一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

葉が進化して花という器官になったのはなぜですか?

質問者:   大学生   森林
登録番号0919   登録日:2006-07-24
いつも楽しく拝読させていただいております。今回初めて質問させていただきます。

ゲーテが「植物変態論」の著書の中で、「葉という基本的な器官が変形して花となった」と書いているそうですが、進化の際にそうした変化がおきたのは(花ができたのは)、どのような意味があるのでしょうか?
農学部生ということもあり、友人とそのような話題になったのですが、友人も私も植物器官や進化に関して全く疎かったために明確な結論がでませんでした。

進化の過程で陸上に植物が生活の場を移し、コケやシダのような胞子を生殖手段として用いなくなったということで、花粉を運ぶ虫たちを誘引するために花をつけるようになったのでしょうか?
しかしそれでは「虫媒花が花を持っている理由」にしかならないと思いました。
「花」という器官を持つ植物達が生き残ってきた意味について、なにか教えていただけると幸いです。宜しくお願い致します。
森林様

質問(登録番号0919)に対し、東京大学大学院理学研究科の塚谷裕一先生にご回答いただきました。

勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)

 こんにちは。質問を拝見しました。大事な疑問ですね。最初に注意しておきたい点が1つだけあります。葉が花になったというのは1段階ずれていて、葉は、萼片や花弁、雄蘂のような花器官に変形したと考えてください。
 もう一つ、細かいことですが、進化の歴史上、シダの類が葉というものを進化させたのと、種子植物が葉というものを進化させたのとは、独立なようです。
ですから、シダの葉が直接に花器官になったとは考えない方が、良いでしょう。
 さて胞子を作る植物が、花をつけるようになったことで起きた大きな変化は、いくつかあります。シダの段階では、胞子(これは花粉や卵に相当しますね)は単細胞のため、寿命が短く、すぐに湿ったところに着地して発芽する必要があります。そうして、地面に着地した後は、自活を迫られ、自力で前葉体に育ち、そこで改めて卵と精子とを作るわけです。
 一方、花をつける植物では、シダの胞子に相当する花粉は、やはり単細胞のようなものですが、地面ではなく、雌蘂の先の湿ったところ(柱頭)に着地すればよいことになります。その後、花粉管は雌蘂の中に潜り込み、寄生状態に入ります。雌蘂という器官ができたことにより、花粉は、親植物によって養われるようになったわけです。卵の方も、胚嚢という形で、親植物の雌蘂の屋に養われるようになりました。動物で言うところの体外受精から、体内受精へ、しかも胎生へ、という進化です。これは裸子植物でも被子植物でも同じです。虫媒花でも風媒花でも同じです。これが、花の進化の大きなポイントですね。ただ、ここで大事な柱頭という構造は、葉の一部とは言い難いので、この時点では、葉が変形した部分の重要性はあまり大きくありません。
 しかしこの次の段階、被子植物の段階で、胚珠を、葉の変形した部分・心皮が包むようになると、これまた大きな進歩といえます。これによって、胚珠が熟すまでの間、外界から保護されたり、あるいは種子散布のための動物の誘因に関わる果肉が生じるようになりました。葉が果たした最も大きな貢献は、この点にあるといえましょう。
 ご指摘にあったような、花弁による昆虫や鳥の誘因という進化は、それに比べると限定的な要因です。これはご指摘通り、虫媒花などに限られた効果ですからね。実際、今でもヤナギの類やセンリョウなど、種子植物でありながら花弁を持たない花もたくさんあります。ただ、地球上で最も種数の多い動物は昆虫ですから、それに合わせて植物も花を昆虫仕様にしたものが繁栄したのも事実です。「花」という器官を持つ植物達が生き残ってきた意味は、以上のように、何段階かの利点の積み重ねにあると考えればいいでしょう。
 こんな風な回答で納得できますか。また何かあったらお尋ね下さい。
東京大学大学院・理学系研究科
塚谷 裕一
回答日:2006-07-27