて、Blaauwは前世紀の初めに、光成長阻害の度合いが光照射側とその反対側で異なるため光屈性が生じるという説を唱えました。この説には、光はそれが当たった組織の成長を直接に抑制するという考えが含まれています。その後に提唱されたコロドニー・ウェント説では、光屈性は単なる成長阻害の差によるのではなく、成長の分配が変わることによって生じると考えられました。その根拠は、オートムギ幼葉鞘(切り取った先端部)の基部切り口から寒天片に溶出するオーキシンが光照射側で減少し、反対側で増加するというウェントの実験結果でした。コロドニー・ウェント説を単純に解釈すると、光照射側の成長は抑制され、影側の成長は促進されることが予測されます。しかし、オートムギ幼葉鞘などを用いた実験で、光照射側の成長阻害は観測されたのですが、影側の成長促進は明確にされませんでした。そのような結果から、イギリスの研究者によって、光屈性は成長阻害の差によるというBlaauwの説が、再び持ち出されることになりました。さて、光による伸長成長の阻害が光屈性とは別な反応である可能性は当然あるわけです。飯野(回答者)らは、この可能性を念頭にトウモロコシ芽生えを用いた実験を行い、光照射側の成長阻害と影側の成長促進を観測することができました(Iino and Briggs, 1984)。一方、イギリスの研究者もオートムギ幼葉鞘を用いて詳細な解析を行って、光屈性は2側面間における光強度の相対的な差が感知されて起こるという結論を得て、光成長阻害の差によるという考えを修正しました(Macleod, Digby and Firn, 1985)。以上の経緯から、光屈性は光成長阻害の差によるのではなく、光照射側と影側の間で成長分配が不均等になって生じるという考え方が最も支持されることになりました。
オーキシン不均等分布(切り口から寒天片に溶出するオーキシン)
上でも触れましたように、ウェントはオートムギ幼葉鞘先端部の切り口から溶出するオーキシンが光照射側で減少し、影側で増加するという結果からオーキシンは幼葉鞘の先端部で光照射側から影側に移動すると考えました(Went ,1928)。この結果は、その後、統計的な信頼性が低いと批判されましたが、ブリッグスはトウモロコシ幼葉鞘を用いて、より信頼性のあるデータを発表しました(Briggs, 1963)。教科書では、この結果がよく引用されてきました。また、ほぼ同時期に、アイソトープでラベルしたIAA(インドール酢酸)を用いて、オーキシンの横移動を支持する結果が報告されました。なお、IAAは植物自信が生産しているオーキシンです。ウェントとブリッグスはアベナ屈曲試験と呼ばれる生物検定法を用いてオーキシンを測定しました。その後、IAAの物理化学的測定による検証がされました。長谷川らは、オートムギ幼葉鞘を用いて、寒天片に溶出するIAAに勾配は生じないと報告し、アベナ屈曲試験を用いて得られた結果は、成長阻害物質の差によると結論しました(Hasegawa, Sakoda and Bruinsma, 1989)。一方、飯野はトウモロコシ幼葉鞘を用いて、IAAの不均等分布を示す結果を報告しました(Iino,1991)。相反する結果が得られたのは、材料の違いによるか、実験条件の違いによるか、どちらかの結論が間違っているかのいずれかということになります。先端部に投与した14C-IAAは、オートムギ幼葉鞘で、不均等に分配されます。オートムギ幼葉鞘では内生IAAの不均等分配が生じないとしても、どうしてトレーサーとして与えた14C-IAAには勾配が生じるかを説明する必要が残ります。
オーキシン不均等分布(抽出されるオーキシン):
コロドニー・ウェント説が正しいとすると、切り口から溶出するIAAだけではなく、組織から抽出されるIAAにも不均等分布が検出されなければなりません。長谷川らは、多くの植物を材料に、物理化学的方法で測定したIAAに不均等分布は起こらないと報告しました。一方、飯野は、トウモロコシ幼葉鞘を材料に、IAAが不均等に分布すると報告しました(Iino, 1991)。その不均等分布は、照射側で減少し、影側で増加するように起こりました。光屈性でIAAの不均等分布が器官内で生じることを示す報告は、今のところ、これが唯一のものです。
成長阻害物質(インヒビター)説:
長谷川らは、多くの植物材料で、成長を阻害する物質に不均等分配が生じることを見出し、コロドニー・ウェント説に代わるものとして、光屈性は成長阻害物質の不均等分布によるとする説(ブルインスマ・長谷川説)を提唱しました。長谷川らは、次の点を究明する必要があるでしょう。(1)植物種で化学的性質が異なる物質が光屈性に関与する成長阻害物質として同定されている。これはどういう意味をもつか。(2)成長阻害物質の生産が光照射によって誘発され、その生産量に光照射側と影側で差が生じることが示されている。光屈性は基本的には成長の不均等分配によるという結論との関係はどうなっているか。
