一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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カイワレダイコン(植物)への金属の影響について

質問者:   中学生   ゆいな
登録番号0987   登録日:2006-08-18
社会の授業で、銅、亜鉛によって起こる公害病があると学んだので、身近にある金属が植物にどんな影響を与えるのか調べました。植物はカイワレダイコンです。

[実験1]
①紙コップを4つ用意し、そのうち3つに、銅板、トタン板、アルミ板をそれぞれ入れた。
②4つの紙コップ全てにカイワレダイコンの種子を5粒ずつ入れ、種子がわずかに水から出るくらいまで水を入れた。
③直接日光に当たらない床に置き、1週間観察した。

[実験2]
①酸性、アルカリ性の溶液をつくり、それぞれ溶液A〜Cとした。
溶液A・酢5mlを水400mlに溶かしたもの(pH約3)溶液B・水
溶液C・石灰粉末耳かき1杯分を水400mlに溶かしたもの(pH約10)
②AとCの溶液の酸性、アルカリ性を万能試験紙を使って調べた。
③実験1の水の代わりに、A〜Cの溶液を使って実験した。「金属板を入れない」「銅板」「トタン板」「アルミ板」の4種類と、A〜Cの3種類の溶液の組み合わせで、12種類の実験を行った。

これによって結果は、

[実験1]
①金属板なしと、アルミ板は、5本とも長さは5cm程度で、葉の色も濃い緑になった。
②銅板は少し育ったものの長さは1、5cm程度で、葉の淵や根が茶色く変色した。
③トタン板は茶色く変色はしなかったものの長さは1、5cm程度で、葉の色もうすい黄緑でとまった。

[実験2]
①金属板なしとアルミ板は、溶液Aのとき、発芽はしたものの全く育たず、溶液CのときはBのときと比べ、長さは5cm程度で、少しよく成長した。
②銅板は、溶液Aのときは発芽はしたが全く育たず、芽と水が青く変色した。溶液BとCのときは1,5cm程度育ったが、葉の淵や、根が茶色く変色した。
③トタン板は、溶液Aのときは発芽はしたが全く育たず、溶液BとCでは茶色く変色はしなかったものの、長さは1,5cm程度で、葉の色も薄い黄緑で止まった。

となったのですが、肝心な、なぜ、銅は育たず、トタンは銅より育ち、アルミは水と同じように育つのかの影響の理由が分かりません。
また、この3つの金属の性質が分かりません。
また、なぜ、酸性は育たず、アルカリ性は育つのか分かりません。インターネットで調べたのですがでてこなかったのでよろしくお願いします。
ゆいな さん:

日本植物生理学会 みんなの広場 質問コーナーのご利用有り難うございます。植物への金属の影響についてのご質問は登録番号0987で受け付けました。

植物栄養学が専門の京都大学農学研究科 間藤 徹先生に回答をお願いし、以下のようなたいへん詳しい解説を頂きました。元素の周期表というのはもう習いましたか? 元素を作っている電子の並び方が似ていると、似た性質を持つことから並べた表です。もし分からなければインターネットで「周期表」を調べるとすぐに出てきますので参考にしてください。いろいろな物質の影響(効果)を調べるとき、使う物質の濃度がとても大切なことをよく知っておいてください。


中学生なのに難しい実験をして、面白い結果を出しましたね。
順番にお答えしようと思います。

銅の公害というのは愛知県別子銅山や栃木県足尾銅山で有名です。亜鉛による公害というのはありませんが、亜鉛はカドミウムと一緒に産出されるので、亜鉛をより分けたあとの残土に残るカドミウムが流れ出して公害を引き起こしました。有名なのは富山県の神通川ですが、日本各地で問題があったようです。また、酸性雨が降ると土壌が酸性になってアルミニウムが溶け出すことが知られています。そういう意味で、銅、亜鉛、アルミニウムという選び方はなかなかいいですね。また、この機会に勉強しておいてほしいのですが、銅も亜鉛も実は植物にとってなくてはならない元素なんです。たくさんあると障害を与えますが、全然なかったら欠乏障害が出て、やはり植物は生えることが出来ません。こういう元素を必須元素と呼びますが、高等植物では 
鉄、マンガン、亜鉛、銅、モリブデン、ニッケル
が金属の必須元素、このほかに
ホウ素、塩素、カルシウム、マグネシウム、カリウム、窒素、リン、イオウ
がどうしても必要です。これに酸素、水素、炭素を加えた17の元素を高等植物の必須元素と呼びます。

