質問者:
一般
わかば
登録番号0940
登録日:2006-08-04
「紫外線と風を、苗に与えることで育苗期の成長が早くなる」。紫外線と風
先日、長野のレタス農家の方に聞いた話です。そちらの農家では、「ブラックライト」と「扇風機」を使い、時間を決めて苗に当てていました。
植物にとって、どのような効果・作用があるのでしょうか?
詳しく教えていただけないでしょうか?お願いします。
(初心者ですので、分かり易くお願いします)
わかば様
蔬菜花卉園芸学が専門の京都大学大学院農学研究科の林孝洋先生に回答をいただきました。実用技術として実践されているようですが、その仕組みについては研究が盛んに行われているようです。
長野県は日本最大のレタス産地で,平成17年度の統計で年間6,080haの作付け面積があります.近年,連作による土壌病害が拡がっており,特にフザリウム菌によって引き起こされるレタス根腐病は,平成8年に初めて発生が確認されて以来,平成13年度の調べで約100haまで被害が拡大しています.農薬によって病害を防ぐことは可能ですが,食品としての安全性や環境問題を考慮して,耐病性品種の育成をはじめ,減農薬の努力がさまざまな方法で試みられています.ご質問の「ブラックライトと扇風機を用いた育苗」は,苗の病害抵抗性を高める技術として行われています.信州大学の井上直人教授(植物栄養学)らのグループによって開発された技術で,地元の新聞やテレビで紹介されたことから,いくらかの農家が実用技術として実践しておられるようです.
植物に風を当てると適応反応としてエチレンが発生します.エチレンは植物の成熟と老化に関与する重要なホルモンですが,他にも多様な働きを持っており,物理刺激や傷害によっても発生してさまざまな生理反応を引き起こします.風や接触による物理刺激では,茎の伸長抑制や木化(リグニン集積)による茎の硬化が起こります.高い草丈や柔らかい茎では風による倒伏の危険性があるので,それを防ぐメカニズムの引き金として,エチレンが発生します.また,エチレンは傷になるような機械的なストレスに対しても発生し,組織をコルク化して病原菌の侵入を防ぎます.
井上教授は,風の効果としてエチレンによるポリフェノールの集積を挙げておられます.ポリフェノールは,近年の健康ブームで話題になっている植物成分(色素や苦み・渋み成分など)で,フェノール性水酸基を分子内に複数個持つ植物成分の総称です.出発点はフェニルアラニンという物質ですが,最終的な生合成経路は多岐にわたり,物質の性状や機能もまちまちです.したがって,それらをひっくるめて同じ効能があるように論じるのは問題がありますが,ポリフェノールは一般に抗酸化性(活性酸素消去能)が高く,生物のストレス耐性に役立ちます.風を当てた苗は,根の総ポリフェノール含量が増え,病原菌の接種試験でも抵抗性を示しました.フザリウム菌が感染する際,レタスの防御反応として一過的に大量の活性酸素が生じますが,蓄積したポリフェノールがこれらの消去にうまく利用されるのかもしれません.
紫外線については,単独で当てても効果は低く,風と併用することにより相乗効果(?)として苗の病害抵抗性が高まるそうです.ブラックライトは可視光線の波長に近いUVA(近紫外光:登録番号0391を参照)を発生します.植物に及ぼす影響についてはUVBほど研究例が無く,詳しいことは分かりませんが,UVAによる光酸化を防ぐために,抗酸化物質(アスコルビン酸など)が体内に増えるためではないかと考えられます.
以上をまとめますと,風も近紫外線も結果的に体内の抗酸化物質を増やし,両者の併用によって病害抵抗性が高い苗ができたと考えられます.レタスは,ペーパーポットやセルトレイと呼ばれる小さな連結ポットに種をまき,高密度で集約的に育苗します.近年の園芸は育苗と圃場栽培が分業化されています.この事例のように,育苗中に何らかの処理を行って苗の素質を高めることは有用な栽培技術です.なお,ご質問の中に「育苗期の成長が早くなる」とありますが,不思議に思って確認したところ,どちらかというと苗の成長は抑制されるそうです.正しくは,ストレス処理による育苗で苗の抵抗性が高まり,無処理のものと比べて圃場での定植後の成長がよくなる,ということのようです.