コロドニー・ウェント説を支持する遺伝学的証拠:
近年、光屈性が異常な突然変異体が分離され、原因遺伝子の解明と突然変異体を利用した研究が進められています。そのような研究で、光屈性とオーキシンが密接に関係していることが明らかになってきました。私たちは幼葉鞘が光屈性を示さないイネ突然変異体(cpt1)を分離し、その原因遺伝子(CPT1)はシロイヌナズナの光屈性に必須なNPH3のオルソログであることを明らかにしました(Haga et al., 2005)。NPH3遺伝子の産物であるNPH3タンパク質は光屈性の光受容体であるフォトトロピンと結合することが示されています。イネ幼葉鞘では、トレーサーとして与えた3H-IAAが光屈性刺激によって不均等に分配されます。cpt1突然変異体では、この不均等分配が起こりません(Haga et al., 2005)。この結果は、オーキシンの不均等分布が光屈性に関与していることを示す強い遺伝学的証拠になっています。
結論:
これまでの研究成果を総合しますと、コロドニー・ウェント説を支持する証拠は多く、教科書において中心的な説として解説しても問題はないと思います。ブルインスマ・長谷川説をコロドニー・ウェント説に代わるものとして(あるいは、それに匹敵するものとして)取り扱うには、上で述べたように、より詳細な研究が必要でしょう。また、突然変異体を用いた研究などで、より直接的な証拠を示すことが期待されます。
今後、コロドニー・ウェント説をより強固にするために、組織から抽出されるIAAに勾配が生じることを、複数の植物種で証明することが必要でしょう。
発展的考察:
コロドニー・ウェント説を支持したからといって、成長阻害物質の関与を否定するものではありません。オーキシンの不均等分布に加えて、成長阻害物質の不均等勾配も関与している可能性があります。オーキシンの不均等分布と成長阻害物質の不均等分布の関係を探る研究は、是非されるべきでしょう。
フィトクロムを光受容体とする光成長阻害によって、小さな屈曲反応が起こることが示されています。上記、cpt1突然変異体を用いた研究でも、フォトトロピン/CPT1に依存する主要な光屈性とは別に、光成長阻害による、比較的小さく一過的な光屈性も誘導されることが示唆されました。このように光成長阻害による光屈性も存在すると考えられます。しかし、その反応は小さく、自然界で光屈性として機能し得るものかどうかは不明です。植物は、成長阻害の勾配によって起こる屈曲反応とは別に、成長の積極的な不均等分配を引き起こして、大きな光屈性を示す機能を獲得したのではないかと考えています。そして、この機能の中心に、光受容体フォトトロピンとオーキシン横輸送系が関与することになったと推察します。
飯野 盛利(大阪市立大学)
光屈性に関する質問にお答えします。ながらくお待たせしてすみませんでした。回答は光屈性の研究をなさっている大阪市立大学の飯野盛利先生にお願いしました。飯野先生は阻害物質が主要因であるという立場をとっておられませんが、私としては高等学校の教科書としてはどうあるべきかという観点も考慮し、専門家として最も客観的に判断いただける方として飯野先生にお願いしました。回答は植物生理学の教科書としても妥当な内容であると考えます。
光屈性の原因としては、仮想的に考えれば5つの可能性があります。
1)成長促進物質(この場合オーキシン)が陰側でより多く合成される。
2)促進物質が光側で分解される(IAA酸化酵素などで)。
3)促進物質の合成が光側で抑えられる。
4)促進物質が光側から陰側へ移動する。
5)光側で成長阻害物質が合成される。
さらに加えれば、阻害物質がもともとある量均等に存在するとして、陰側から光側への移動、陰側での合成の抑制など机上の理屈はいろいろ考えられます。植物生理学の研究のうえからは、これまでにいろいろ検討されてきて、WENT-CHOLODONYの説が世界的に受け入れられているのが現状です。現在、私の知る限り、外国の権威ある植物生理学の教科書では阻害物質の関与については全く触れられていません。日本の、しかも高校の教科書だけがそれに言及しているのは、私自身としてはあまり賢明であると思っていません。阻害物質が全く関係ないとはいえないかもしれませんが、オーキシンが主要因であることを否定する証拠は広く確認されていません。反対に、飯野先生も指摘されているいように、分子生物学的解析はW-C説を支持する方向にあります。一つの主流をなしてきた説が否定されるためには、いろいろな方面からの証拠と、否定の結果の別人による再現、別の系や材料による確認などの報告が必要です。残念ながら、現時点では、阻害物質説は個人の提案であり、間違っている、いないの問題とは別に、W-C説を否定するものではありません。したがって、高校レベルでの扱いは、もし言及したいなら、「日本の研究者の中には、こういう考えの人もいます」と余談程度の触れ方が妥当だと思います。