さて、ご質問ですが
ここで計画された実験はなかなか複雑ですから、すこしづつ簡単にしていきますね。説明の都合上、実験2のABCから行きます。

酢、水、石灰水(金属なし)のカイワレダイコン発芽伸長への影響
植物は生き物ですから生育に最適のpHがあります。多くの植物にとっていちばん調子がよいのはpH5から7です。これ以下でも以上でも調子が悪くなります。酸性やアルカリ性の水で発芽が損なわれるのは、細胞の内外のpH勾配(中が弱アルカリ性、外が酸性)が維持できなくなることが理由です。その他にも、まわりのpHが中性でないと細胞膜が障害を受けて細胞内からアミノ酸や糖などの養分が外に漏れ出してしまいます。ですから、酸性の酢でもアルカリの石灰水でも本当はほとんど発芽しません。アルカリ性の石灰水は、最初はpH10でも2,3日経つと空気中の二酸化炭素を吸収して白く濁ったはずです。これは炭酸カルシウムが出来たからで、そうするとpHはだんだん低下し中性に近づきます。ですから、この実験で、カイワレの種子を浸している石灰水を毎日新しい石灰水と交換したら、やはり発芽はしなかったはずです。また酢も長い間ほっておくと微生物によって二酸化炭素と水に変えられ、なくなってしまいます。カルシウムは根の伸長にとても大切ですから、pHが中性になってそこにカルシウムがあるとカイワレダイコンはとても調子がよかっただろうと思います。酢は水素イオンが多く、酢に漬けるとカイワレの種子からカルシウムを奪ってしまうので、あまり調子がよくないだろうなと思います。

金属の影響を見る前に、ABCの水そのものがこれだけの作用をカイワレダイコンに与えます。亜鉛と銅、アルミニウムを比較しますと、銅は一番金属らしい元素、アルミニウムはカルシウムなんかに近いやさしい元素、亜鉛はこれらの中間の、金属らしい金属よりはすこしやさしい金属元素、という性質を持っています。
元素は電子の数が違います。それぞれの元素では、電子数が違い、しかも原子の中での電子の配置も違うので、元素ごとに特徴のある性質になります。周期表を見ると、銅は第2族、亜鉛は第4族、アルミニウムは第3族の陽イオンです。そのために、上に簡単に書いたような性質の違いがあり、その結果、カイワレダイコンに対する影響も変化します。ここでの実験では、とてもうまくいって、水に入れただけで出てきた銅、亜鉛、アルミニウムのカイワレダイコンに対する効果が銅>亜鉛>アルミニウムになったようですね。しかし実験2では、これらの元素の溶解度はpHにかなり影響されますから、うーん、解釈するのは難しいです。でも銅の薄い液とアルミニウムの濃い液なら、いくらやさしいアルミニウムでも銅よりきつい障害をもたらします。銅や亜鉛が公害金属でもあり必須元素であるというのも、濃い液では毒になるが、薄い液は役に立つ例です。元素の性質は、その元素が作用するときの濃度も考慮しないと一言では言えません。
元素の植物に対する違いはその元素の原子構造に深く関係しています。宇宙は約100種類の元素から成り立っています。それぞれの元素の性質を勉強してみたら面白いですよ。
"僕らは星のかけら" マーカス・チャウン 糸川洋訳 無名舎 がお勧めです。

間藤 徹(京都大学大学院農学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2006-08-24