一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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爆裂種のトウモロコシのタネの殻を硬くしているのは

質問者:   その他   青がえる
登録番号5814   登録日:2024-01-10
ポップコーンに使う爆裂種のトウモロコシの種子は、
硬い殻を持っていますが、その硬さは何によるのでしょうか。
他のトウモロコシ種にくらべてずっと硬いけれども、
遺伝的な変異はさほど大きくないだろうと感じます。

下記の質問で、澱粉のα-ゼインやアミロースの割合が多いとのことですが、殻についても組成の違いがあるのでしょうか。
あるいは、単に厚いだけでしょうか。

https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=4752
青がえる様

質問有難うございました。
まず初めに、回答が大変遅れたことをお詫びいたします。
私が最初に回答を御願いした研究者との連絡がなかなか取れず、回答が遅れてしまいました。
ここに回答をお送りいたします。

この問題を理解するには、いくつかの基礎知識を必要としますので、回答を 3 部に分けて解説します:
第 1 部 でんぷんについて
第 2 部 植物種子の複雑な構造を理解するために、コメを例にとって関連知識の解説
第 3 部 トウモロコシ種子の多様な粒質

第1 部 でんぷんについて
この問題については、植物 Q&A登録番号4752「トウモロコシのデンプンについて」の質問に対して鈴木英治博士が、硬質デンプン、軟質デンプンについて詳しく回答されていますので、その要点を再掲します:

第1の用語は、化学物質としての「デンプン」で、多数のグルコース(ブドウ糖)が連結してできた化合物(グルコースのポリマー)の総称です。連結の種類には2 種類があり、多数のグルコースが直線状に結合したものをアミロース、やや規則的に枝分かれして結合しているものをアミロペクチンといいます。コメを例にとると、アミロースを2割弱含むものは「うるち米」とよばれ、アミロース含量がこれより低い(アミロペクチン含量がこれより高い)ものは「もち米」と呼ばれます。タンパク質では、例えばニワトリの「卵アルブミン」というと、アミノ酸の種類、数、と連結の順序が厳密に決まっていますが、デンプンの場合は、コメを例にとっても、連結しているグルコースの数、枝分かれの位置や頻度にはばらつきがあり、分子集団としてどちらの傾向を示すものが多いかによって便宜的に区別されています。第2の用語は、食品としてのデンプン粒です。デンプン粒は、一般に、貯蔵組織細胞の中の白色体(葉緑体と同じ起源です)がデンプンの他に蛋白質なども含んだもので、含んでいるアミロース、アミロペクチンやタンパク質の種類と量などによって、デンプン製品は様々な物理的性質を示します。質問の硬質デンプンと軟質デンプンは第2の用語によるものです。トウモロコシの硬質デンプンと軟質デンプンの物質組成の違いについて、フランス国立農学研究所(INRA)の(Gayral ら,2016)(回答者注:第3部に引用))および中国青島大学(Zhang と Xu, 2019)の研究事例があります。また、デンプンの組成としては硬質デンプンでは軟質デンプンよりアミロースの存在比が高くなっています。これらの影響を受け、デンプン粒(顕微鏡下で見えるデンプンの粒子)の大きさは硬質デンプンの方が大きく、一方、膨潤力や結晶性は軟質デンプンの方が高くなっています。これらの理化学的性質を明らかにし、把握しておくことで、今後、それぞれのデンプンの特性に応じた利用法の選択が期待できることになります。


回答 第2部 コメを例に種子の複雑な構造の概略を説明
種子の役割は、植物が生育に不適切な季節にも命をつなぐために種子の形を利用する、また、ある場合には、動物の助けを借りて生存域を拡大するために、おいしい果肉を持った果実の中や表面に種子を作るものもあります。

さて、種子の説明の例としてコメついて説明します。稲の穂には、成熟期にはモミ(籾)の形で次世代のための穀粒ができます。穀粒はモミの形で成熟したイネの穂についています。モミは、種子が生育に不適な季節を乗り切り、適当な温度や水などの外部環境が整うシーズンになると、発芽・生育して次世代の植物体を作ることを助けています。ヒトは、食料とするために、稲穂から脱穀によりモミを得て、モミはもみすりによってもみ殻がとり除かれて玄米となります。さらに、玄米は精米機(米つき機)により種皮(果皮)がこぬかとして取り除かれて、精米となります。この過程で多くの場合、胚芽も取り除かれます。
精米は、水を加えて高温に保つと(炊飯すると)、ご飯となります。コメにはうるち米とモチ米が区別されますが、「第 1 部」で述べたように、両者を比較すると、後者はアミロペクチンの割合が高くなっています。精米(白米)の主要成分はデンプンですが、タンパク質も含まれています。白米の構造を調べますと、タンパク質は外側が内側よりも相対的に多く含まれています。日本酒の醸造には白米が使われますが、白米を機械装置により削って行くと相対的に外側から多く削り取られ、中心部分にはタンパク質の割合が低く、内側にはデンプンが比較的多く残ります(精白度の高いコメ)。コメの品種を選び、後者を酒造の原料として使うと、雑味の少ない日本酒ができるといわれ、コメの品種としては「山田錦」が評価されています。