ご質問の内容は、高等学校教育に携わる先生方を悩ませていることと察します。光屈性をオーキシンの横方向への移動とそれによって生じる不均等分布によって説明するコロドニー・ウェント説は、半世紀以上、教科書の中心的な記載事項になってきました。近年、長谷川博士らが、オーキシン不均等分布の関与を否定し、それに変わって、成長阻害物質(インヒビター)の不均等分布が光屈性の原因になっていることを論じて以来、教科書の記載もその影響を受け始めていると思われます。歴史的にみれば、オーキシンの不均等勾配はオーキシンの横移動によるのではなくオーキシンの光分解の差によって生じるというGalstonらの反論、また、光屈性は光成長阻害の差によって生じるというイギリスの研究者の反論(もともとはコロドニー・ウェント説より古いBlaauwの説)があり、教科書の記載も、その度に影響を受けてきました。結果的には、いずれの場合も、コロドニー・ウェント説がより妥当であるという結論になりました。今回の長谷川博士らの主張は、新たな論争を引き起こしています。私は光屈性におけるオーキシンの関与を研究し、コロドニー・ウェント説を支持してきた当事者です。この問題へ回答すべきかどうか悩みましたが、教育の現場への責任も感じますので、質問への回答を引き受けることにしました。問題の本質から説く必要がありますので、回答は長くなります。ご了承ください。
光屈性をもたらす成長反応の本質:
光は暗所で育てた胚軸などの成長を阻害します。この阻害作用に基づいて、Blaauwは前世紀の初めに、光成長阻害の度合いが光照射側とその反対側で異なるため光屈性が生じるという説を唱えました。この説には、光はそれが当たった組織の成長を直接に抑制するという考えが含まれています。その後に提唱されたコロドニー・ウェント説では、光屈性は単なる成長阻害の差によるのではなく、成長の分配が変わることによって生じると考えられました。その根拠は、オートムギ幼葉鞘(切り取った先端部)の基部切り口から寒天片に溶出するオーキシンが光照射側で減少し、反対側で増加するというウェントの実験結果でした。コロドニー・ウェント説を単純に解釈すると、光照射側の成長は抑制され、影側の成長は促進されることが予測されます。しかし、オートムギ幼葉鞘などを用いた実験で、光照射側の成長阻害は観測されたのですが、影側の成長促進は明確にされませんでした。そのような結果から、イギリスの研究者によって、光屈性は成長阻害の差によるというBlaauwの説が、再び持ち出されることになりました。さて、光による伸長成長の阻害が光屈性とは別な反応である可能性は当然あるわけです。飯野(回答者)らは、この可能性を念頭にトウモロコシ芽生えを用いた実験を行い、光照射側の成長阻害と影側の成長促進を観測することができました(Iino and Briggs, 1984)。一方、イギリスの研究者もオートムギ幼葉鞘を用いて詳細な解析を行って、光屈性は2側面間における光強度の相対的な差が感知されて起こるという結論を得て、光成長阻害の差によるという考えを修正しました(Macleod, Digby and Firn, 1985)。以上の経緯から、光屈性は光成長阻害の差によるのではなく、光照射側と影側の間で成長分配が不均等になって生じるという考え方が最も支持されることになりました。
オーキシン不均等分布(切り口から寒天片に溶出するオーキシン)
上でも触れましたように、ウェントはオートムギ幼葉鞘先端部の切り口から溶出するオーキシンが光照射側で減少し、影側で増加するという結果からオーキシンは幼葉鞘の先端部で光照射側から影側に移動すると考えました(Went ,1928)。この結果は、その後、統計的な信頼性が低いと批判されましたが、ブリッグスはトウモロコシ幼葉鞘を用いて、より信頼性のあるデータを発表しました(Briggs, 1963)。教科書では、この結果がよく引用されてきました。また、ほぼ同時期に、アイソトープでラベルしたIAA(インドール酢酸)を用いて、オーキシンの横移動を支持する結果が報告されました。なお、IAAは植物自信が生産しているオーキシンです。ウェントとブリッグスはアベナ屈曲試験と呼ばれる生物検定法を用いてオーキシンを測定しました。その後、IAAの物理化学的測定による検証がされました。長谷川らは、オートムギ幼葉鞘を用いて、寒天片に溶出するIAAに勾配は生じないと報告し、アベナ屈曲試験を用いて得られた結果は、成長阻害物質の差によると結論しました(Hasegawa, Sakoda and Bruinsma, 1989)。一方、飯野はトウモロコシ幼葉鞘を用いて、IAAの不均等分布を示す結果を報告しました(Iino,1991)。相反する結果が得られたのは、材料の違いによるか、実験条件の違いによるか、どちらかの結論が間違っているかのいずれかということになります。先端部に投与した14C-IAAは、オートムギ幼葉鞘で、不均等に分配されます。オートムギ幼葉鞘では内生IAAの不均等分配が生じないとしても、どうしてトレーサーとして与えた14C-IAAには勾配が生じるかを説明する必要が残ります。