林 孝洋(京都大学大学院農学研究科)
蔬菜花卉園芸学が専門の京都大学大学院農学研究科の林孝洋先生に回答をいただきました。実用技術として実践されているようですが、その仕組みについては研究が盛んに行われているようです。
長野県は日本最大のレタス産地で,平成17年度の統計で年間6,080haの作付け面積があります.近年,連作による土壌病害が拡がっており,特にフザリウム菌によって引き起こされるレタス根腐病は,平成8年に初めて発生が確認されて以来,平成13年度の調べで約100haまで被害が拡大しています.農薬によって病害を防ぐことは可能ですが,食品としての安全性や環境問題を考慮して,耐病性品種の育成をはじめ,減農薬の努力がさまざまな方法で試みられています.ご質問の「ブラックライトと扇風機を用いた育苗」は,苗の病害抵抗性を高める技術として行われています.信州大学の井上直人教授(植物栄養学)らのグループによって開発された技術で,地元の新聞やテレビで紹介されたことから,いくらかの農家が実用技術として実践しておられるようです.
植物に風を当てると適応反応としてエチレンが発生します.エチレンは植物の成熟と老化に関与する重要なホルモンですが,他にも多様な働きを持っており,物理刺激や傷害によっても発生してさまざまな生理反応を引き起こします.風や接触による物理刺激では,茎の伸長抑制や木化(リグニン集積)による茎の硬化が起こります.高い草丈や柔らかい茎では風による倒伏の危険性があるので,それを防ぐメカニズムの引き金として,エチレンが発生します.また,エチレンは傷になるような機械的なストレスに対しても発生し,組織をコルク化して病原菌の侵入を防ぎます.
井上教授は,風の効果としてエチレンによるポリフェノールの集積を挙げておられます.ポリフェノールは,近年の健康ブームで話題になっている植物成分(色素や苦み・渋み成分など)で,フェノール性水酸基を分子内に複数個持つ植物成分の総称です.出発点はフェニルアラニンという物質ですが,最終的な生合成経路は多岐にわたり,物質の性状や機能もまちまちです.したがって,それらをひっくるめて同じ効能があるように論じるのは問題がありますが,ポリフェノールは一般に抗酸化性(活性酸素消去能)が高く,生物のストレス耐性に役立ちます.風を当てた苗は,根の総ポリフェノール含量が増え,病原菌の接種試験でも抵抗性を示しました.フザリウム菌が感染する際,レタスの防御反応として一過的に大量の活性酸素が生じますが,蓄積したポリフェノールがこれらの消去にうまく利用されるのかもしれません.
紫外線については,単独で当てても効果は低く,風と併用することにより相乗効果(?)として苗の病害抵抗性が高まるそうです.ブラックライトは可視光線の波長に近いUVA(近紫外光:登録番号0391を参照)を発生します.植物に及ぼす影響についてはUVBほど研究例が無く,詳しいことは分かりませんが,UVAによる光酸化を防ぐために,抗酸化物質(アスコルビン酸など)が体内に増えるためではないかと考えられます.
以上をまとめますと,風も近紫外線も結果的に体内の抗酸化物質を増やし,両者の併用によって病害抵抗性が高い苗ができたと考えられます.レタスは,ペーパーポットやセルトレイと呼ばれる小さな連結ポットに種をまき,高密度で集約的に育苗します.近年の園芸は育苗と圃場栽培が分業化されています.この事例のように,育苗中に何らかの処理を行って苗の素質を高めることは有用な栽培技術です.なお,ご質問の中に「育苗期の成長が早くなる」とありますが,不思議に思って確認したところ,どちらかというと苗の成長は抑制されるそうです.正しくは,ストレス処理による育苗で苗の抵抗性が高まり,無処理のものと比べて圃場での定植後の成長がよくなる,ということのようです.
林 孝洋(京都大学大学院農学研究科)
JSPP広報委員、京都大学
河内 孝之
回答日:2006-09-09
河内 孝之
回答日:2006-09-09