広く世界を見渡すと、日本、中国、朝鮮などでは、一般に、炊き上がりが粘っこいコメ(ジャポニカ種)が好まれ、東南アジアやインドでは炊き上がりの粒がバラバラになったコメ(インディカ種)が好まれています。この差は、前者はアミロペクチン対アミロース比が比較的高く、後者はその逆であることによります。
総括しますと、一口に米粒と言っても、アミロース対アミロペクチン比、タンパク質含量とその白米内における澱粉とタンパク質の分布など様々であることが分かります。では、これらの差は何によって生じるのかというと、人類が種籾として好ましいと思われるものを自然界から選び出し、更には試験場などで交雑によって好ましいと思われる性質のものを選び出した成果だと言えます。
面積あたりの収量、生育特性、アミロース対アミロペクチン比、タンパク質の種類や量とその白米の中での分布など、可能ならば、現状のものから変えたいという項目は多数あります。現状の主な品種改良の手段は、わが国では、様々な親株の交雑と、子孫の選抜です。


回答 第3部 トウモロコシ種子の多様な粒質
トウモロコシの原産地はアメリカ大陸の赤道から中緯度地域とされ。その栽培域は、現在ではアメリカ大陸、中国、ヨーロッパなどに広く分布し、その利用目的や利用方法なども多様です。回答者の見方からすれば、現在栽培されている品種や、その利用部位、穀粒の構造もコメと比べて実に多様です。穀粒のもっと内部には胚があり、その外側に各種のデンプン質が様々に配置されています。穀粒の中のデンプンの種類とその穀粒の中の配置は実に多様です。

専門書「トウモロコシ」(戸澤英男著、農文協、2005 年)(約 400 ページ)は、トウモロコシについて広い面から述べていますが、そこに引用されている粒質による区分の一部を紹介します;デント種:粒の頂部が窪み、外観は歯状となるが、これは硬質デンプンが粒の側方に集まり、軟質デンプンが粒の頂部から内部にかけて一旦蓄積するが、登熟と共に軟質デンプンが収縮するためである。また、世界的には穀物生産の主力品種となっている;フラワー種(トウモロコシ粉用):胚(中心部にあり、発芽して次世代の植物体の基となる)の周りは大部分が軟質デンプンであり、大きさの割に軽い;フリント種:胚の周りを軟質デンプン、続いて硬質デンプン取り囲んでいる;ポップ種:胚の周りにごく少量の軟質デンプンがあり、それを厚い硬質デンプンが取り囲んでいる;ワキシ―種(モチ種):アミロペクチンの割合が高く、胚の周りを餅質デンプンが取り囲んでいる;スイート種:糖分の含量が高く、胚の周りを糖質デンプンが取り囲んでいる。
[ポップ種(爆裂種、ハゼ粒種、ポップコーンに利用)]の追加説明:炭水化物の構成からいえばフリント種(硬粒種)に属するが、胚乳の大部分が硬質デンプンでアミロース含量が高く、軟質デンプンはわずかに内部に存在する点が異なる。粒の水分が 13-15%の時に加熱すると、軟質デンプンとその部分の水分が膨張し、爆裂(ホッピング)してハゼができる。ハゼた後の体積を元の単位重量で割った値が大きいほど、製品がかさ高になるので、爆裂種では、これが品種改良の一つの目標となる。

トウモロコシ種子の上記のような多様性は、主として、様々な親株の掛け合わせ(交雑)によりできた雑種を生育させ、次世代の植物の種子等を細かく観察し、選抜することにより得られたものです。米国では、既に1800年代中ごろから、州政府や大学などの研究機関や民間で品種改良がおこなわれ、様々な栽培品種が確立されてきました。最近では、遺伝子組み換え技術を利用して、除草剤耐性や殺虫剤成分を造らせたものなど、様々な改良品種が種苗会社により販売されています。現在では、トウモロコシの利用目的に応じて栽培種が選択され、栽培地域の地理的、気象的条件等はまことに多様です。

回答第1部で紹介したGayral ら(2016)の研究についての追加説明:この研究は、4種のフリント種及び9種のデント種の種子について、ラマン顕微分光法により、デンプン及びタンパク質の粒子内分布を種子の成熟と関連付けて調べたものです。デンプンについては、種子の外側にある硬質デンプンはアミロースの含量が高く(グルコースポリマーの枝分かれの頻度が低く)、内側の軟質デンプンはアミロペクチン含量が高い。タンパク質は硬質デンプン層、軟質デンプン層のどちらにもあるが、トウモロコシに特徴的なタンパク質であるゼインは軟質デンプン層に蓄積している。これは、種子成熟に伴うプログラム化された細胞死により生じたアミノ酸が胚乳近傍に移動することによる。ゼインはトウモロコシ種子の主要な貯蔵タンパク質で、発芽後に分解されて植物が成長するのに役立つ。ゼインは、人の食糧や家畜の飼料の視点からは、必須アミノ酸であるリジン含量が低いことが問題となる(トリプトファン含量が低いことを問題にする研究者もいる)。トウモロコシの熱量(カロリー表す)当たりのタンパク質含量は、コメやコムギと比べても特に高いとは言えず、必須アミノ酸含量もバランスが取れているとは言えない。そこで、トウモロコシを主食(主飼料)として用いる場合には、タンパク質(特に必須アミノ酸)を補う必要があり、人の場合は肉、魚、大豆、乳製品などが、豚や鳥では大豆、魚粉などがその目的で使われています。

付記:専門書「トウモロコシ」及びその要点について教えてくださった、大川安信博士(農学)(元農業・食品産業技術研究機構、基礎的研究担当理事)に厚く感謝します。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2024-03-10