オーキシン不均等分布(抽出されるオーキシン):
コロドニー・ウェント説が正しいとすると、切り口から溶出するIAAだけではなく、組織から抽出されるIAAにも不均等分布が検出されなければなりません。長谷川らは、多くの植物を材料に、物理化学的方法で測定したIAAに不均等分布は起こらないと報告しました。一方、飯野は、トウモロコシ幼葉鞘を材料に、IAAが不均等に分布すると報告しました(Iino, 1991)。その不均等分布は、照射側で減少し、影側で増加するように起こりました。光屈性でIAAの不均等分布が器官内で生じることを示す報告は、今のところ、これが唯一のものです。
成長阻害物質(インヒビター)説:
長谷川らは、多くの植物材料で、成長を阻害する物質に不均等分配が生じることを見出し、コロドニー・ウェント説に代わるものとして、光屈性は成長阻害物質の不均等分布によるとする説(ブルインスマ・長谷川説)を提唱しました。長谷川らは、次の点を究明する必要があるでしょう。(1)植物種で化学的性質が異なる物質が光屈性に関与する成長阻害物質として同定されている。これはどういう意味をもつか。(2)成長阻害物質の生産が光照射によって誘発され、その生産量に光照射側と影側で差が生じることが示されている。光屈性は基本的には成長の不均等分配によるという結論との関係はどうなっているか。
コロドニー・ウェント説を支持する遺伝学的証拠:
近年、光屈性が異常な突然変異体が分離され、原因遺伝子の解明と突然変異体を利用した研究が進められています。そのような研究で、光屈性とオーキシンが密接に関係していることが明らかになってきました。私たちは幼葉鞘が光屈性を示さないイネ突然変異体(cpt1)を分離し、その原因遺伝子(CPT1)はシロイヌナズナの光屈性に必須なNPH3のオルソログであることを明らかにしました(Haga et al., 2005)。NPH3遺伝子の産物であるNPH3タンパク質は光屈性の光受容体であるフォトトロピンと結合することが示されています。イネ幼葉鞘では、トレーサーとして与えた3H-IAAが光屈性刺激によって不均等に分配されます。cpt1突然変異体では、この不均等分配が起こりません(Haga et al., 2005)。この結果は、オーキシンの不均等分布が光屈性に関与していることを示す強い遺伝学的証拠になっています。
結論:
これまでの研究成果を総合しますと、コロドニー・ウェント説を支持する証拠は多く、教科書において中心的な説として解説しても問題はないと思います。ブルインスマ・長谷川説をコロドニー・ウェント説に代わるものとして(あるいは、それに匹敵するものとして)取り扱うには、上で述べたように、より詳細な研究が必要でしょう。また、突然変異体を用いた研究などで、より直接的な証拠を示すことが期待されます。
今後、コロドニー・ウェント説をより強固にするために、組織から抽出されるIAAに勾配が生じることを、複数の植物種で証明することが必要でしょう。
発展的考察:
コロドニー・ウェント説を支持したからといって、成長阻害物質の関与を否定するものではありません。オーキシンの不均等分布に加えて、成長阻害物質の不均等勾配も関与している可能性があります。オーキシンの不均等分布と成長阻害物質の不均等分布の関係を探る研究は、是非されるべきでしょう。
フィトクロムを光受容体とする光成長阻害によって、小さな屈曲反応が起こることが示されています。上記、cpt1突然変異体を用いた研究でも、フォトトロピン/CPT1に依存する主要な光屈性とは別に、光成長阻害による、比較的小さく一過的な光屈性も誘導されることが示唆されました。このように光成長阻害による光屈性も存在すると考えられます。しかし、その反応は小さく、自然界で光屈性として機能し得るものかどうかは不明です。植物は、成長阻害の勾配によって起こる屈曲反応とは別に、成長の積極的な不均等分配を引き起こして、大きな光屈性を示す機能を獲得したのではないかと考えています。そして、この機能の中心に、光受容体フォトトロピンとオーキシン横輸送系が関与することになったと推察します。
飯野 盛利(大阪市立大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2006-09-03
勝見 允行
回答日:2006-09-03